第32話 スピードをつける(その8)
僕は、市で一番大きな川の下流の方の橋を渡りにかかる。車道の横に、一段上がった、自転車と歩行者用の結構幅広の道があり、そこを走る。ふっと、右手下流の方向を見ると、ずっと向うに川と海が混じり合う河口の緩やかな流れが目に入る。背後から段々と太陽が高くなっていく様子が、振り返らなくても、背中のTシャツにさあっとした日の当たる感触が伝わり、分かる。橋を渡り切ったところにある横断歩道で赤信号を待つ間、軽く屈伸した。足はまだ大丈夫、走り出した時とほぼ同じ状態だ。
横断歩道を渡り、少しなだらかな登り道が続く。その後また平坦な道となり、アスファルトの歩道を少し前傾姿勢でとっとっと走り続けた。ドラッグストアの横を通り過ぎ、小・中学校の校門の横を通り過ぎ、電鉄の踏切に差し掛かった。できる限り足に負担がかからないように、線路の起伏を避けて走るようにした。線路を跨ぐと、次のチェックポイントが見えてきた。鳥居が見える。山に登りかかる前に神社が見える。この場所に神社があるということは知らなかった。けれども、ちょうど山を登る前に心を新たにすることができると考えた。神社の鳥居をお辞儀をして通り、階段を上る。お社の前に来て、お賽銭を入れ、二礼二拍手一礼した。再度出発の前に、腿の後ろをストレッチで伸ばした。神社の階段を駆け下り、200mぐらいの高さの峠道を登りにかかる。スピードはぐんと落ちるが、足がきちんと接地して、ギアが噛み合った走りのような感じがする。けれども、わずか200mの高さを登りきるために、湾曲した道路を俯き加減で、どこまでも延々と走り続けるような錯覚に陥った。サンシャイン60の非常階段を上りきるレースを以前テレビで見たことがあったが、似たような感覚があるのかも知れない。
僕は、坂道を上り、隣を時折車が結構なスピードで通り過ぎていく。おそらく、頂上から僕たちの市の平野を見渡すのだろう。僕も早く視界に広がる平野を見たい。けれどもそのためにはこの急な上り坂をなんとか登りきらないといけない。少し歩こうかとも一瞬思ったが、もうちょっと足が動きそうな感じがしたので、止まらなかった。足にどんどん乳酸がたまってくるのがはっきりと分かる。頑張って頑張って、頂上の展望スペースの少し広場のようになった場所に設置されているベンチが見えてきた。
もう一頑張り一頑張り、更に一頑張りして、ようやく頂上にたどり着いた。この地点で出発してから何kmになるのだろう。全体コースの距離はネットで計測したが、それぞれのチェックポイントがどの位置関係・距離にあるのかまでは調べていなかった。その展望広場から、低いフェンスの手前に立ち、僕たちの市の平野を眼下に見渡した。朝日が美しく、平野全体を照らし、高い建物は少ないのだが、いくつかのある程度の高さのビルも美しく映えていた。僕は、駅の方を見た。駅は僕の家から見た時は北に位置する。したがって、今見ている駅の南側に僕の家がある。
そして、駅の北側には親水公園の向かいのさつきちゃんの家がある。僕が目指すゴール地点は、親水公園だ。もう一度平野を見渡すと、さつきちゃんの家が目に入ってきた気がした。




