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月影浴1 おつきさま  作者: @naka-motoo
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第30話 スピードをつける(その6)

 昨日の終業式、陸上部のバトンタッチリレーの興奮収まらぬまま、僕は夏休み初日の朝を迎えた。

昨日の昼下がり。快晴の照り付ける太陽の下。陸上部が走り始める前後からグラウンドの木陰や日差しの照り付ける炎天下やグラウンド側に向かった校舎の窓から、たくさんの生徒がギャラリーとして見守ってくれる中。僕たち陸上部員はトラック一周400mを全力で一人ずつ駆け抜けていった。次の走者にバトンを渡すのだが、それぞれの心は・魂は、バトンの先を突き抜けて、駆け抜けていく。その駆け抜けていく力に並走するように次の走者が加速し、戦闘機のカタパルトに押し出されるように、次の400mを全力で走り出すのだ。

 ギャラリーの皆も懸命に叫んでくれる。あるいは沈黙しながらも熱い想いをトラックに向けて放出してくれる。がんばれー、と叫んでくれる女子生徒。こらー・いけー!とがなり立てる男子生徒。先輩から後輩へ、同輩から同輩へ、そして先輩から後輩へ、最後には僕たちひよっこの一年生に。アンカーは一年生短距離チームの金田。バトンをなめらかに手にした瞬間、陸上部員全員が400mずつ加速してきたそのエネルギーを一気に爆発させるような、美しく、力に満ち溢れた走りをスタートさせた。両手を挙げてゴールした瞬間、陸上部員全員とギャラリー全員から、わああーっと歓声があがった。ハイタッチする者、拳を合わせる者、肩を叩きあう者、男子部員も女子部員も分け隔てなく、喜びを分かち合った。歓喜の時間の後に、クーラーボックスからスポーツドリンクを引っ張り出して、陸上部全員で喉を鳴らして飲み干した。そして、僕たちは、このトラックの上での3年生の姿と、お別れした。


 名残惜しむように、昨日のバトンタッチリレーの光景を僕は夢で見た。その夢から覚めて、目覚まし時計のアラーム音ではっと目を覚ます。Am5:15。今日から、9月15日の10kmマラソンに向けて、トレーニングを開始する。スタート地点は自宅。ゴールは親水公園の芝生広場。チェックポイントは近隣のいくつかの神社。ネットで見つけた地図上の距離を計測できるアプリで調べると、このコースは全長11km。自分で言うのも何だが、うまく設定したコースだと思う。

 布団から抜け出て、まず僕はベランダの窓を開け、朝の空気に向かって、誰にともなく、今日もよろしくお願いします、と心の中で声をかける。僕のおばあちゃんは、中学生の時に亡くなったのだが、僕が小さい頃からこんな話を何度もしてくれた。

 地元の氏神さまは、氏子を守り通しだ。夜が明ける前、氏神さまは、氏子の家の数だけに分身なさる。そして分身なさった氏神様は氏子全員の家の前においでになり、氏子たちが今日も無事に暮らせるよう、祝詞をあげ続けられる。そして、氏子が目を覚まし、家の戸を開けると、今日も元気に朝を迎えたな、と安心され、そしてお社へお帰りになるそうな。だから、早起きの家は、神様にご負担をおかけしないのだそうな。

 こんな話を何度もおばあちゃんはしてくれた。僕は、この話は本当だと、心に刷り込まれているし、実際、そうだということを前から知っていたような気がする。

 だから僕は、目が覚めると今でもまず、窓を開ける。


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