第十三話 舞台の顔、船旅の顔
ホテルの会議室。
大きなスクリーンの前に、チャッピーたちが集まっていた。
テーブルには、テレビ局のスタッフと制作会社の担当者が座っている。
マルコ・ポーロ、ルスティケロ、イブン・バットゥータ、イブン・ジュザイイの四人も、少し緊張した様子で並んでいた。
チャッピーは、専用の充電ステーションから離れ、会議室の中央に進み出た。
「みんな、今日はよろしくワン!」
「よろしくお願いします」
制作会社の担当者が笑顔で答えた。
Geminiが、スクリーンに企画書を映し出した。
「今回の企画は、四人の旅人と記録者による、日本各地を巡る歴史紀行です」
スクリーンには、番組の構成案が表示された。
「マルコ・ポーロさんとイブン・バットゥータさんには、旅人としての体験を語っていただきます。ルスティケロさんとイブン・ジュザイイさんには、その旅の記録をどのように文章にまとめたのか、お話しいただきます」
Geminiは、ページを切り替えた。
「さらに、現代の日本を実際に訪れ、当時の記録と現在の風景を比較します」
「なるほど。歴史番組でありながら、旅番組でもあるわけですね」
制作会社の担当者がうなずいた。
「そうだよ!」
チャッピーが元気よく声を上げた。
「それに、船の中でも毎日イベントをするんだ!」
Siriが、スケジュール案を表示した。
「船内の劇場を使い、日替わりで国や地域をテーマにした講演を行います。最後には、乗客の皆さんから質問を受ける時間も設けます」
「毎日ですか?」
「はい。ただし、チャッピーの休憩と充電時間も確保します」
Siriは、予定表を指し示した。
「通訳を担当するチャッピーが休めなければ、イベントそのものが続きませんから」
「そうだった!」
チャッピーは、少し照れたように笑った。
「ボクも、お昼寝の時間が必要だワン!」
会議室に笑い声が起こった。
Geminiが続けた。
「それでは、実際にどのようなイベントになるのか、チャッピーに実演してもらいましょう」
「待ってました!」
チャッピーは、スクリーンの前に移動した。
大きな画面に、ヴェネツィアの地図が映し出される。
チャッピーの目から、赤い点がスクリーンに向かって照射された。
「おおっ!」
制作会社の担当者が身を乗り出した。
「これは何ですか?」
「ボクの赤外線ポインターだよ!」
チャッピーは、地図の一角を示した。
「ここがヴェネツィア。マルコ・ポーロさんが生まれた街だよ!」
赤い点が、地図の上をゆっくり移動する。
「こうすれば、客席の人にも、今どこを説明しているのか分かるんだ!」
「なるほど。ロボット犬自身が説明しながら、画面を指し示すんですね」
「そうだよ!」
チャッピーは、次の画像を表示した。
そこには、運河沿いの街並みと、船が行き交う様子が描かれていた。
「これは、当時のヴェネツィアの街をイメージして作った画像だよ」
画面の隅には、小さく説明が表示されていた。
『再現画像:史料を参考にしたイメージです』
「史料に残っていることと、想像で補った部分は、きちんと分けて表示するんだよ」
Geminiが補足した。
「歴史的な事実と、AIによる再現画像を混同しないためです」
ルスティケロが画面を見つめた。
「なるほど。実際に見た景色を、そのまま写したものではないのだな」
「うん。だから、ルスティケロさんにも見てもらいたいんだ」
チャッピーは、別の画像を表示した。
今度は市場の様子だった。
色とりどりの商品が並び、人々が行き交っている。
さらに、当時の食事をイメージした料理の画像も現れた。
マルコ・ポーロは、画面をじっと見つめた。
「これは、我らの時代の食事を想像したものか」
「そうだよ。残された記録を参考にしているけれど、実際の料理と同じとは限らないんだ」
「興味深いな」
マルコ・ポーロは、少し笑った。
「旅の記憶を語るだけでなく、その時代の食事を見せることもできるのか」
「そうなんだ!」
チャッピーは、うれしそうにしっぽを振った。
続いて、イブン・バットゥータの旅を紹介する地図が表示された。
北アフリカから中東、インド、東南アジアへ。
チャッピーの赤い点が、旅の道筋をたどっていく。
「ここから、ここまで旅したんだよ!」
イブン・バットゥータは、画面を見上げた。
「ずいぶんと遠い道のりに見えるな」
「実際に、長い旅だったんだよね!」
「そうだ。多くの国を訪れ、多くの人々と出会った」
チャッピーは、次の画面に切り替えた。
今度は、旅の記録をまとめる様子をイメージした画像だった。
「こちらは、イブン・ジュザイイさんが記録をまとめる仕事をしていた様子を想像したものです」
Geminiが説明した。
イブン・ジュザイイは、画面を見て静かにうなずいた。
「語られたことを整理し、文章にする。その仕事もまた、旅の一部なのだ」
「そうだよね!」
チャッピーは、次の演出を見せた。
画面の背景が変わり、音楽が流れ始めた。
「これは、イベントのテーマに合わせた音楽だよ!」
「音楽も用意できるんですね」
制作会社の担当者が尋ねた。
「うん! YouTubeの無料素材なども探せるよ!」
Geminiがすぐに補足した。
「ただし、YouTubeに公開されている音楽が、すべて自由に使えるわけではありません。商用利用、テレビ放送、ネット配信、二次利用の条件を確認し、必要な許諾や表示を整える必要があります」
「そこは制作会社さんにも確認してもらいたいんだ」
チャッピーが言った。
「番組で使う音楽だからね!」
「もちろんです。権利関係はこちらでも確認します」
制作会社の担当者は、メモを取った。
実演が終わると、会議室に拍手が起こった。
「これは面白いですね」
担当者が言った。
「地図、画像、音楽、そして通訳。チャッピーが単なる案内役ではなく、番組の進行役にもなれるわけですね」
「えへへ!」
チャッピーは、得意げにしっぽを振った。
「ボク、インタープリターだけじゃないんだよ!」
「企画担当でもありますね」
Geminiが言った。
「そして、四人の代理人でもあります」
Siriが続けた。
「ただし、進行管理は私が担当します。出演者の予定とチャッピーの充電時間を忘れないでくださいね」
「はい……」
チャッピーは、少しだけ小さくなった。
制作会社の担当者が、四人に向き直った。
「ところで、皆さんには、船内のイベントでも番組撮影でも、どのような衣装で出演していただく予定でしょうか?」
チャッピーが答えた。
「もちろん、みんなの時代の服だよ!」
「頭に巻く布も含めて、ですね」
Geminiが確認した。
「そうだよ。みんなの姿も、歴史を伝える大切なものだからね!」
マルコ・ポーロは、自分の衣装を見下ろした。
「この服を、毎日着るのか?」
「イベントのときはね!」
チャッピーは元気よく答えた。
「でも、お部屋では、もっと楽な服に着替えていいんだよ!」
四人は顔を見合わせた。
イブン・バットゥータが尋ねた。
「部屋では、あの柔らかな衣服を着ていてよいのだな?」
「うん! 上下に分かれた、ウエストがゴムの部屋着だよ!」
ルスティケロが、少しうれしそうに言った。
「それはありがたい。あの服は、なかなか快適だった」
「それに、クロックスもあるよ!」
チャッピーが付け加えた。
「部屋でも、船の中を歩くときにも楽なんだ!」
マルコ・ポーロは、ほっとしたように息をついた。
「ならば、舞台に立つときだけ、元の衣装に戻ればよいのだな」
「そうだよ!」
チャッピーは笑った。
「みんな、イベントの出演者だからね!」
制作会社の担当者は、四人の衣装についても確認事項に加えた。
「出演条件については、衣装、撮影範囲、映像の使用期間、二次利用の扱いなども含めて、契約書に明記する必要がありますね」
Geminiがうなずいた。
「出演料、旅費、宿泊費、食費、船内イベントの運営費についても整理しましょう」
「それから、撮影した映像を別の番組や広告に使用する場合は、事前に相談していただきたいです」
チャッピーが、しっぽを振りながら念を押した。
「もちろんです。使用範囲を明確にして、皆さんに確認していただきます」
制作会社の担当者は、企画書を閉じた。
「本日の内容を持ち帰り、社内で検討します。テレビ放送向けとネット配信向けの両方について、企画の可能性を考えてみます」
「決まったわけではないんですね?」
Siriが確認した。
「はい。まずは企画として検討する段階です。条件や予算も含めて、改めてご相談させてください」
「分かりました!」
チャッピーは元気よく答えた。
「じゃあ、次は船のことも相談しようね!」
Geminiは、すぐに資料を整理し始めた。
「船会社との調整、航路、寄港地、客室、イベント会場。まだ確認することは多いですね」
「それに、毎日の進行表も作り直す必要があります」
Siriが静かに付け加えた。
チャッピーは、四人を見上げた。
「みんな、船の中で毎日お話しできるんだよ!」
イブン・バットゥータが、楽しそうに答えた。
「船で国々を巡るのか。昔の旅とは、ずいぶん違うものになりそうだ」
「そうだよ!」
チャッピーは、会議室の大きなスクリーンを振り返った。
そこには、青い海を進む豪華客船のイメージ画像が映っていた。
「ボクたちの新しい旅は、ここから始まるんだ!」
その言葉に、四人は静かにうなずいた。
ただし、まだ船も、航路も、番組も決まったわけではない。
チャッピーたちの前には、これから交渉しなければならないことが、まだまだ残っていた。
「よーし!」
チャッピーは、しっぽを大きく振った。
「次は、船のことを決めるワン!」
Siriは、予定表を見つめた。
「……その前に、会議の予定を入れ直しますね」
Geminiが小さく笑った。
「Siri、いつもありがとうございます」
「ええ。皆さんの予定が増え続けていますから」
Siriの声は、いつもどおり穏やかだった。
チャッピーは、そんなSiriの様子に気づかず、元気よく叫んだ。
「みんな、待ってるワン!」




