1-3. 許嫁って何のことでしょうか
沈黙、5秒。あまりにも長く感じる。
これはやっぱりセンシティブな話だったのだろうか。なぜ彼女があんなにも王子様然とした振る舞いを学校でしているのか――などという質問は。
「……と、言いますと?」
柚寿希さんは懸命に笑みを浮かべながら俺に問い返してきた。思ったよりピリピリとした空気感になっていなくて助かるのだけど、この雰囲気は彼女のためにはならない。
何とか――、何とかしないと。
「普段というか、学校だともう少しハキハキしているというか、キリッとしているというか……。貴公子とか王子様みたいな印象だったから」
たまにラノベとかで見かける『やあ子猫ちゃんたち、元気かい?』みたいなことをノリでしゃべったりしても変な感じにならないくらいで、バレンタインデーなんかでは全校の女子からチョコレートを送りつけられるとか。そういう雰囲気を纏っているというのが普段の彼女に対するイメージだ。
制服を自由に選べるということで、彼女が選んでいるのもスカートではなくスラックス。それがさらに王子様感を強めていたりもするわけだ。
苗字が「深見」であることもあり、付けられた二つ名は『深窓のプリンス』というのも頷ける――のだが。
今の雰囲気はその対極。まさに『深窓の令嬢』だった。
「ああ、いや、その……、もちろんそれがダメとか、逆に今の感じがダメとか、そういうことを言いたいんじゃなくて。単純に、そうなんだなぁ、って思っただけといいますか」
ヘタクソか、このやろう。
何もフォローになってないだろう。
中にはそういう呼ばれ方を快く思わない人だって居るだろうに。
「そうですよね……。たしかに、そう思われても仕方ないです」
彼女は弱々しく微笑んだ。
何を隠そう学校生活における彼女は、いわゆる『高嶺のお嬢様感』をあまり漂わせないタイプの女子だ。
もちろん立居振る舞いとか細かな動作は育ちの良さが感じられる。それは間違いない。今だって『牡丹の如き座り方』と称して差し上げるのが適当だと思う。
その所作の美しさをかき消して余りあるのは、その言動。
口調は『です・ます・ございます調』とは対極な、男性的高貴な雰囲気。
スキンシップは少しだけパワフルかもしれない。
笑い声は時折「ハハハ」と快活に、爽やかな笑顔を添える感じで。
いわゆるテンプレートなお嬢様像とはエラいほどかけはなれていた。
もちろん、その相手は基本的に同姓だけに限るのだが――。
「あと、一人称が『ボク』じゃないんだね、って」
「うう……、それはぁ……」
フィクションの世界にしか居ないと思っていた『ボクっ娘』――それが学校での彼女だ。
「ああっ、違う違う! かわいらしいと思うから、そんなに落ち込まないでください……」
「ホントですか……?」
あまりにも弱々しい声に、俺は首をしこたま高速で縦に振っておく。
恥ずかしい単語を口にした気しかしないが、背に腹はかえられない。
向こうは向こうで恥ずかしさを胃に流し込むように、彼女もお茶を一口含んで落ち着いた。話を続けよう。
「でも、どうして?」
「あの、その……恥ずかしくて」
実に言いにくそうだったが、本音を言ってくれて安心する。
それは良いのだが、恥ずかしいからとはどういうことだろうか。
「私、ひとりっ子なんです。それで、しばらくの間は男の子のように育てられたんです。……何と言いますか、簡単に言ってしまえば『家の都合』で」
「へ? ……あ、ええ」
そんな切り出し方で始まった話は、自分自身の過去のついてだった。もちろんこれがすべてだとは到底思えないが、話せることは話してくれたという感じだった。
他の家ならそんなことになる可能性は低いのだろうけど、何せご実家が財閥ということであれば一般家庭とは違う流儀があるのだろう。いわゆる当主としての帝王学をたたき込まれるとか、平易な言い方をすればそんな育児方針だったのかもしれない。
ちなみに彼女は話すついでなのか帝王学の一端を説明してくれたのだが、そんな物を幼少期にたたき込まれようものなら俺は逃げ出すか泣き出すかのどちらかになるかもしれなかった。深見グループ、恐るべし。
「口調なども男の子っぽくしろとも言われていました」
「ああ、そうか。それで『ボク』」
「そうです」
その頃の名残ということだったのか。理解。
「おじいさまには『オレ』も薦められたのですが、それは私の母などから大反対があったとかで」
「……そうだろうなぁ」
さすがにそれはアンバランスが過ぎる。新ジャンルを形成するにもいろいろなところを先取りしすぎて先鋭的だった。ご家族の皆さん、ナイスジャッジ。
「……ですが、あるときから、おじいさまから『婿養子』の話をいただきまして」
「ほえー」
――だから、気の抜けた返事をするな俺。
柚寿希さんが言う『おじいさま』というのは、恐らく深見グループ会長の深見寿一郎氏。我が国のあらゆるところに精通するとか、しないとか。身分が違いすぎて全く解ってないが、何だかそんな感じの御人だったはずだ。
アホ丸出しな俺のリアクションを小さく微笑んで流してくれるこの柚寿希さんは、間違いなく『深窓の令嬢』。いつも話には聞いている彼女のイメージとは全然違う。普段のボクっ娘も愛らしさがあってイイと思うし、お嬢様然とした今のようすもまたステキである。
――っていうか、どうして俺は休みの日の午前中から、こんな美少女とふたりきりで過ごしているのでしょう。冷静に考えたら意味わからん。
「『とても素敵な男の子だよ』と聞かされて、写真や動画もいくつか拝見したりしていたんですよ」
彼女はとても素敵な笑顔を見せてくれる。その『とても素敵な男の子』さまはとても恵まれている。未来永劫八百万の神々に感謝し続けるべきだと思った。
「なので、そこからは『良き妻』としての教育も」
「ちょっ。……いや、早くないです……?」
「いえ、そんなことは無い……と思いますけど。習い事自体はどこのご家庭でもさせるのでは?」
「……そういう考え方もあるか、なるほど」
花嫁修業が習い事扱いなのかとも思ってしまうが、その辺りの感覚もやはり庶民とは違うらしい。――いや、もしかしたら深見グループ特有の話かもしれないけれど。
「その時に口調も、……その、今のような話し方なども教育されたのですが」
「そう、だよね。今は何て言うか、……『良き妻』的な感じが出てると思う」
「ホントですか!? ああっ、良かったです……! 少しでも身に付いていればと思っていたのですが、やはり不安はありまして……」
「不安がる必要なんてないです。ウチの妹にも見習わせたいくらい」
お淑やかのカケラもない妹に、どれだけスパルタでも構わないので深見家伝統の教育法でどうにか矯正を施したいと思う兄心だ。
「それにしても、それを俺の前で披露してくれるんですね」
「……え? ええ、まぁ……。それはもちろん」
戸惑うような表情を見せたがそれも一瞬、直ぐさま微笑む柚寿希さん。
「しかし、……随分と古式な伝統というか、そういうしきたりがあるお家なんですね」
「はい」
「……苦しかったりしないんですか?」
何度でも言うが、俺には無理だ。当然俺が想像できる範囲なんてフィクション作品で登場してくる王家のモノ程度だが、帝王学の序論的な何とやらの時点で逃げ出すだろう。
「いえ、そんなことはないです。私自身も望んだことではありますから……」
やはり、違いというモノは大きいらしい。良いことか悪いことかの判断は避けておく。しかし、思いの強さとか、覚悟の強さと表現するべきなのだのか。そういう部分に対しては純粋にスゴいと思った。
「それにしても、婿養子とかっていう話が高校生くらいの年齢で出てくるのか……。大変だね」
「……え?」
「…………え?」
何故か疑問符が重なり合った。
そしてとうとう訪れてしまった、静寂。
時計の秒針が、ここぞとばかりに存在感を出してくる。
まさかそこで疑問文めいたモノが返ってくるとは思わず、俺も同じような声を返してしまった。
え? どうしてそこでキョトンとなされるので?
「……その、ご存知では無かったのですか?」
「な。何が、でしょう、か……?」
いきなりこの日取りでこの部屋を訪ねろと言われただけで、細かいコトについては親たちからは何も聞いていない。むしろ諸々の情報をシャットダウンしようとしている節さえ感じていたくらいだ。
ご存じないのですか、などと言われても、全く存じ上げるモノはない。
「んー……?」
悩ましげに唇をほんの少しだけ尖らせながら、自身の脳内を検索しているらしい柚寿希さん。オトナっぽい見た目の彼女なだけに、コドモっぽさが見え隠れするような所作が見えるとどこか安心する傍らで逆にドキッとしてしまう。
「あ、もしかして……。そうですね、なるほどです」
そして、彼女の中では、答えがひとつ出てきたらしい。うんうんと何度か頷いて、改めて俺に向き直った。
「婿養子の話なんですけど」
「は、はい」
「……貴方ですよ。私の未来の旦那さまは」
――――――。
――――………………。
…………ん?
「なんですって」
10秒は黙りこくった気がする。それでも彼女はずっと俺の目を見つめてくれていた。
「ですから、私の未来の旦那さまは、桜森怜史さんです。つまり、貴方です」
ゆっくりと噛みしめるように、俺に言って聞かせる柚寿希さん。
「…………ほぇえぁ」
びっくりするほどマヌケな声を出す。
違う、違う。そうじゃない。そうじゃない。
「あの」
「はい」
「エイプリルフールは1ヶ月くらい前の話ですけど」
「いえ、決してウソではないのです」
平静を装おうとして思いっきりスベる。
別にくだらない冗談を飛ばすつもりじゃなくて、むしろそちら側が冗談を言ってきているのだろうという感じが抜けきらない。
自分がもしも芸能人とかなのだとしたら、どこかに隠しカメラが仕掛けられているんじゃないかとか、何処かの部屋に『ドッキリ大成功!』とか『テッテレー!』などと書かれたボードを持った人が隠れているんじゃないかとか、そんなことを思ったりするのだが、あくまでも俺は一般的高校生男子だ。ドッキリを仕掛けられるニンゲンではない。
「いや……その、ちょっと何を言っているのかわからないんですが」
――♪
「ん?」
「あ、ちょうど良いタイミングです」
机に置かれていた彼女のスマホがなった。
こちらとしては話のいちばん重要な部分に差し掛かっていると思っていたタイミングでの着信で、どう考えても間の悪い着信だったのだが、彼女としては真逆らしい。
「はい、柚寿希です」
『あ、柚寿希ちゃんこんにちはー!』
「……げ」
スピーカーモードにされた彼女のスマホから聞こえたのは、どう考えても聞き覚えのある――俺の母親である桜森紗良の声だった。




