1-2. QUESTION: 令嬢と俺との接点とは?
「説明……っすか」
「あ、大丈夫です。そこまで緊張しないでくださると助かります」
彼女はそう言って、とても可愛らしい笑顔を見せる。
俺と深見さん――じゃなかった。俺と柚寿希さんとは正直なところ、面識があるとは言えないくらいの間柄だ。高校生活が始まって1ヶ月経たない程度、クラスでも親しいヤツの数はあまり多くない上にその全員が男子。そんなヤツが同じクラスとはいえども女子、しかも想像を絶するほどのお高いポジションにいるような女子と仲良くお話をするなんてできるはずがない。
――言ってて切ないけどな。でも仕方ない、事実は事実だ。何物にも代えられない差というモノはこの世界にはどうしたって存在する。
目を背けたところで、結局背後から襲いかかってくるのだ。だったら真正面から覚悟を持って受け止めた方がダメージは少ない。不意を打たれるより余程安全だ。
そりゃそうだろ。一般家庭の男子と社長令嬢の女子だ。日和山と富士山くらいの差はあって然るべきだ。
「その……じゃあ、まずひとつハッキリさせておきたいことを訊いても、いいですかね?」
「はい、何なりと」
言質は取った。だが、ちょっとだけ様子を見ながら、同じことを改めて訊いてみる。
「俺たちって、そこまでの面識あったかな?――って思ってて。そもそも俺のことなんて、何で知ってるのかなぁと思ってるくらいなんですけど」
そう言えば先日ホームルームが終わった直後に、いっしょに担任の手伝いをした記憶はある。ただ、まともに会話を交わしたのであの程度だ。ほぼ皆無と言って良いだろう。
「あー、なるほど。……ふふふ」
「え」
柚寿希さんは少しだけ考えるような素振りを見せたと思ったら、すぐにクスクスと笑い出した。とくに何のツボも刺激した認識はないのだけれど、どこかにおもしろポイントがあったのだろう。
「では、その辺りから説明させていただきますね」
よろしくの意味を込めてお辞儀で返す。
「先週末、怜史さんはお買い物に出掛けられましたよね」
「せ、先週末……」
想像していない辺りから話が始まった。
これでもひとり暮らしである。学校帰りでの買い出しでは持てる分量にも限界があり、大荷物になると帰り道で大変なことになる。自業自得としか言えないのだが、こちらに来た最初の買い物で痛い目にあったのだ。それ以来、出来る限り平日の学校帰りにこまめに買い物に行くようにはしている。
とはいえ、それだけではやはり足りないことある。週末にもいろいろと予定はあるが、生活に関わることなので買い出しを最優先にしていたりする。もちろん通販やスーパーがサービスとして行っている自宅配送を使うこともあるが、それも利用するのは週末だけだ。受け取りの都合もあるし。
先週の土曜日はまさにその買い物の日。タイミングの良いことに買いだめしておきたいものがセールになっていたのでまとめ買いをして、それを午後までに配送してもらう手続きをして――。
「それで……」
「書店に立ち寄られましたよね」
「ああ、そうだったそうだった……って、何でそんなこと知ってるの?」
ちょっと時間を潰す目的でいつも立ち寄る大型書店に向かい、新刊とかをチェックしていたのだが。
「その後で、女の子のお世話をしましたよね?」
「ああ、うん。お世話というほどのことでもない気がするけど……ってそれも何で知ってるんですか?」
怖い、怖い。思わず敬語になる。そもそも異性にはだいたい馴れ馴れしくないけれど。
「その子、私の従妹なんです」
「え!? あっ、そう……なんスか」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて取り繕う。
ついでにその女の子の顔を思い出そうとしてみるが、ぼんやりと甦ったその少女の顔はそう言われれば何となく似ている気がしなくもなかった。目鼻立ちがハッキリしていて、それでいてかわいい系のお顔でいらっしゃるなとは思っていたけれど、まさか柚寿希さんの親類だとは思わなかった。
その時の光景もいっしょに思い出す。
本屋から出てすぐのところの交差点。信号待ちというよりは人待ちをするためにあるようなちょっとしたスペースで、女の子が男ふたりに絡まれそうになっていた。男性陣もいわゆる遊び人的な印象を与えるようなそこまでチャラチャラした感じではなかったが、しかし如何せんガタイが良かったせいで女の子は怯えているように見えた。
自慢じゃないが、逃げ足はそれなりに速いとも思っている俺である。
自慢じゃないが、武闘派とは全くの対極に在ると確信している俺である。
正義感は自慢できる程のモノを持ち合わせているとは思わないが、それでもその子を無視するのも違うと思った。
だからこそ俺ができる限り、思い付く限りの、いちばんスマートな方法を。
――『ゴメンね、待たせちゃって! で、待たせておいてアレなんだけど、時間もないから行こうか!』
選ばれたのは、『待ち合わせていた相手のフリをする』プラス『即座に移動する雰囲気を出しまくってその場から一気に連れ出す』ことでした。
いや、だってほら。それしかないじゃん?
少なくとも待ち合わせのフリをすることは確実だけど、その時に絡んできた男から「アンタ誰?」なんて訊かれるのも避けたかった。下手に話を振られると逃げづらいというのが最大の問題だったし、いきなり見ず知らずの男共(もちろん俺もその中に含まれる)に囲まれて、俺に話を合わせるなんていう高等テクニックをその女の子に要求するのも難しいと思った。
少し話を聞いてみればやはり待ち合わせの最中だったということで、もう少し駅前の交番に近いところに連れて行きながらその人が来るだろうタイミングまでは近くに居てあげようと思っていたのだが。
「車の中から少し探しましたが、おかげさまですぐ見つけられました。……お礼もしたかったのですが、怜史さんはすぐに立ち去ってしまいまして。探そうとも思ったのですが時間も無かったので諦めました」
「ああ、まぁ……」
いやぁ、だって。
明らかにヤバそうな見た目をした、リムジンっぽい感じの黒塗りの車が寄ってきたら、そりゃ逃げるでしょ。木を隠すなら森の中、人を隠すなら众の中――すなわち人混みの中だ。チャラ男集団を撒くときと同じで駅ナカに突入したのはある意味正解だったらしい。
「後からその話を聞いて、本当に申し訳なく思ったのです。待ち合わせによく使われるからという安易な発想で彼女をそんなところにひとり立たせておいたばかりに……」
「あー……」
たしかに結果的には危険な感じにはなってしまったかもしれない。だけどそれはあの時にちょっと良からぬニンゲンがたまたま居合わせただけのことで、柚寿希さんが気に病むことでもないような気はした。
しかし、それを何と表現したらいいのか。上手な表現が全然思い浮かばない。
「でも、無事合流もできたのなら良かったんじゃないかな」
「……そうでしょうか」
「あんまり深刻にならなくても、たぶん大丈夫だと思いますよ。従妹さんは何か言ってたんですか?」
「とても感謝してましたよ。私がいくつか説明をしたら『やっぱりステキ』とも」
「そうですか、なら良かった……。…………ん?」
「従妹にも心配しすぎだとは言われたので、怜史さんの言うとおり私がこれ以上悩むのは逆に失礼かもしれませんね。……どうかされました?」
「へ? いやいや、別に何も」
無いわけじゃないけれど。
話がちょっと落ち着きそうになったところで出されたお茶をいただこうとして――一瞬手が止まる。何だ。またひとつ気になる言い方をされた気はするのだが、よくわからない。
それにプラスして、結局俺との面識とかの話には繋がらないような気もする。
たしかに、そこで柚寿希さんは俺の顔を確認しているのだろうけど、だからといって名前呼びに発展するようなほどの中身でもないと思う。謎は深まるばかりだった。
「あ」
「へ。あ、えっと、何でしょうか」
突然何かに気が付いたような声を上げる柚寿希さん。思わず背筋が伸びる。
「怜史さん、そもそも敬語は不要ですよ。同い年ですし」
「えー……? や、でもそれはさすがに……」
またあなたは俺にハードルを作ってきますか。
さっきから要求難易度の高いことを要求してくる。困る。
「あ。でも、それだったら、柚寿希さんも敬語じゃなくて」
「私は良いのです」
「えっ、何で!」
ずるい!
「……私は、良いのです。怜史さんが優先なので」
そう言いながら柚寿希さんは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
なにそれカワイイ。ちょっとキュンとした。
「じゃあ、……努力します」
「……残念です。でも、今はそれで我慢します。自然な感じで居られるのがベストだと思いますので」
何なんスかもう。
諦めの境地のようなモノに達した俺は、改めてお茶を飲んで一息入れる。落ち着く。この部屋が醸し出している落ち着ける雰囲気には安心する。
そんな折でひとつ、思い出したことがあった。
違和感という意味では部屋に入れてもらう直前からあった。それにどうしてはっきりと気が付かなかったのかと言われれば、やはり少しテンパっていたからなのだろう。
「それにしても……」
「何でしょうか」
「その……、学校でも柚寿希さんのことは、時々見聞きとかしてたりするんだけど」
「はい」
極力丁寧に前置きをしたい。
そりゃあ何せご令嬢。ぼんやりとしていたって彼女の情報は勝手に転がってくる。少しかわいそうな気もするが、何もしていなくても目立ってしまうのは宿命かもしれない。
ただ、その情報と、今俺が見ている現実には、妙な隔たりがあった。
「……学校に居る時と、雰囲気けっこう違うんですね」
――そして、案の定の沈黙が流れた。
これは、やはり触れてはならぬ話だったか?




