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「はーっ! ありゃ疲れちゃうね、ナズナちゃん」
「ちょ、ちょっと……!」
上昇するエレベーターの中。四階のパネルに矢印が届いた瞬間、カルムが大きく伸びをしながらナズナに声をかけた。ナズナは周りに聞かれるのではないかと冷や汗をかく。
「大丈夫だよ、あの親父さんが視てるのは一階だけだから」
「え……?」
「大方、中程度の魔法師が監視の陣を張ってるんだろ。へたくそな編み目が多くて、あれじゃ監視漏れするね」
「どうして、そんなこと」
困惑するナズナを置いて、到着したエレベーターをカルムは颯爽と降りる。
掛けていたサングラスをちらりと少しずらし、ナズナを見てカルムは言う。
「俺、視えてるからね」
「……?」
四階の廊下の突き当たり、その前の扉にナズナは鍵を差し込んだ。きぃっと小さく響いてから、かちゃりと開錠の合図が鳴る。
扉の向こう側はこぢんまりとしたワンルームだった。天井から床まで伸びるガラス窓が特徴で、ロビー同様にカーテンやラグの質は良いものと伺えた。ベッドはその場に不釣り合いな大きめのサイズ感で、大人二人でも余裕で横たわることができる。そのせいあってか、ベッド横のカウチが申し訳なさそうに鎮座していた。
カルムは自身の荷物をカウチに放り投げると、室内の説明をするナズナを差し置いて勢いよくベッドへと倒れ込んだ。
「あー! 久しぶりのふかふか……幸せ」
「もうカルムさん! 外着のままじゃ、汚いです! それに……父との会合に出るんでしょう?」
「ああ、そうだった」
今思い出したかのように、カルムは名残惜しそうにベッドから体を起こした。
ナズナは少し気まずそうに手遊びをしたまま俯いている。その様子にカルムはふっと頬を緩め言葉をかける。
「親父さんが心配?」
「パ……父のことは、別に」
「ふむ。本来の親父さんは、もう少し気前が良いそうだね?」
「えっ!」
意表を突かれたのか、ナズナは声を上げて目を丸くした。当のカルムはきゅっと目を細めて笑う。
室内の空気が、少しだけピンと張り詰める。
「噂程度だけど、ね。このホテル前は人に溢れていたそうじゃない」
「まあ……父は、困っている人を見過ごせない人でしたから。あんな、あんな態度をする人じゃなかった……!」
悲痛に叫ぶナズナの声が室内にこだまする。
言った弾みで、ナズナの瞳には大粒の雫が溜まった。
「父があんな風になったのは、サーカス団が来てからなんです」
「……サーカス団」
「はい。さっき話した町外れに常駐するサーカス団。『宵闇サーカス団』と名乗っているのですが。そのサーカス団の一人がここに来て言ったんです。『魔法石を探している』と」
「ふうん。随分興味深いお話だね」
ナズナの話をにんまりとした笑顔でカルムは聞き入れる。
その笑顔は純粋なものでなく、まるで獲物を見つけたような眼差しに呑まれていた。
「……天使、だったっけ。そのサーカス団の売りは」
「……っ⁉︎ 知っているんですか⁉︎」
カルムの一言にナズナは小さく飛び跳ねた。
その反応があまりに思い通りのもので、カルムは苦笑する。
「あぁ、やっぱりね。聞いてたんだよなぁ、ここに来る前。もうそこそこ噂になってるよ」
「そんなに、有名なサーカス団なんですか……?」
「サーカス団が有名、というより天使の方かな? この大陸も、胡散臭くなったもんだよ」
「……?」
カルムの発言の意図がうまく読めず、ナズナは困惑を極めた。
当のカルムはお構いなしに話を進める。
「大方、そのサーカス団の資金源は天使の名に釣られた魔法使いたち。『魔法石』っていうのは、この大陸でも珍しい一品だからね。天使がいるなら『魔法石』も本物じゃないかって、確かめたくなる奴はいるだろうし」
「でも、でも父は別に魔法使いじゃ……」
「石があったところで、それを売り買いする場所や商人、コレクターがいないと始まらないだろ? 公にしたくない理由があるならなおのこと、仮面を被る必要がある」
「その仮面って……」
「このホテルだろうね。だから会合とやらがここである。『魔法石』を売り買いできる、恰好の」




