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ホテルマジェスティックはこの町カルネミアが形成されてから営業を続けている、いわゆる老舗のホテルであった。まだ町の開発が進む前から、現在の支配人であるダズリンの父が開発者たちの憩いの場として野営地を設立。その後にホテルの建設がはじまった。
そんな父の横で育ったダズリンはというと、あまり宿泊業に対して積極的ではなかった。
ホテルのエントランスを抜けると、程よく開けたロビーが広がった。ナズナの後ろを続くカルムはそんなホテル内を良く見渡し、若干の違和感を覚える。
建物自体は簡素な造りではあるが住宅街の中で佇むホテルにしては、仰々しく敷かれたラグや窓にかかるカーテンの質は一級品と見えた。
「随分……物が少ないんだね」
「……そうですかね」
カルムに尋ねられたナズナは少し言い淀む。
確かにカルムの言うとおり、ロビーというには休憩できるような椅子や机などは見当たらない。質の良さそうなラグやカーテンがあるのだから、それに合わせて調度品も揃えていてもおかしくはない。
さらにカルムが見渡すと、点在する照明器具はおそらくカバーがつけてあっただろうに、いまや剝き出しの電球が悲し気に佇んでいる。
「どうやら、色々訳アリのようだね?」
「別に、私はよくわからないから……」
もごもごと言葉を送るナズナは先ほどカルムを拳で制した少女とは思えない、どこか怯えた表情で俯いた。
カルムが再度声をかけようとした時、ロビーのカウンター裏から人の歩く音が聞こえてきた。
「おい、ナズナ! 遅いだろ! まったく、何をして……」
「ん?」
「なんだお前! 誰だ!」
「パパ違うの! カルムさんは私を……この品を守ってくれたの!」
「守ってくれただぁ?」
出てくるやいなやぎゃいぎゃいと叫ぶ豊満な体を見せつける男、ダズリンはナズナの制止によってカルムをまじまじと見つめた。カルムはへらへらと表情を変えずに、次に自分の瞳をダズリンが見た時に声を出した。
「どうも、はじめまして。私はカルム、旅商人を生業としておりまして。大通りで目ぼしい商品がないか物色していたところ、そちらのお嬢さん。ナズナさんが大荷物を抱えているではありませんか! このような夜更けに商品を運ぶ彼女の姿に商人魂を感じまして、少しばかりお手伝いを」
つらつらと語るカルムに、ダズリンを止めたナズナですら目を丸くする。だいたいが創作話だ。
カルムが語る間、ダズリンはカルムを値踏みするような目で見つめる。薄汚れたロングコートに小さめのサングラスはどうも商人とは思えなかったが、じゃらついた耳の飾りや自身の荷物から取り出す金品はそれなりの価格帯の物に思えた。
「ふん。娘が世話になったな」
「とんでもない! 素敵な町案内までしていただき、時間を少し遣わせてしまいました。お礼と言っては何ですが、よろしければ道中で手にしたこちらの地方にはない魔法石を……」
「魔法石だと!」
カルムが「魔法石」と口にした瞬間、ダズリンの表情と声色が明らかな変化を見せた。
その変化に、カルムはすぐさま反応する。
「ああ! しかし、私は荷物を整理するのがてんで苦手でして! もしお部屋に余裕がありましたら、今晩一泊させていただけませんか? もちろんお代と別に、魔法石もご用意させてください」
「ぐう……部屋なら十二分にある。カルムとやら、旅商人は何人も見てきたが新顔だな。どこの地区からだ?」
「いえ、それは。ここでは少し」
眉間に思い切り皺を寄せるダズリンに、張り付いた笑顔を崩さないカルム。
少しの間のあと、観念したかのようにダズリンが口を開いた。
「いいだろう。カルム君、キミ酒は飲めるのか?」
「嗜む程度には」
「今日は会合があってね、そのためナズナに物を運ばせていたんだ。ちょうどいいからキミもどうだい? 新顔であれば、顔を拡げておくのもいいだろう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
そう言うとダズリンはナズナの腕に抱えていたものを取り上げ、カルムを部屋へ案内するようにと命じた。一瞬悲しげな顔を見せたナズナは、すぐにカルムの方に目線を合わせて手招きをする。
「どうぞ、一番景色の良い部屋をご案内しますね」
「ありがとう。楽しみだよ」
「カルム君。準備ができたらカウンターのベルを鳴らしてくれ」
「わかりました。少々お時間いただきます」
「……好きにしろ」
ダズリンは言い残すとカウンター裏に消えていった。
緊張の糸がぷつりと切れたナズナは今にも泣きだしそうな顔をパンと自身の手でたたき、カルムをキッと見返した。
「行きますよ、カルムさん!」
「ははっ、はーい」
少し威勢の戻ったナズナに、カルムは少し頬を緩めた。




