第一話 アルタイル・至宝の在処を求めて⑥
それから俺とシェリーは研究所のロビーに向かって歩いていく。
しんと静まり返った空間の中、反して邪悪な魔力の暴風に曝されながら。
その道中の廊下で俺は『運命』と出会う。
俺たちの目の前から歩いてくる群体。
その先頭に立つ大柄な男を見てシェリーは囁く。
「うわ、やっぱりあいつか~」
「知ってるのか?」
「ええ、あの先頭に立つ男よ。オズマ・ブランウェン、噂くらいは聞いたことあるんじゃない? これは下手に喧嘩売ると返り討ちに合うわね」
「そういうことか。だったら言われずとも。パーシスさんからも聞いたよ、その人の話は。喧嘩なんて間違っても売らねえよ」
「……なんだ、売らないんだ。ガッカリだな~」
「あんたまさか……」
「は? そんなわけないでしょ。わたしだって自分の実力はわきまえてるわよ」
「いやいや、その眼は確実に獲物を刈ろうとする眼だったぞ」
「もしそう見えたのだとすればあんたの目は節穴よ。老眼鏡でも買いなさいな」
「まだまだ若いよ。あとそれは視力関係ないからな」
「真面目に返されても困るわ~」
「ほんと鬱陶しいな、おまえ」
そんなやり取りをしてしまい周りが見えなくなっていたその瞬間だった。
俺たちの真正面にまるで瞬間移動してきたかの如く唐突に現れたオズマ。
何もされていないのに押しつぶされてしまうような威圧感。目を合わせただけで心臓を握りつぶされたかのように錯覚させるその眼力。間違いなくこいつは本物だ。
己の目的の為なら殺人など厭わない正真正銘の『魔術師』だ。
「おやおや、こんな辺境でお目にかかれるとは。私は運がいいのかな。君は確かエルスター魔術学院准教授のアーネスト・マーベル君だったね」
と俺の名前を呼ぶオズマ。
しかし疑問に思う。何故俺だけが呼ばれたのだろう。隣にはシェリーもいるはずなのに。そう思い、隣を見るとそこにシェリーの姿はなかった。
「……」
どこにいったんだよあの人は。
俺一人で何とかしろってことなのか? そうなのか?
勘弁してくれよ。機械獣の連戦なんて目じゃねえよ。
「ええ、初めまして。俺の事を知っているとは光栄ですね。俺だってあなたのことは存じておりますよ、色々とね。召喚術士のオズマ・ブランウェンさん」
「ふむ、それは君なりの挑発かな。だとすれば控えることをおすすめするよ。相手によっては気が立って暴れかねないからね。ちなみに私の気は長い方だ。余程のことでない限りは笑って済ませよう。誰であろうとね」
「確かに。その柔らかな表情だけを見ているとそう思えますよ。けれど本当ですか? そんなんで人の上に立てるとは思えない。まして組織のトップとなると尚更向いていないと思えるのですが」
それにオズマの後に続く部下たちには遊びというものが存在していない。まるで命令に従順な機械のようだ。彼は彼なりにどこかで複数人を個とする政策をとっているのだろう。
「ほら、飴と鞭という言葉があるだろ。君は教え子の前では、特に実技の時はあまりの厳しさから魔人と呼ばれているそうじゃないか。世に蔓延る魔術師同士の戦闘。命懸けであるが故の行為かもしれないが、それでは学徒の身が持たない。たまには労いの言葉をかけるくらいはした方がいいぞ」
え、そうなのか? 初耳なんですけどそれ。
ていうか魔人はないだろ、魔人は。
「そういうこともあるようで。ですが御教授ありがとうございます。戻ったら参考にさせていただきますよ。あなたからの言葉は何故だか強い強制感がある。これもあなたの残した功績故ですかね。それらはどうあれ魔術世界を変革するものですから。尊敬出来ますよ、お世辞抜きでね」
「ははは、嬉しいことを言ってくれる。この状況で物怖じせず愉快な会話ができるとは。なかなかの実力者とお見受けする」
笑うオズマはスっと一息ついてから改めて俺に言う。
「どうかな。この私の『ベガ』に入ってみる気はないかね」
「――な」
そのストレートさに戸惑う俺は、恥ずかしながら言葉を出せなかった。
「……まさか、勧誘でも始める気ですか?」
そう疑問を口にしたとき、廊下の奥から誰かがやってくる。
コツコツと乾いた足音。シェリーが帰ってきたのかと振り向くと、そこには見知らぬ水色の髪をした女性が立っていた。
「よしてくださいよ、オズマさん。見境ないですよ」
そう物怖じせず柔らかな口調で話す彼女。
「はは。すまないね、ロゼ君。なかなかに珍しい人に出会えたものだから、つい気分が乗ってしまった」
その言葉を聞き呆れたように嘆息するロゼと呼ばれた人物。
「悪い癖ですよ、オズマさん。彼はどうあってもアルタイルたちの一員です。今は諦めてください。ところで、こんな場所で油を売ってて大丈夫なのですか? アルタイルの所長に会いに行くのではないのですか? あと後ろの人が詰まってますから早くしてください」
「いつもながら厳しいねえ、ロゼ君は。常日頃から気を張るのもどうかと思うがね。君はもう少しは余裕を持つことを覚えるといい。それではマーベル君、またいつか会える日を楽しみにしているよ」
そうしてオズマたち『ベガ』の一行はこの場を後にする。
ただ、この人を除いて。
「ああ言ったものの、このまま行ってしまうのは些か残念だな……」
何故かロゼと呼ばれた彼女は、彼らについていくことなくこの場でじっと立ち止まったまま。それが気になり、無意識に声を掛けてしまっていた。
「……えっと、君は?」
「ふふ、僕はロゼ・フェイズといいます。一応『ベガ』の一員です。初めましてですね。よろしく」
「あ、ああ。アーネスト・マーベルだ、よろしく……」
そのあまりの自然な立ち振る舞いでつい呆気に取られてしまった。
「えっと、……あ、そうだ。君はついていかなくていいのかい? あの人たちの一員なんだろ?」
「ええ、そうですよ。けれど僕は少し事情が違いまして。正式な『ベガ』の一員ではないのです。数年前、オズマさんに魔術の腕を見込まれまして引き抜かれたのはいいんですけれど、あの人容赦ないからなあ。何としてでも自分の右腕にするんだって躍起になってるんだ。あのノリにだけはついていく自信がない」
言って肩を落とす彼女は、ハッと気が付いたように頭を下げる。
「何してるんでしょう。会っていきなり愚痴なんて……」
「いいよ、気にしてないから」
「ふふ、助かります。ああ、そうだ。聞きましたよ、あなた。このアルタイルの臨時研究員として招かれたそうですね。結構ハードルが高かったそうですけど。だとしても、どうしてこんな辺境まで来ようと思ったのです?」
「ちょっとした興味ってやつですよ。俺は昔から能力者について研究していまして。異能力開発計画。魔術では説明できない現象を解明し、己のものとする技術。その研究内容に疑問は残るものの、俺が追い求めていたものがここにある気がしましてね」
「ふーん、そうなんですか。たしかにそれは僕も気になりますね。けれど疑似能力って、つまりは能力者の意図的な発現を目指しているってことですよね。本当に可能なんですか? オズマさんはその研究に興味を持ってここを訪問することにしたそうですけれど、僕には未だに信じられませんね」
「さあね。俺だって完全に信じているわけじゃないさ。けれど魔術の研究ってそんなものだろ。魔術師は皆、己の世界に籠って己の信じる道を突き進む。そこに他人の意志なんてモノは存在しない。仮に存在したとしても、それは当人にとってはただの駒、研究の材料さ」
言い換えれば今まさにその駒が俺なんだけれどな。
使い潰されないように気をつけなければ。
「はは。言えてますね、それ」
「そういう君はどうなんだい? あのオズマ・ブランウェンに引き抜かれたって言ってたけれど、俺の感性から言わせてもらえばあの人につくのは危険な気がする。君本人はそれでもやりたいことがあったのかい?」
「僕にはね、夢があるんですよ。あまり詳しくは言えませんけれど、あの人の技術はそれに通ずるものがある。オズマ・ブランウェンという魔術師は僕の知る限り唯一その答えに辿り着く可能性を秘めている。そのためなら、いくら危険が伴おうともあの人の下につくのも悪くはないって思ったんです。ただ、『ベガ』の一員になる気は一切ありませんけどね」
そう微笑んで言うフェイズさん。
しかし、そこにはつい数秒前までの穏やかな雰囲気はない。
そこにあったのは野望に燃える冷ややかな双眸だった。
「おっと、すいません。僕も早く皆のところに行かないと。置いてけぼりは嫌ですからね」
「そうだな。早く行くといいよ」
「はい。それではまたいつか。縁があったら会いましょう」
言ってフェイズさんは小さく手を振り、既にここから離れた『ベガ』の皆を追って駆けて行った。
――ロゼ・フェイズ、か。
何だろう、この感覚は。
むずむずするような気持ちの悪い感覚は何なんだろうか。
「なになに、そんな腑抜けた顔をして。可愛い娘だな~、なんて思っちゃたわけ?」
そう声を掛けてきたのは今の今まで姿をくらましていたシェリーだった。
どこに行ってたんだよ、あんたは。
「そんなわけあるかよ。あの人だって立派な敵の一員だ。いずれ俺たちの敵となる。そんな人に現を抜かすことはできないよ。といっても何か起こらない限り、いがみ合うつもりもないけどな。今は様子見だよ。けれど、あのロゼって人は……」
予感だ。これはただの予感なんだ。
あの人の内には途方もない力が秘められている。
あの人はいずれ俺にとってあのオズマ以上の脅威となり得ると思えるほどに。
ただ顔を合わせ、数分の会話をしただけだというのに、俺の中にある魔力が高鳴る心臓の鼓動のように脈打っていた。
「そう。ならいいわ。けれどねアーネスト、あんたに一つだけ念のために言っておくけれど……」
ポン、とシェリーは軽く肩を叩く。
そしてまるで重要なことでも言うかの如く声を低くし耳元で囁いた。
「あのロゼって子、男の子よ。恋するのは止めときな」
「そうか、男なのか。……男? ……え、男!? 嘘だろ……」
ああ、まさにこの世は理不尽の極みだ。
複雑怪奇。摩訶不思議。得体のしれないことで溢れかえるこの世界。
俺はその中でも一際輝くとんでもない何かに出会ってしまったのかもしれない。




