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第一話 アルタイル・至宝の在処を求めて⑤

 そうして俺とフィリアは研究所一階の待合室に移動してシェリーを待っていた。

 シェリー・レイヴァース。同じ師の下で魔術の修行をした姉弟子。

 しかし、魔術の基本的な属性は全く違う。

 俺が主に扱う水に対してシェリーは火。全く逆と言ってもいいくらいだ。

 そんな彼女が数年前に俺たちの前から姿を消した。理由も言わずひっそりと、問題を起こすだけ起こして。


「シェリーさん無事生きてたんだ。よかったね、アーネスト」

「ああ、そうだな。今まで連絡ひとつも寄こさなかったんだ。下手すりゃ本当に死んでるんじゃないかって思いもしてたからな」


 そんなことを呟いていると、コツコツと上品な足音を鳴らしながら誰かがやってきた。


「なに言ってんのよ、お二人さん。死ぬわけないでしょ、このわたしが」


 振り向いて声の主を見てみれば、そこには黒いドレスを着たショートカットの女性がいた。

 髪の色も黒系の為、全身が黒一色。一瞬死神か悪魔に憑かれたのかと思ったほど。

 そんな彼女は間違いなく俺たちの知り合い、シェリーだった。


「シェリー? あんたシェリーだよな。本当にいたんだ」

「なによ。亡霊を見たかのような顔をして」

「まさに亡霊を見たかのような気分だよ」

「シェリーさん、魔術実験に失敗たときの甚大な被害が原因で機関に消されたって噂が流れてたんですよ」


 俺たちが言った時、シェリーは妙に焦ったような表情を浮かべた。


「え? ああ、あれね。まさか君たちのところまで流れてるとは思わなかったわ。ははは……」


 とシェリーは苦笑いをする。


「いったい今まで何してたんだよ、シェリー」

「まあ、ちょっとね。恥ずかしくて情けなくてみっともない黒歴史を作ってしまったくらいよ。口にしたくはないわね。無駄に大火傷したくないもの。けれどその件はもう解決済み。心配しないで大丈夫よ」


 シェリーはそういうもフィリアは納得できないようで、半目でじっとシェリーの顔を見つめていた。


「……じ~」

「どうしたのフィリアちゃん。大丈夫だから、心配しないで」

「……じ~」

「だってわたしよ。幾度となく危機をくぐり抜けて生還してきたこのわたしが言うのよ。ほら、安心できるでしょ」

「いえ、あなただから心配なんです。いつもわたしたちとは次元の違うところで彷徨っているあなただからこそ心配なんです。心配かけたこと反省してください」

「うぐ……。そうね、ごめんね二人とも。今回はちょっとやりすぎたかも。数年間一切連絡を取らないってないわよね。次は気をつけるわ」

「わかってくれれば結構です。ですから今まで何をしていたか、ちゃんと話してください」

「だめ~。言わないわよ、絶対に」

「さっきに反省どこいったよ!」


 バチバチバチ、と火花が飛び散る。

 フィリアとシェリーの間に出来てしまった妙な膠着状態。

 いや、わかってるんだよ。これがいつもの彼女たちのコミュニケーションのとり方だってことくらいは。

 お互いが好き好んでこのやり取りをしていることくらいは。

 けれど、久々に見たせいで耐性が下がっていたのだろう。

 この空気に耐え切れそうになかったのでつい口を挟んでしまった。


「もういいよ。いくら訊いたところで言う気はないんだろ、あんたは。けれどどうしてこんなところにいるんだよ。それくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」

「それくらいならいいわよ。さっきの件でね、アルタイルの人……まあ所長のジンさんになんだけど親切にしてもらったのよ。そんなこともあってね、ちょーっとお腹がすいた時に『あ、そうだ。アルタイルに行けばなんとかなるかも』ってここを尋ねたら、まさか研究を手伝えばその間は無償で飲み食い寝泊りができるって話じゃない。こんな美味い話、乗らないわけないわよ。ワインが置かれていないことだけが疑問なんだけどね」

「あんた、いつもギリギリで生きてんな。この先詐欺やイカサマにだけは会わないように祈っているよ」

「そういえばここに来る前に一攫千金狙ってカジノに行ったんだけど、物の見事にすっからかんになったのよ。経過時間三十分ジャスト」

「自ら踏み込んでいってる!?」


 馬鹿じゃねえの。こんなだから消されたなんて噂が流れるんだよ。


「……ん?」


 と、ここで気が付いたことが一つ。

 シェリーの陰から小さな金色の髪の少女がこっそり顔をだし、

 俺の顔を見つめていたのだ。

 誰だろうか。まさかシェリーの娘のエレナちゃん?

 まさかな。あり得ないだろう。あの子は黒髪だったはずだ。


「……なあ、シェリー。あんたの後ろにいる娘って」

「――!」


 言った瞬間、少女はシェリーの陰に隠れてしまった。

 なんか……ショックだな。


「ああ、そうだ。二人にはまだ言ってなかったわね」


 シェリーはその場で屈みこむと、少女の背中を押し俺の前に歩み寄せた。


「この子はティアちゃん。ジンさんとコルトさんの娘さんよ。ちなみに六歳ね」


 ――え?

 コルトって、パーシスさんのことか?

 ……まじか。コルトさん、子供いたんだな。

 俺とそんなに年齢離れてなさそうなのに。全然そうは見えなかった。


「ほら、挨拶しましょうね」


 シェリーは優しい声で少女に話しかける。

 ティアと呼ばれた少女は俺たちとシェリーを交互に見ると、こちらに身体を向けた。ただし、俯いていたので顔ははっきりとは見えなかったが。


「えと、えと……ティア・パーシスです」

「こんにちは。わたしはフィリア・パルム。よろしくね」

「俺はアーネスト・マーベルだ。よろしくな、ティアちゃん」

「――!」


 するとティアちゃんはビクッと肩を震わせると兎のような俊敏さでシェリーの陰に隠れてしまった。そしてそっと顔を出して警戒するように俺を見つめてくる。


「俺だよな。フィリアじゃなくて俺を見て逃げたよな。恐がられてるのか」

「そんなチャラチャラした格好してるからだよ」

「してねえよ。ていうか関係あんのかよ、それ」

「あるかもよ。ティアちゃんのお父さん、所長さんはスーツを着てピシッとしてたからね」

「そう、なのか?」

「絶対そうだよ。だからそんな格好せずにスーツ着なよ。その方が清潔だよ」

「清潔さは関係ないだろ。これでもちゃんと整えてるからさ。だからスーツは着ねえ。絶対にな」


 そんなやり取りに呆れてか、シェリーから溜め息の音が聞こえた。


「もう、二人とも頑固なんだから。……ん?」


 と何かに気が付くシェリーは自分の背後に目をやる。

 俺もつられて見てみると、ティアちゃんはぎゅっとシェリーのドレスを握っていた。


「……けんか? だめだよ、けんかしちゃ……」


 消え入りそうな声で言うティアちゃん。

 その目からは今にも涙が流れだしそうだった。

 隣のシェリーはやれやれと肩をすくめるだけだった。


「あ、いや。これはだな」


 しまったな。ちょっと声を荒らげすぎたか? だが如何せん。こういう時の対処法が分からない。

 うーんと悩んでしまいそうなとき、フィリアは屈んでティアちゃんと目線を合わせる。


「ティアちゃん。これはね漫才なんだよ」

「まんざい?」

「そう。ボケとツッコミに分かれて面白い話をする遊び」

「あそび?」


 首を傾げるティアちゃん。


「そうそう遊び、遊びだよ。そうだよねアーネスト」


 え? それを俺に振るの? そういうアドリブは苦手なんだって……


「あ、ああ。もちろんさ。俺たちすごく仲がいいんだ。喧嘩なんてしないよ」

「……」


 ティアちゃんはじーっと俺たちを見たまま数秒してから口を開いた。


「まんざいってまだよくわかんない。けど、おもしろいお話をしてくれるんでしょ? ねえ見せて、見せて」


 お、そうきたか。けれどフィリアはこうなっても穏便に事を済ませる術を考えてるんだろうな。こんな話を自分から振ったんだから。

 そう期待して彼女の表情を覗き見ると――


「うぐぐ……」


 そこにあったのは悔しそうに唇を噛みしめるフィリアの姿だった。うわー、めっちゃ困ってんじゃん。


「あ、ああ……」


 そして壊れたラジオのような音を発する彼女であった。

 そんな俺たちに助け舟を出すようにシェリーがパシンと手で音を鳴らす。


「はいはい、そこまで。それじゃあ行きましょうか」

「どこに行くんだよ」

「研究所の案内よ。ジンさんから聞いてるでしょ。研究所の説明はわたしたちがするって」

「そういえばそうだったな。……ん? 『わたしたち』?」

「ティアちゃん。お父さんからのお願い、あるんだったよね」

「あ、そうだった。あんない、だよね」

「そう。それじゃあ、おにいちゃんとおねえちゃんに研究所の案内をしてあげよっか」

「りょーかーい」


 そうして元気いっぱいに手を上げるティアちゃんだった。



          ◇



 研究棟、居住棟、資料室、談話室、喫茶店、食堂、とシェリーたちに案内されて一時間近く。

 ついにその時間も終わりを迎えそうになった時、ふと妙な感覚に陥った。


「急に静かになったな。人の気配が消えた気がする。おいシェリー、何か始まるのか?」


 異変に気付き、シェリーに聞いてみる。

 俺がそう感じただけで実際はそうでないかもしれない。

 俺が知らないだけでこの研究所ではごく当たり前の出来事の可能性だってあるのだ。

 しかしそのようなことはなかったようで、「あら。もう来ちゃったんだ」とシェリーは目を細くして囁いた。


「来ちゃったって何がだよ。偉い人でも来るのか? って、……ああ、そういうことか」


 言いながら俺も異質な気配に気がつく。


「その反応、アーネストもちゃんと感じ取ったようね」

「ああ、もちろん。だけどなんだよ、この異常な魔力の放出は。まるでここにいる人たちに圧をかけているみたいじゃないか」

「牽制でもかけてるんだろうさ。自分の方が実力でここより上を行く。抵抗するだけ無駄だって分からせたいのかも」

「そりゃ厄介な人が来たもんだな。で、シェリーはそいつがどんなやつか知ってるのか? 知っているのなら教えて欲しいものだね」

「まあ、知ってはいるけどさぁ。わたしが説明するより実際に見た方が早いんじゃない?」

「だよな。結局言葉だけじゃ限界があるもんな」

「それじゃあ行きましょうか。けれど、その前に」


 言ってからシェリーは後ろでフィリアと並んで歩くティアちゃんに向かって話しかける。


「ねえティアちゃん。もうお昼ご飯の時間でしょ? お母さんがお昼ごはんにカルボナーラを作ってくれたんだって。早く行かないと無くなるかもよ~」


 先程とは打って変わって穏やかな口調だったのは、きっとティアちゃんに不安を与えないためなのだろう。その瞬間、ティアちゃんの表情が一転した。

 ティアちゃんは目を輝かせてシェリーのドレスをわしゃわしゃと揺らす。


「え、ほんとに!? 無くなるなんてダメだよそんなの。早くいかなきゃ!」

「そうね。けれどわたしね、アーネストと別の用事があるの。残念だけれどティアちゃんとは一緒には行けないわ。あなたひとりでも帰れるわよね」

「えー、そんなのやだよ。いっしょに行きたい。一緒にごはん食べたいよぉ」


 そう言ってぷくっと頬を膨らませるティアちゃん。


「そう? 困ったわねぇ。どうしても外せない用事があるんだけれど。誰か他に付き添ってくれる人がいたらなあ。……チラッ?」


 言いながらチラチラとフィリアに目配せをするシェリー。

 なんともわざとらしいその行為にフィリアは観念したのか小さく溜め息を吐いた。


「えっと、それじゃあわたしじゃダメかな?」


 屈んでティアちゃんと目線を合わせるフィリア。


「フィリアちゃんと?」

「そう。わたしといっしょにお昼ごはんをたべましょ。ね?」

「うん! じゃあ、フィリアちゃんといく」

「決定ね。それじゃあまた後でね、アーネスト」


 と言ってから「仕方なしにですよ、シェリーさん」と耳打ちする。

 若干の怒りがこもっているように思えたのは気のせいだろうか。


「じゃあね、シェリーおねえちゃん、アーネストおじちゃん」


 と言って、ティアちゃんは大げさに手を振りフィリアの腕を引っ張りながらどこかに走っていった。


「じゃあねー……」


 俺も力なく手を振り見送ると、ティアちゃんの姿が見えなくなったとたん「はあー」と大きなため息を吐いた。


「なあシェリー。俺、おじちゃんだってさ」

「似合ってるじゃん」

「うるせえよ」


 べつに肯定してもらいたくて言ったわけじゃない。だったら否定してほしいのかと問われれば、別段そこまで強い意志は持ってないんだけどさ。けれどせめてここはお兄ちゃんだろ。


「……そんなことよりさ、シェリー。さっきの芝居はなんなんだ」

「芝居って?」


 と言いながらとぼけるシェリー。


「あの下手な芝居だよ。自分は一緒に行けないってあれだ。ティアちゃんを不安にさせず自然に遠ざけるためにやったのか?」


 あの場面、一見ティアちゃんをだしにしてフィリアに悟られず、正体不明の脅威から彼女を逃がしたとも考えられる。

 が、そう思うのは俺のようにフィリアが『能力者』だという事実を知っているからだ。

 フィリアは自分の立場もしっかりわきまえているし、自ら危険に突っ込むような馬鹿でもない。

 今回は察知してくれたんだろうが、あいつの魔力探知はまだ未熟。不慮の事故で魔術師と出くわすなんてこともなくはない。

 だがシェリーはどうだ。この事実をシェリーは知らない。フィリアが能力者だと知っているのはこの世で俺とスヴェンさんだけだ。フィリアが人前で異能を使わない限り、魔術師から見た彼女はただの魔術の才能がない一般人だ。


「あらあら、察しがいいのは嫌いじゃないわよ。説明する手間が省けるわ。フィリアちゃんも察してくれてたようだから助かったわよ」

「あのティアって娘、何かあるのか」

「ティアちゃんはね……」


 と言いながらシェリーは人差し指を唇に当てる。

 ここから先は機密事項よ、とでも言いたげな顔をして――


「この研究所の魔術研究における被験者、つまりは疑似能力者候補なのよ。あいつらに決して見られるわけにはいかないの」

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