第六話 この世全ての希望のために⑥
それから数十分後。
場所は変わり、廃工場の屋上。
そこにある三人の人影。
二人の魔術師が燃え盛るウルクスを眺めている。
残りの一人は眠っているかのように地面に座り壁に背中を預けていた。
そのうち一人はシェリー・レイヴァース。
アーネストと別れてからベガの魔術師を全て排除したあと戦線を離脱していたのだった。
そんなシェリーに、どこか邪悪な笑みが浮かび上がる。
「一体何度繰り返したことか。ああ、アーネスト、ロゼ。本当によくやってくれたよ。これでやっと運命の日にまた一歩近づいた。見ていてくれた? ドミニクさん。わたし、やっとここまで辿り着いた。あとはあの子たちを導くだけ。それで、この歪んだ世界を変えることができる。そうでしょ?」
と、シェリーは隣に立つもう一人の魔術師に言う。
「ええ。しかしあの二人だけではない。君も含め、実にいい仕事をしてくれた。我が神器にここまでの進化を遂げさせてくれた。まさに選ばれた実力者と言っても過言ではない。今まで私がばらまいた神器を手にしては利用しようとした魔術師は数多くいたものの、後一歩のところで解放は叶わなかった。だが、彼らには神器を手にし力を解放したという経験がある。それはすなわち魔術の更なる可能性を目にしたということだ。ならば恐れることはない。私たち人間は進化する。たとえ今は敵わなくとも、次の世代が、さらにその先の世代が、必ずや神器をもって至宝の脅威に打ち勝つことだろう」
その言葉を聞き終えたシェリーは気を失ったもう一人の彼を見ながら嘆息する。
「……ていうかさ、あんたたち。わたしのことを信用してくれたのは嬉しいけれど、やっぱりあの配役はハードすぎるわよ。オズマが行動を起こすまで自分の記憶を改竄しろだなんて、どんな無茶ぶりだっつうの。その上で無意識化に神器を扱う適性を持つアーネストとフィリアちゃんをアルタイルに留めておくよう意味深な言葉を投げかけたり、ティアちゃんを誘導させて至宝と接触をさせるためにいろいろと工作をしたり、はたまた、暗示が解かれてからはロゼの行動に邪魔が入らないように危険因子の排除をさせられたり。わたしって裏で働き過ぎてない? めちゃくちゃ暗躍してるじゃん。これ絶対アーネストに殺されるやつじゃん。あ~、鬱だわ。それに自分で言うのもおかしな話だけれど、わたし、自分の力が恐ろしいわ。誰かに暗示をかけられている気がするのよね~って気になってたけど。いやいや、かけたのわたし自身かい!」
「……ハクア、カレン。……僕は、僕、は……」
「はあ、いったいどんな夢を見ているんだか。あんたはわたしのことを夢見がちな女だってバカにしたけれど、あんたもわたしと変わらないよ、まったくさ。さて、これからどうするか。ロゼの考え方もこの件を通して変わってしまったし、アーネストに事情の説明もしないとだし。こりゃ、疲れる日々がまだまだ続くねえ」
「シェリー、私も手伝おうか?」
「助けてほしいのはやまやまだけれど、遠慮しとくわ。あんたが出張ると余計にややこしくなる。大人しく隠居生活でもしときなさいな」
「そうかい。それでは私はその時が来るまで自由に生きるとしよう。しかし、アーネストにこれだけは伝えておいてほしい」
「――フィリアを救うことは可能だ。私はその術を知っている、と」
◇
あれから一ヶ月の時が流れた。
崩れた街並みは元の色を取り戻してきている。白く輝く雪の街。
この地で起きた星座の魔術を発端とした闘争は結果的に言えば誰が何を得るわけでもなく終幕を迎えた。ウルクスの住人全員が体感した空白の一日は魔術機関による隠蔽工作、主に暗示の類で処理をされたらしい。
崩れた建物は突発的な大嵐と地震が重なったものだと報道。住人全員が同じタイミングで意識を失ったのは工場から漏れた有毒ガスが原因だとされたのだった。
元々問題を起こしていて撤退予定だった大規模な工場を使った情報操作だったため、暗示と合わせて住人から大きな疑問が生まれることはなかったのだと。
事情を知っている自分からしたら「もっと疑えよ」と思ってしまうが、それはそれだ。あまり深く突っ込んでも仕方がない。
そして最後にひとつ。
俺たちがこのウルクスでほとんどを過ごした場所。研究施設アルタイル。今回の騒動で亡くなった職員たちは全員、実験中に起きた事故の被害者として処理をされた。
しかしあそこだけは唯一復旧されることはなく、封印区画として魔術機関の支配下に置かれることとなったらしい。
そんなウルクスの中。スヴェンさんが残していった雑貨屋奥の居住スペースで俺はとある人と会って話をしていた。
「私の料理、お気に召してくれましたか?」
と訊いてくる人はアルタイルの喫茶店で良くしてくれた壮年の男性。クラウスさんだ。
「はい。クラウスさんの料理、やっぱり俺の人生で一番心に残る味です。これでしたら新しい喫茶店もすぐに人気になるんじゃないですか?」
「ふふ、嬉しいことを言ってくださいますね。君はこの手の冗談をあまり言う人ではありませんから、本気になっちゃいますよ。どうせなら一緒に働きませんか? 君なら歓迎ですよ」
その誘いに俺は首を振る。
「何度も言ってますけど、それは遠慮しておきます」
「……やはり、学院に戻られるおつもりですか?」
「はい。そろそろ学院の仕事も片付けないといけませんから。明日にはここを発とうと思っています。このままだと教授が過労死してしまいそうなので。ですから、最後にこうしてあなたの料理を食べれてよかった」
「そうですか。寂しくなりますね」
言って、クラウスさんはコーヒーを一口啜る。
「私が言えることではないかもしれませんがアーネストくん。君はもう魔術への関わり終わらせるべきです。彼ら亡き今、その恐ろしさが身に染みているのではないですか?」
彼ら、というのはウルクスで共に過ごした人たちのことだろう。
結局俺の知り合いの中で生き残ったのはティアとクラウスさんだけだった。
シェリーは分からないけれど。あの人、『旅に出ます』って書き置きだけ残してまた消えてしまったからな。
「私はもううんざりです。見て見ぬふりは出来ませんが、それでも可能であれば視界の外に置いて平和な日々を過ごしたいものですよ」
「はは、俺だってクラウスさんと同じ気持ちです。どこかの静かな街で雑貨屋さんでも営みたい気分ですよ。けれど、やっぱり俺は魔術の世界で生きていきます。これから先、やり遂げなければならないことができてしまったので」
「……と言いますと?」
「ティアのことです。あの子の両親やフィリアから任されてしまったんです。さすがに横暴だって思うけれど、だからって能力者となったあの子を気軽に誰かに預ける訳にもいかない。だから俺は、あの子を引き取って育ててみようと思う」
「親になる、ということですか。それはあまりにも険しい道のりです。きっと今回の事件よりも遥かに難易度が高いでしょう」
「承知の上です。それに親というのは少し違いますね。どちらかといえば師のようなものです。俺はティアにこの世界で生き抜く力を与えたい。かつてスヴェンさんやフィリアが俺にしてくれたように、今度は俺もあの子を導きたいと思っている」
「そうですか。でしたら私も無理に止めようとは思いません。今というこの時間は君が全てを賭けて手に入れたものです。まずは君の思う通りの道を歩んでいけばいいでしょう。ですが、もしもの話です。日々の理不尽に疲れて癒しが欲しい時は遠慮せずいつでも私の元を訪ねて下さい。きっと今よりももっと美味しいコーヒーでおもてなしして差し上げますので」
「はは。ありがとうございます、クラウスさん」
そうしてしばらく雑談に興じていると、窓から差し込む光が紅く染っていくことに気がついた。
どうやら時間を忘れて話し込み、夕刻にまで足を踏み入れていたらしい。
クラウスさんも流石にゆっくりしすぎたと苦笑いする。
「それでは私はこれから開店に向けての準備がありますので、ここでお暇させていただきます」
「はい。最後にあなたと話せてよかった」
「私もですよ、アーネストくん。ティアちゃんにもよろしく伝えておいてください」
「ええ、わかりました。――ああ、食器は俺が片付けておきますのでお気になさらずに」
「ふふ、ありがとうございます」
言ってクラウスさんは相変わらず丁寧な仕草で頭を下げる。
そして「それでは」と微笑んで雑貨屋を後にする。
その背中に向けて俺も答えた。
「それではさような……」
しかし、最後まで言い切る前に踏みとどまる。
「おっと、いけないいけない。ついうっかり大切なことを忘れてしまうところでしたよ」
「なんです? 藪から棒に」
そういうクラウスさんの姿は、開かれた扉から差し込む夕焼けで黒い影となる。そんな中、唯一サングラスだけがはっきりと形取っていた。
そんな彼の背中に、俺は深々と頭を下げる。
「お元気で。今までの六年間お世話になりました」
「……ふふ。なんの事やら。君が何を意図して言っているかは分かりかねますが、いつも以上に感謝していることくらいはお見受けできます。そうですね、アーネストくん。この世界は今も昔も全く変わってはいません。裏の世界に蔓延る理不尽は今も尚不条理に表の人々を飲み込んでいくことでしょう。その連鎖を止めることは最早人間では到底不可能な域に達していることもまた事実です。ですが、悲観してはいけません。君の心には既に彼らとの出会いにより培った光があるのですから。その光はきっと君を救ってくれることでしょう。それを胸に悔いの残らぬ良い人生を歩んでください。私は応援していますよ」
そうして彼は夕焼けに染まる雑貨屋を後にした。
もう思い残すことはないと、そんな清々しさも持ち合わせながら。
彼は彼の道を歩いていく。その背中を俺は人混みの中に消えていくまで見送り続けるのだった。
「さようなら。お元気で……」
そんなわけでこのウルクスで起きた事件は幕を閉じる。
思えばいろいろなことがあった。
いろいろで終わらせてはいけないくらいだが。
俺の周りには誰一人としてまともな神経を持つ者がいなかった気がする。
しかし、その人たちは皆、自分を犠牲にしてでも大切な人を守ろうとした。
救おうとした人たちだった。
全員が馬鹿みたいにお人好しな人たち。
全ては愛する人のために、とでも言うかのような人生だ。
果たして、俺はどうなのだろうか。
その全てを犠牲にして勝ち取ったものといえば、それはたった一つの小さな命だった。
正直なところ、悔しくてたまらない。けれど、今の俺の実力で成し得た最高の出来がこれだったんだって思いもする。
要するに、俺はまだまだ自分のことを理解していない未熟者ってことだ。
だからこそ俺は、彼らの残した言葉を胸に明日を進んでいくしかない。
いつか必ず、この魔術の世界を相手にするために。
――そうだろ、フィリア。




