エピローグ 師として、そして親として……
こんな感じで俺の回想は終わりを迎える。
ふと外を見てみれば、窓からは橙色の光が射し込んでいた。
時計を確認すると、針は十八時半を指していた。
随分と長い間、過去のことを考えていたことになる。
けれど、その時間に見合うくらいに俺にとっては濃密で強烈な一ヶ月間だったのは確かだった。
けれど、それは全て終わった話。
あの時のフィリアのこともそうだが、どんなに後悔したところでそれを無かったことにすることは叶わない。
であれば俺は、俺たちは、その後悔を胸に今を生きていくしかないのだ。
さて、ちょうど身の回りの整理も終えたことだし、そろそろ片付けを始めようか。
とはいえ、まだまだ量が多いな。こうなれば人手が欲しく思ったりしてしまう。ティアがそろそろ帰ってくるだろうから手伝わせようか。
あいつ、俺の知らないうちにどんどん綺麗好きになってきやがるからな。
気が付けば服を畳むのも上手くなってるし、どこで覚えてくるんだか。
今までは疎かった服装にもそろそろ気遣うようになってくるのだろうか。
あんなに小さかった女の子が、ここまで素直でいい子に成長してくれた。
それがどんなに嬉しいことか。本当の親ではないものの、この感情は紛れもない真実だった。
……もう少し成長したらパーシスさんみたいな雰囲気になるのかな。
ああ、俺の生きがい、まだまだ続きそうだ。
と、ティアのことを思っていると、ちょうどそれを見計らったかのように家の扉が開く音がする。そして続けて聞こえる女の子の声。
「ただいま~。アーネストさん、今戻りました。う~、暑いですよ。汗がすごいことになってます。……あれ? ここ涼しい? うわ、エアコンつけてる。ずるい! 天国だっ!」
「おかえり、ティア。後ちょっと落ち着け。俺はこっちにいるから荷物を置いたら来てくれないか」
「あ、そっちにいるんですね。今行きますよ……って、あ。ちょ、待っ――」
そんなティアの焦り声と共に隣の部屋で積み上げられた物が崩れる音がする。ガシャーン、という大きな音だった。
「ちょっとアーネストさん。鞄が引っかかったせいで段ボールの山が崩れちゃいました! 残りは何とか支えてます。た、助けてぇ!」
「はは、何してんだよお前は。今行くから動かずにじっとしてろよ」
「動きたくても動けませんよ~」
そして、涙声で唸るティアを救出した俺は彼女と一緒に散らかったものを片付けていた。やはりダンボール箱を積み重ねるのはやめた方が良かったな。
「うーんと、……このアルバムはどっちの箱だろう」
とダンボールの脅威から救われたティアは片付けながら訊いてくる。
「……あ、それはこっちの箱な」
一旦崩れたものを元通りにしたところで俺とティアはリビングで休憩をとることにした。そして冷たいジュースを飲みながら、ティアの思い出話を聞く。
休み期間中に行っていたハルリスという街でどんなことがあったのか。
そこで出会った人達とどのように過ごしたのか。
新しい友達ができて、一緒にお祭りに参加したとか。
再会したあの人とは最終的にいい関係に落ち着いたとか。
これから出会う女の子を歳下だと思って遊んであげようと思っていたら、まさかの歳上でむしろ遊んでもらったとか。
辛いこともあったらしいが、そんな楽しい話も聞くと、まるで自分が体験したことであるかのように自分もティアと同じように嬉しくなった。
「ありがとう、ティア。面白い話を聞かせてもらった。それにお土産か。こんなお酒を用意してくれるなんて、エレナちゃんにはお礼を言っておかないとな」
「はい。わたしも改めてお礼をしたいと思ってます。本当に楽しい夏休みでしたから」
そしてまた、ティアは微笑むのだった。
「――なあ、話は変わるがひとついいか。俺はお前にずっとこう言ってきた。自分に自信を持て。そして常に自分の正しいと思う道をつき進め、と」
「はい」
「お前はこの数ヶ月で色んな人と出会い、そしてより自分の意志を確立できたと思っている。だからもし俺がお前にとって正しくない行動をしているんじゃないかと感じたら、お前は俺の言うことを聞かなくてもいい。思い切り、俺に反抗してくれ」
「ふふ、何言ってるんですか? アーネストさんはわたしにとっての目標ですよ。アーネストさんが間違いなんて起こすとは考えられませんけどね」
「……そうか。ありがとう。そう思ってもらえるなら幸いだ。お前の期待に応えられるよう、これからもずっとそうありたいものだな」
俺もこの瞬間がずっと続いてほしいとは思っている。
けれど時間は止まらない。今この瞬間もいずれは過去のものとして記憶の中にしまわれることだろう。
ずっと俺がそばにいられる保証もない。だからティアには色んな人と出会い、そして人間として学び成長していってほしいのだ。そして立派な大人になってくれれば何も言うことは無い。
「――あ、そうでした。アーネストさん。さっき帰ってくる途中にですね、ニコルちゃんに会ったんです」
「ニコルちゃんに?」
「はい。そしたら、今日の夜に焼肉パーティーをするみたいでして誘われちゃったんですよ」
ああ、ティアも聞いていたのか。俺も昼頃にニコルちゃん本人から聞いたんだが、ティアの話に夢中でつい言いそびれてしまっていた。
「……あの、ひとつだけいいですか?」
モジモジと悩むように訊いてくるティア。
「なんだ? ひとつと言わずいくらでも言ってみろ」
「ううん。ひとつだけでいいんです」
そしてティアは俺の目をしっかり見てはっきりと言う。
「アーネストさん。一緒に行きませんか?」
「は?」
「せっかく誘われたんですよ。行きましょうよ」
「待て待て。誘われたのはティアであって、俺じゃないだろ」
「残念でした。実はアーネストさんも誘われてるんですよ。みんな是非アーネストさんに会いたいんですって。人気者ですね。ちょっとだけ嫉妬しちゃいます。ニコルちゃんのお母さんにも許可を貰ってますから」
事前の準備はバッチリって言いたいのか?
俺の予定を確認していない時点でそれは破綻しているぞ。
しかし断る理由もないしな。挨拶がてらお邪魔するのも悪くはないか。
「はぁ、仕方がないな。せっかくだから俺もお邪魔させてもらおうか」
「やったぁ。それじゃあ早速準備をして行きましょう。アーネストさん」
その回答にティアは小さな子供のように無邪気に微笑むのだった。
俺は今までずっと不安だった。
成り行きとはいえ、引き取ったこの娘をどう育てていけばいいのか。
親でもないこの俺がこの娘をしっかり育てることができるのか。
今はもういない彼女たちの想いを無駄にすることはないだろうか。
そう考えてしまうと毎日が不安で仕方がなかった。
ティアが精神的にまいってしまった期間が続いた時は、正直どんなに悩み後悔したことか。
しかし、それでも。今ではこうして立ち直り、彼女自身の力で立ち上がり、そして俺に愛おしくなるほどの笑顔を見せてくれる。
だから俺はティアに対する自分の行いがこの娘にとって良い方向へと導けたのだと安心できるのだ。
けれど、それは結局のところ俺だけの感情でもある。俺が納得したところで、ティアが今をどう思うか。実の所、それが何よりも重要だ。
ついさっきティアの思い出話を色々と聞かせてもらった。屈託のない笑顔も見せてくれた。傍から見ればティアの生活は充実していることだろう。
だからこそ、俺は彼女の育ての親として不器用ながらもこう訊きたいと思っている。
――なあ、ティア。お前は今、幸せか?
人形の夢世界4 ~魔人の目覚めし時~ 終わり




