第六話 この世全ての希望のために④
研究施設アルタイル。
ロゼから貰い受けたカードキーで地下への扉を開き、そして目にする地下区画に広がる極秘の空間。
その廊下は廊下と言うには余りに広く、もはや海底トンネルを歩いているのではないかと錯覚するくらいだった。
その先の奥の部屋。厳重に防備を固められた一室。立ち塞がる黒いフードの魔術師十数人を切り伏せたところでようやくティアの囚われた一室に辿り着く。
最後の足掻きか炎の魔術で焼き払おうとしてきたが、そんなものに気を取られることはない。ただ冷徹に残りの魔術師を切るだけだ。
牢獄の扉に辿り着くもロゼのカードキーではその扉は開けないようだから、刀の一閃で破壊して中に入る。
そこはコンクリートが剥き出しの壁と床。
天井高くにある小窓からは月が姿を見せていた。
地下を進んでいたようだが、おそらくここは山の表面に位置する場所なのだろう。
アルタイル自体が山の上にあるのだから、直線上に歩き続ければ地下と言えど必然地上に辿り着く。
その部屋の中央。月明かりに照らされた少女が一人。
腕と足が鎖に繋がれたその子は確かにあのティアだった。
足早に駆けつけて鎖を切ってからティアを抱き上げる。
「ティア!」
「――う、うう……」
もはや憔悴しきっているのか、その表情は以前の面影がないくらいにぐったりとしている。
「安心しろ。今、助けてやるからな」
そう声をかけるも、ティアはその意味が分っていないようで、ただただ俺の顔を眺めていた。
そしてやっと状況が理解出来たのだろう、ついに口を動かして声を発する。
しかし、その言葉は予想だにしていないものだった。
「……あなたは、誰ですか?」
ゾッとした。
この子は今なんと言った?
誰ですか、だって?
冗談であってもタチが悪い。
そもそもティアはそんなことをする思考は持ち合わせていない。
ただの無邪気な女の子だ。
だとすれば、まさかこの子は本当に俺のことを覚えていない?
もし目が見えていなかっただけだとしても、そもそもその口調はなんだ。
その答えを与えようとするかのごとく、俺の背後で爆風が起きる。
炎が別の何かに引火し、より大きく燃え盛り、扉を刀で破壊したせいかその余波で崩れてしまったのだろう。
しかし、そのおかげか部屋の内部にも灯りが届き、そこで初めて部屋の全貌を見渡すことができるようになった。
俺の視界に映る光景。
それを見た瞬間、俺は激しい嫌悪感にかられ強烈な吐き気に見舞われた。
何故ならばそれは俺が体験した地獄と同等に、あまりにも凄惨で悲劇的なものだったからだ。
「そ、そんな。そんな馬鹿な。こんなこと許されるはずがない。これがアルタイルの真実なのか? これが本当に人間のやることかよ」
炎の光で初めて目にすることが出来たもの。
それは壁沿いに並べられた複数の筒状の培養器だった。
それは尽く破壊され中に詰まっていたであろう溶液は地面にぶちまけられていた。
その付近に大量に積まれた生命の鼓動を感じない人の形をしたモノ。
小さな女の子のような風貌で金色の髪をしている。
そしてその顔は紛れもなく、ティア・パーシスそのものだった。
ありえない。
ありえないだろ。
今俺の目の前に広がっている光景は現実なのか?
夢であるなら覚めてくれ。
お願いだからこれ以上人間の醜い部分を見せつけないでくれ。
フィリアが好きだった人間達がこんな狂った存在だったなんて思わせないでくれ。
そんな絶望に駆られそうになった時だ。
俺の服が何かに引っ張られる。非力な何かに。
その先を見てみれば、抱きかかえた少女が心配そうな目をして俺の顔を覗き込んでいた。
「――大丈夫、ですか?」
その声に必死にいだきかけた絶望を押しとどめた。
決めたんだから。もうあの時のようにはならないんだって。
そうあいつに誓ったんだから。
そして一際強く少女を抱きしめる。
俺たちの周りに広がる凄惨な光景を決して見せることのないように。
俺と同じような目に、決して合わせないように。
「大丈夫だよ。俺は平気さ」
そして続けて少女に優しく囁く。
自分の目に映る現実を受け入れて俺は答える。
「それと君の質問に答えてなかったね。俺はアーネスト・マーベル。君を助けに来た正義の味方だよ」
「どうして、ですか? わたしはあなたを知りません。あなたもわたしを知らないはずです。外には怖い人がいっぱいいます。危険です。それなのに知らない人にどうしてそこまでできるんですか?」
と、抱きかかえていた少女は俺の目をしっかりと見て話した。
彼女の瞳の色が完全に異なるものへとなっていた。
あの透き通った海のような青色は失われ、獣のような金色のものへ変質したその瞳。それが一体何を示しているのか。
彼女はフィリアと同じ能力者という存在へと昇華したということだ。
今まで過ごしてきた楽しい記憶も辛い記憶も、その全てを白紙にして。
「君は俺のことを知らないだろうけど、実は俺は君のことを知ってるんだ。とても大切な人なんだよ。君の名前はティア・パーシス。ジンさんとコルトさんの間に産まれてとても大切に育てられてきたんだ。俺はお父さんとお母さんの友達で君ともよく遊んでいたんだよ」
俺の言葉をしっかりと頷きながら聞く少女。
そして微かにではあったが頬が綻んだような気がした。
「言われてみてば懐かしい気がします。多分気のせいでしょうけど。……ですが、だからって何故こんなに危険なことをするのか分かりません。ここには怖い大人の人がいっぱいいます。反抗したら痛いことをされます。わたしの友達だった人達はみんないなくなりました」
そしてついに少女は今にも泣きそうな表情になる。
それを見て胸が苦しくなった。
これもいままでただの一回しか見たことの無い表情だったからだ。
だから、俺は少しでも不安をやわらげるために考えをひねり出した。
と言っても取っておきの解決策が瞬時に思いつくくらい頭の回転がいい方でもなかったので結局はこう声をかけるのだけれど。
「大切な人を助けるのに理由がいるのかよ。俺は自分の命に変えてでもおまえをここから連れ出してやる。今はわからなくても大丈夫さ。いつか君にもわかる日が来るよ」
理解できないでのであれば無理に理解する必要は無い。
目に映る光景を受け止め、ゆっくりと解決策を考えればいい。
微笑み、優しく少女の頭を撫でる。
「疲れただろ。今はゆっくり寝るといい。次に起きた時にはふかふかのベットの上で気持ちのいい朝を迎えることができるからさ。それまでおやすみ、ティア」
「はい、おやすみなさい。アーネストさん」




