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第六話 この世全ての希望のために②

 動いたのは同時だった。

 体内の魔力が枯渇した二人にとって、魔術を放つということは即ち死を意味する。決して使うことは許されない。

 となれば武器となるものは予め用意していた礼装、己の肉体と研ぎ澄まされた戦闘技術のみだった。

 アーネストは目前に構えた刀を正面のロゼに叩き込む。

 属性付与の魔術を行使せずとも、彼の一閃は音速を超える。


「――!」


 だがそれはいとも容易くロゼに対策をとられる。

 ゆらりと重心を左半身に移し紙一重にアーネストの刀身を避けたのだ。

 ただそれだけならばアーネストにとっても想定内だ。

 避けた方向が左右どちらであろうとも次の一手がロゼを襲うことになる。

 アーネストの刀の軌道は変幻自在。たとえ振り下ろすその最中であろうとも瞬時に横へ薙ぐ体制に切り替えるが出来る。

 しかし、


「なっ!?」


 そこでアーネストは息を飲む。

 ロゼは確かに刀の一撃を避けようとした。

 しかし、ロゼがズラしたのは頭ひとつ分のみ。

 だとすれば今この瞬間にロゼの右半身は削ぎ落とされているはずだ。

 だというのに、アーネストが振り下ろした刀身はロゼの首の高さ付近からビクともしない。

 その理由は単純。ロゼは右手ひとつで振り下ろされた刀身を掴み取ったのだ。


「その顔、まさか想定外だったのかい?」


 ロゼは嗤う。

 アーネストは理解が追いつかなかった。

 ロゼ自身はもう己の身体から魔力を放つことは出来ない。

 己の腕を身体強化の魔術で補強することなど叶わないのだ。

 それでも感覚を研ぎ澄ませてみれば微かに感じ取れる魔力の脈動。


「まさか、腕に礼装を仕込んでいるのか」

「ご名答!」


 そう。ロゼはアーネストと相対する遥以前から、その拳に礼装を埋め込んでいたのだ。

 それが起動した今、強化を施されていない武具など一切受け付けない装甲と化す。

 気をとられるアーネストを他所に、ロゼは次なる行動に移す。

 空いた左手を強く握り、アーネストの側頭部目掛けて巻き込むように打撃を放った。

 今のアーネストの姿勢から避けることは叶わない。なればとる方法はひとつ。右手を柄から離し、そのまま腕を側頭部の位置まで移す。

 攻撃から逃れることが出来ないのであれば、せめて致命傷は避けなければならない。

 ロゼの放つ拳の軌道は変わらない。彼ほどの実力者ともなれば、アーネスト同様攻撃の軌道を切り替え直撃させることは容易いであろう。

 だがロゼはそんな小細工など使わない。

 ロゼは真正面からアーネストを再起不能にまで陥れるつもりだった。

 そのための一手がアーネストに襲いかかる。


「砕けろッ!」


 鋼鉄のごとく強化された拳はアーネストの腕をも貫いて、容赦なくその衝撃を首に叩き込んだ。


「――ッ!!」


 瞬間、苦痛と同時にアーネストの視界が白く歪む。

 脳を揺さぶられ、ほんの一秒にも満たない時間意識を飛ばされたのだ。

 ただの一瞬。それさえもこの死闘では命取りになってしまう。

 アーネストの身体に起きた異常をロゼは見逃さない。

 掴み取ったままの刀身を払い捨て、空いた右腕で強打を放つ。

 次こそアーネストに避ける手段はない。

 そのまま腹部を貫き、アーネストを弾き飛ばした。


「くっ――」


 漏れる唸り声。

 しかしそれはロゼ自身のものだった。

 先の攻防。優勢だったのは明らかにロゼだ。

 しかし、その結果に納得がいかない。

 ロゼの渾身の一撃はアーネストを破壊するには至らなかった。

 未だアーネストの身体は原形をとどめ、あまつさえ膝をつかせることもままならない。

 原因は明らかだった。

 ロゼは自身の右腕を見下ろす。そこにあったのは血に塗れた肉塊。

 打ち捨てたはずのアーネストの刀がロゼの上腕を貫き、強打の威力を殺したのだ。


「なっ――!」


 その痛みなど二の次。この時ロゼは理解する。

 目に映る光景がなんであるか。そして、つい数十分前に見たフィリアの奇妙な戦術が一体何によるものだったのかを。

 それは青龍剣の特性のひとつ。

 アーネストはただ念じればよかった。戻れ、と。

 それだけで青龍剣は所有者であるアーネストの手に舞い戻る。

 青龍剣とアーネストの掌。その間にはロゼの腕がある。

 ロゼが強打を撃ち込むその直前、一直線に飛んできた刀はロゼの上腕を貫いたのだった。

 そのまま腕を切り裂き、青龍剣はアーネストの手に収められる。


「よかったよ。あんたの拳の礼装が肘より上まで埋め尽くされているものじゃなくて」


 ただし、それだけでアーネストは安堵しない。

 威力は落としたものの強打を受けたことに変わりはない。

 もし踏みとどまれば、たちまちその痛みから再行動への移行が鈍ってしまうだろう。

 ロゼを討ち滅ぼすべくアーネストは次なる行動に移す。

 踏み込み離された距離を一瞬にして詰める。

 狙うは右半身。落ちた右腕は最早捨て駒にすることすら叶わない。

 しかし、その一撃で勝負が着くこともまた、叶わなかった。


「ナメるなよ、アーネスト!」


 常人では有り得ない身のこなしで刀身を避け、そのまま脚で薙ぎ払う。

 先のアーネストとは異なり、ロゼは防御に転じることはない。

 ロゼの蹴りは青龍剣に直撃し、またしてもアーネストは刀を失ってしまった。


「くっ……」


 今のアーネストが持ち得る武器は青龍剣のみ。

 であればそれを失わせればロゼの勝利は確実だ。

 たとえ青龍剣の特性で所有者の元へ戻ろうとしたところで、離れていれば離れているだけラグが発生する。

 その間に再び残った左を打ち込めばいい。

 それだけでアーネストを潰すことができる。

 しかし、


「――ぐぁっ!」


 ロゼの側頭部に衝撃が走る。

 ロゼの左拳よりも早く、アーネストはロゼに叩き込んだ。

 魔術も何も施されていないその生身の拳を。

 アーネストは青龍剣を捨て、ロゼ同様肉弾戦に持ち込んだのだ。

 その一連の流れはアーネストにとって計算されたものだった。

 ただし青龍剣が弾き飛ばされるということではなく、ロゼが青龍剣を狙いに来るということがだ。

 であれば、アーネストは唯一の武器である青龍剣であろうとも囮に使うことを躊躇いはしなかった。

 ロゼがフィリアと戦っていなければここまで青龍剣を危険視することはなかったであろう。

 その存在が己の計画を狂わすと錯覚することはなかっただろう。

 青龍剣は至宝と繋がる能力者が生み出した強大な兵器だ。

 というたったひとつの過剰な不安が、冷静沈着なロゼを狂わせた。

 アーネストとて他人を陥れる卑怯な手など使いたくはない。

 だがこれは単なる試合ではない。命をかけた殺し合いだ。

 なればそこに人情など入り込む余地は一切ない。

 怯むロゼに立て続けに拳を叩き込む。


「ぐっ、ふっ――!」


 一撃目、二撃目。三撃目は防がれるも続けて四撃目へ繋げる。

 アーネストの連撃は着実にロゼの身体に苦痛を侵食させた。

 そして、


「落ちろ、ロゼ!!」


 ついに手元に舞い降りた青龍剣。

 それを容赦なく振り下ろし、ロゼの身体を切り裂いた。


「――ッ!」


 舞い上がる紅の飛沫。後方によろけ、今にも背中から地に落ちようとするロゼ。最早立ちどまることすらままならない。

 ロゼの唇が震える。


「僕が負ける? ありえない、そんなことがあっていいはずがない。だったら僕はなんのためにここまで来た。ここまで何を見てきた……」

「諦めろ。これがお前の限界だ!」


 そのまま地に落ちるのを待たず、アーネストはトドメの一撃を放つ。


「そんな、これが限界、なのか……」


 アーネストの青龍剣の刀身は今まさにロゼに届こうとしている。

 しかし、


 ロゼの内に広がる記憶。

 まるで走馬灯のように流れていく過去の情景。

 ロゼは再び思い出す。

 ロゼは再び奮い立たせる。

 いったい何のために自分はここまできたのか。

 いったい何のために今こうしてアーネストの前に立っているのか。

 それは紛れもなくあの大切な日々を共に過ごした親友を救い出すためにあるのだと。


「――あと一歩、届かなかったな」


 ロゼの目はまだ死に絶えることはなかった。


「――!」


 その刀身を、ロゼは自らの腕を犠牲にして受け止めたのだ。


「限界だって。笑わせる。そんなもの僕はとうの昔に捨ててきた。越えられない壁なんていうまやかしは全て打ち砕いてきた。僕はここで終わりはしない」


 その意志に同調するようにロゼの胸部の蕾が開く。

 瞬間、アーネストを吹き飛ばすほどの魔力の暴風が吹き荒れる。


「――ぐっ……」


 そして再び二人の間に距離が開けられる。


「君が全てをかけてここまで来たというのなら、僕はそれ以上の覚悟で君に挑もう。見せてやるよ。これが僕の覚悟だ」


 ロゼを中心に逆巻く暴風。

 両腕を大きく広げたロゼ。その胸部の蕾は今完全に赤い八重咲きの花を咲かせる。

 同時にロゼ本人にも変化が現れた。

 蒼の艶やかな髪が紅い炎のように逆立つ。それは命そのものを燃やして顕現させたロゼの持ちうる限界を超えた力の象徴だった。


「この世に巣食う魔術という癌を滅ぼし、何者にも弄ばれない平和な世界を創造する。これから先、カレンさんやハクアのような人が出ないように。裏の世界に飲み込まれ涙する者たちが未来永劫現れないように。僕はまた、この世界に抗おう!」


 背筋が凍るほどに邪悪な魔力を放出するソレは、すでにロゼであってロゼでない悪魔へと変貌を遂げようとしている。


「――!」


 その時、アーネストは初めてロゼという人間の意志に恐怖を抱いた。

 アーネスト自身にも信じられない光景だった。

 誰かを想う力で人はここまで変わってしまうのか、と。

 ゴクリと生唾を呑む。

 しかし、その光景に不覚にも見入ってしまう自分も確かにいたのだ。

 ここから先、ロゼは何を見せてくれるのか。

 それをアーネストは見たかった。

 自分と同じように絶望に抗い続けた者が果たしてどれだけ強くなれるのか。

 どのような可能性を見せてくれるのか。

 だが、決して勝負を捨ててはいない。諦めるなどありえない。

 アーネストもロゼと同じだ。想い人のためならば、たとえどのような敵が相手であろうとその全てを打ち払おう。

 ロゼの腕が燃え上がるように蒸気をあげる。


「脈動せよ我が神器。深淵より燃え盛るは狂乱の玄武甲。絶対否定の化身となりて大いなる天を撃ち落とせッ!!」


 ロゼを取り囲む蒸気が魔力の暴風で霧散する。

 そこから変生した魔術師が姿を現す。

 腕は強固な岩石の鎧に包まれ、背中からは人間の腕にも見て取れる形状の翼が備わる。

 首から上の左半分は植物のような何かに覆われ人としての形状を消失していた。

 神器・玄武甲が秘める最奥『森羅万象の胎動』。

 もはや幻想の怪物へと成り果てたロゼがアーネストの前に立つ。


「――それは、まさか!!」


 神器はスヴェンがこの世界に散らせた最大の成果だ。

 スヴェンの魔術師としての目的を果たすため、神器は最もふさわしい使い手の元へ辿り着くよう設計された。

 それをロゼが手にしているということは。


「そうだ。君の師であるスヴェン・パルムの作品さ。本来なら神器という製造目的も分からない他人の力に頼りたくはないんだけどね。状況が状況だ。出し惜しみはなしでいくよ」


 確かに神器は強力な礼装だ。

 それは身近に製作者や所有者がいたアーネストも痛いほど理解していた。

 神器はその特性や膨大な魔力消費により非力な所有者を蝕み食い潰す。

 神器が強いからその所有者も強いのではない。

 所有者に実力があるから神器が応えるのだ。

 だがどうしたというのだ。

 アーネストの敵は礼装か。否。真に相手すべきはロゼというひとりの人間だ。であれば、たった一つの礼装ごときで怯んだりしない。

 ロゼの猛攻が再開する。

 アーネストもそれを迎え撃つ。

 そして数合にわたる攻防の末、ロゼの獣じみた乱舞はついにアーネストの防御を打ち砕いた。

 素手の状態での打撃など比較にならない衝撃がアーネストの身体を穿つ。


「どうした。このまま何も抵抗できずに終わるのか。それが君の意志なのか。見せてみろよ、君の覚悟を!」

「――ぐっ、がっ……」


 アーネストはその猛攻に太刀打ちできず呆気なく打ち倒される。


「…………」


 そのまま糸が切れた人形ように動くことはなかった。


「――ふん、ここまでか。実につまらない幕切れだったね」

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