第六話 この世全ての希望のために①
オズマとの戦闘を終えた後、どこに寄り道することも無く一直線にフィリアのもとへと駆ける。
場所は分っていた。
オズマとの戦闘を終えたその直後、何者かが発現させた植物を纏った大蛇が街を焼き払ったのだ。
しかし、それも一時的に現れた幻影であるかのように間もなく消え去る。
その災害に抗ったのは一人の少女。ただ一人空中に浮かぶあの姿は、例え身体の一部が獣に変化しようとも分かる。間違いなくフィリアだった。
そしてそのフィリア自身も何者かとの死闘を終えて力尽き、浮遊する力も失う。
そのまま重力に従い、地面へと真っ逆さまに落下した。
「――フィリア!」
間一髪というところでフィリアのもとにたどり着けたことで、フィリアが地面に叩きつけられる前に空中で受け止めることが出来た。
本当に運が良かったとしか言えない。
あと少しでもオズマとの戦闘に時間をかけていたら、フィリアはこのまま呆気なく死んでしまったかもしれないのだから。
地上に着地し、建物の影に隠れてからフィリアを寝かせる。
「はは、アーネスト。来てくれたんだ。嬉しいな」
「どうしたんだよ、その怪我は。一体何があった」
「ロゼくんと、戦ってたの。けどわたし、負けなかったよ」
その自分の成果を誇るかのようにフィリアは微笑む。
しかしそれはあまりにも弱々しく、その唇は震えていた。
「でもごめんね。ロゼくんを倒した時は勝てたって思ったんだ。けれど、結局わたしはロゼくんには敵わなかったみたい。ロゼくんは自分の命すらも犠牲にしてティアちゃんの力を得ようとしている。このあとの何かの計画に使うサンプルとして。ねえ、アーネスト。ティアちゃんを助けてあげて」
「ああ、分かった。もちろんだとも。けれどフィリア、俺はお前のことも見捨てられない」
言って、礼装を用いてフィリアの回復を試みる。
しかし、いくら時間をかけてもその傷が癒されることはなかった。
「ちくしょう、ちくしょう。なんでだよ。なんで効かないんだ」
嘆くも、自分自身その理由は分かっていた。
アルタイルの会議室前で起きたことと同じ。俺はあの時、所長の部下を助けることが出来なかった。治癒魔術はあくまで人間本来の特性である自然治癒力を大幅に活性化させるもの。決して万能の回復薬ではない。
この魔術が働かない状況。つまりはこういうことなのだ。
「もう手遅れだからだよ。分かるでしょ。もう先は長くないってことくらい。霊獣化してここまできて、至宝と完全な形で繋がったからかな。おかげで初めて分かったことがあるの。星座の魔術完遂の最終工程。それは魔術師と能力者の一対一の決闘。敗れた者は死に絶えるその直前に魂と身体を諸共至宝に取り込まれ溶解される」
そこまで言葉にして、フィリアは今までずっと手放すことのなかった青龍剣を俺に渡してくる。
そして、フィリアの唇はいっそう震えを大きくする。
その先に待つ恐怖に耐えきれず、目には大粒の涙が湛えて――
「――お願い、これでわたしを殺して。星座の魔術の贄になんてなりたくない。魂さえも消えるなんて、そんなの嫌だよ」
最後の手段 せめてもの足掻き。
フィリアの最後の望みは、青龍剣でフィリアの胸を貫き、とどめを刺した者をロゼでなくアーネストに変えること。
つまり一対一の決闘という条件を崩すことだった。
こんな残酷なことがあるかよ。
これがフィリアの妄想だって思いたかった。この怪我もただの表面上のもので、少し休めばすぐに治るものなんだって。
けれど、そんな思考はただの現実逃避でしか無かったのだ。今までの出来事からその言葉が真実であることは理解出来たのだ。このまま俺が躊躇すれば、フィリアは顕現した至宝の贄となる。
俺も気がつけば大粒の涙を落としていた。
「――――、――」
今までの思い出が流れ込んでくる。
最期まで俺のために戦ってくれた少女。
不満は幾らでもあったが、弱気な言葉を一言たりとも吐かなかった。
そんな彼女でさえも恐怖に耐えきれず心の枷が決壊したこの瞬間。
こんなものを見た上で放っておけるはずがない。
至宝の脅威からフィリアを救う。その方針は今も変わらない。
だから俺はやるんだ。
決して誰にも侵されないように。
決して希望の芽を摘み取らせないために。
――俺はフィリアの全てを背負って、この手で君を殺めよう。
青龍剣の柄を決意とともに渾身の力を込めて掴み取る。
そして、――
「必ずだ。必ず、あんたを助けるから。約束しただろ。あの時、俺を救ってくれた借りは絶対に返すってさ」
「――ありがとう。これからもずっとずっと待ってるから。大好きだよ、アーネスト」
青龍剣に穿かれたその胸からはどうしてだか血液が流れ落ちることはなかった。その代りにフィリアの姿は次第に虚空のものとなる。
淡い青色の光だけがその場に残留する。
しかしそれも僅かな時間のみ。最後には風に消えていく。
そして最後に残ったものはボロボロになった衣服と、フィリアの遺した宝石のように輝く青龍剣だけだった。
光を追うように空を見上げる。
「――フィリア、必ず迎えにいくからな。その時まで少しの間だけ、さようならだ」
◇
十数分後、研究所アルタイルの地下深く。
そこには研究所内部とは思えないほどの空間が広がっていた。
俺の知識の中にあるイメージで言うならばまさに地下貯水槽。
遺跡のような石の壁に円形の柱が至る所に立ち天井を支えている。
入口から正反対の壁には見蕩れてしまうほどに美しい結晶体がある。
あれが至宝だ。
この地に眠りし水属性を司る至宝。
この世に十二ある奇跡うちのひとつ。
雪山の洞窟にあったあれがなぜここにあるのかは疑問ではあるが、今はそれを詮索している余裕などない。
それが発する魔力の波動はまさにフィリアの気配そのものだったのだ。
間違いない。消えてしまったフィリアがあそこに囚われている。
フィリアが直接言葉にすることはなかったが、あの最期の安らぎの表情からするに彼女にとって最も望まない展開を回避できたはずだ。
つまりは身体が一時的に消滅し、霊体にされているだけで魂の分解は行われていないことになるのではなかろうか。
フィリアを捕らえているあの至宝の活動を止めさえすれば、またフィリアと会えるのではなかろうか。
……ああ、ここにきて思考能力が底辺にまで落ちている。
まるで酷い妄想、自己暗示のようだ。
けれど、そうとでも思わなければ俺はもう前に進めない。
一歩一歩、石のように重い足を引きずりながら進む。
ここに来るまでにどうやら体力も魔力を使いすぎてしまったらしい。
オズマとの戦闘が俺にとっての限界だったことは言うまでもない。
手にする武具はフィリアから受け継いだ青龍剣のみ。
元の刀はオズマとの戦闘で使い物にならなくなってしまったのだ。
これより先は体力でもなく魔力でもなく、命そのものを削ることになるだろう。
「――、――――」
もはや息をすることさえ苦痛に感じる。
このまま立ち止まって楽になりたい衝動にかられてしまう。
けれど、あと少しでフィリアにとどくんだ。
あとほんの数歩で至宝にたどり着くんだ。
残る滅属性の力で至宝の活動を停止させることができれば、フィリアを救うこともまた夢じゃない。
希望はすぐ目の前にある。
「――、――――、――ッ、」
――だと言うのに、だと言うのに、だと言うのに。
「なんで、あんたがそこにいるんだよ」
俺は見てしまった。
至宝の目の前に立ち塞がるあの男の存在を――
「――ロゼ・フェイズ」
「ああ、久々の再会だ、アーネスト。お互い無様な状態になってしまったようだね」
その姿は既に死に体。
胸部には心臓の代わりに植物の蕾のようなモノが埋め込まれている。
それがどのような機能を果たしているかは分からないが、
少なくとも俺と同様いつ死んでもおかしくない状態に変わりはない。
感じ取れる魔力総量はもはや地の底まで落ちている。
しかし、やつの放つ気迫は決して衰えていたりはしなかった。
「そんな姿になってまでいったい何しに来たんだよ。今更あんたに用はない。この至宝が起動する前に、俺はあれを止めなくちゃならないんだよ!」
「何をしに来た? 単純な話さ。僕はこの至宝を守りに来たんだよ。あれが起動するその瞬間まで、僕は君の前に立ちはだかろう」
そして両腕を広げ、ロゼは冷徹な眼差しを向ける。
「何言ってやがる。あんたがこれを守ったところでどうなる。至宝は普通の魔術師には扱えない。至宝に選ばれた特別な者だけが扱える奇跡のはずだ。そんなものを守って、あんたに何の利点がある」
「利点ならあるさ。この至宝が解き放たれるということは、すなわちここで無駄な魔力を放出するだけしてなんの望みも叶えないまま再び眠りにつくということだ。至宝は人類の手では破壊することは叶わない。しかし何も願わぬまま放置すればどうなるか。いずれ蓄積され続ける魔力を抑えきれず決壊し、十二の至宝のうちのひとつを無駄打ちすることができる。言い換えれば、至宝一つを起動することで人々に与えられる絶望を、これでなかったことにできるということさ。能力者を喰らい肥大し続ける至宝。このまま放置しておけばどうなるか。想像に難くない」
そんなことをすればフィリアはただの魔力となって霧散する。
この街、ウルクス全土を呑み込む災害と成り果てるだろう。
そんなことが許せるものか。
「なあ、ロゼ。それは考え方の問題だ。平穏な人生を望むものもいる。人々の幸福を願うものもいる。全ての人間が人々に絶望をもたらすわけじゃないだろ」
「そうさ、アーネストの言う通りだよ。使い方次第でそれは人々の繁栄に繋がる、と考える者もいるだろう。それを扱うものが善良な心の持ち主であれば問題は無い、と考える者もいるだろう。それは認めよう。だけれど、僕には至宝の存在がこの世に悪をもたらすとしか考えられないんだ。大切な親友を奪った憎き人間たちを新たに生み出す装置にしか捉えられないんだよ」
そして、ロゼは今一度俺に自身の望みを打ち明ける。
「僕の目的はね、この世全ての至宝を破壊し、やがては魔術の世界を過去のものとすることだ。そのためになら僕は修羅と化そう」
ああ、そうか。今やっと理解した。
だから俺はここまであいつに好意を持てたんだ。
絶望の淵から立ち上がり、希望に向かって駆けていく。
その姿はまさに俺そのものじゃないか。
ただここに至る過程が異なるだけで、根本は俺と同じだった。
「そりゃそうか。最後に俺の前に立つのも納得だ――」
ならば、話し合いで解決するなんて、そんな甘い考えは今すぐにでも捨て去らなければならない。
俺たちに残された術は、己が信念を賭けて競い合う以外他にないのだから。
たとえフィリアを死に至らしめる原因となった憎むべき敵であろうとも。
こいつとは正々堂々真正面から向き合いその上で打ち倒さなければならない。
「すまないな。ここまで色々なことがありすぎて冷静さを欠いていたらしい」
「いいよ。お互い様だ」
「それじゃあ始めようか。ロゼ」
「ああ。全力で来い、アーネスト」
そうして静寂の中、最後の戦いが幕を開けた。




