第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑪
オズマは外套を翻し、風を切るように駆ける。そのまま一直線に何者にも遮られることなく、オズマの右腕は容赦なく魔獣ごとアーネストの身体を穿いた。
飛び散る魔獣の肉塊と赤い血飛沫。
そして驚愕に歪む唸り声。
「――ッ!!」
しかし、――
「一つだけ勘違いしているようだから教えてやるよ。俺の魔術が何であるかを」
その驚愕は一体どちらのものだったのか。
オズマとアーネストの間に輝く銀色が姿を現す。
それは一振の刀。アーネストが戦闘で使用してきた、今ではもはや刃こぼれし切れ味の落とした鉄塊だった。
その刀の魔力に触れた魔獣は綻び、単なる魔力へと還り霧散する。
どういう訳か、オズマの右腕に収束された魔力の塊にも同じ現象が見られる。
雷の如く唸りをあげるそれも瞬時に掻き消され、そのまま装甲を失ったオズマの腕に刀が貫通したのだった。
「――私の魔力が掻き消された? いいや、それよりも私の外套が破られただと? どうなっている」
その狼狽も、しかし一瞬のうちにオズマは体勢を立て直すために行動を再開する。
貫通した刀をオズマは自身の腕を無理やり引くことで抜いた。
そのまま後退しながら、新たな魔獣を自身の周りに浮かび上がらせる。
しかし、先程とは異なる点がひとつ。
「やっぱりあんたは強いよ。真正面から戦っただけじゃまともに刀を当てることもできないくらいに。だったら当たるように策を錬ればいいだけだ。一度でも通ればそれは致命的な毒となってあんたを蝕むだろう――」
負傷したことによるものか、それとも別の理由があるのか、オズマは魔獣を生み出すために詠唱という工程を挟んでいたのだ。
たった一言のそれであっても、たった一秒にも満たない一瞬であっても、それが反撃の隙となる。
アーネストは刀を真横に空間を切るように一閃する。
それはアーネストの魔力を含んだ突風となり魔獣を呑み込んだ。
その瞬間にオズマの魔獣を尽く強制的に無へと還す。
同時に鳴り響くガラスが割れたような異音。
おそらくはオズマの魔術的な装甲にヒビが入ったのだろう。
「この刀の魔力に気が付かなかったのか。こいつは俺の魔力をたっぷり飲み干した礼装でね。特性は触れた術式の破壊だ」
「――術式の破壊だと……。ならば、その属性は!?」
「そうだ。この『滅』属性。魔術師であるならば、その特性からまず選択肢から外す呪われた属性。俺を地獄に突き落とした影に埋め込められた力だが、今は感謝している」
そしてアーネストは目の前の強者に刀を向けて宣言する。
「俺はこの世界に蔓延る魔術という闇を切り裂き、苦しむ人々を救いたい。たとえそれがどれだけ険しい道だろうとも。俺はこの魔術の天敵である滅属性と共に戦い未来を掴む。それが俺の答えだからだ!」
「滅属性……、神を否定する諸悪の根源。そうか、君が今まで行ってきた水の魔術。あれはフェイクか? だが、貴様は今まで水の魔術を使ってきた。しかし、滅属性は魔力そのものが身の回りの術式を破壊する。それでは君の今までの行動は矛盾する。滅属性を使う、そのことすらフェイクではなかろうな。私は君がこの地にいることを知ってから過去のことを調べさせてもらった。魔術学院での成果も全てだ。そこにあったのは、アーネストという男の戦闘技術は刀による接近戦と水属性魔術による回復にあるとされていた。滅属性を操るなど、どこの情報にもありはしない。少なくとも学院内では知っている者はいなかった。それはどう説明する!」
アーネストはオズマという存在を知ったその瞬間から本来扱う滅属性の使用を封じた。
それはいつどこで情報を仕入れられるか分からないからだ。
ライアット・ドラグネスとの戦闘でも然り。
そしてロゼが研究所に来てからも然り――
いいやそれよりなお以前、魔術学院に籍を置いたその瞬間から自分が水属性を主とする魔術師だと演じ続けた。
その策がフィリアが製作した水属性魔術を再現する礼装の活用だった。
滅属性には掻き消すことのできない力が一つだけあったのだ。
それは能力者が用いる異能の力。魔力を元にした力ではないが故にそれは滅属性では掻き消せない力と化す。
身近にフィリアという能力者がいたからこそアーネストが実現させた属性偽装の業だった。
そう。その全ては今この瞬間のためにあったのだ。
来るかどうかも分からないオズマとの死闘。
己を超える強敵を相手にして、対策された上での敗北という最悪の可能性を避けるための一手として講じたアーネストの情報操作だった。
「さあね、いったい何故なんだろうな。その特殊な思考回路で考えてみなよ、案外想像以上に単純なことかもしれないからな」
アーネストは答えを口にすることは無く、その代わりにオズマに剣戟を仕掛ける。例え優勢になったところで一切の油断はしない。
滅属性を選んだ時点でその特性上アーネストに他属性を扱うことは不可能。
更には他属性と異なり複雑な術式を組むことができない。
それは滅属性の特性は魔術の解除、元の魔力に戻すことに特化していることで術式を組む前に自身の特性で破壊してしまうからだ。
もし滅属性使いだという情報を耳に入れられでもしたら対策されることは必至。単純に敵の魔力放出量を上回ればいいのだから。
事前に情報を得てさえいれば、実力差が大きく開いていない限りは恐れることはない。
そもそも余裕をみせることなど有り得るはずがない。
むしろ属性を明かしてからが本番だとも言えよう。
「ぐッ、どうなっている。私の魔術が全て掻き消されるだと。貴様の魔力量、まさか私を超えるとでもいうのか」
「そうなんだろうな。現実、あんたの術は打ち消されているじゃないか。認めろよオズマ。あんたは俺に劣ってるんだよ!」
と言うも、それが虚勢だということはアーネスト自身理解している。
魔力量でアーネストがオズマに劣るということは一ヶ月前の初対面の時に認識させられていた。
であれば、どうやってオズマの不意を付き体内の魔術を散らせるかだ。
それはこの戦闘の中で精神的に脆くなったところで、アーネストの秘策を叩きつけるという一点に尽きる。
しかし本来アーネストの力のみでは不可能であったこの策。
それもここに至るまでの過程がそれを可能とした。
ジンとの戦闘が、スヴェンとの死闘が、オズマの精神を極限にまで追い詰めていたのだ。
そして徐々にダメージを負い続けたオズマはついにアーネストの力を下回る。
「――くはは!! 流石にこの私もこれだけ手傷を負わせられれば身が持たん。ならば最後の手段に講じるまでだ。光栄に思たまえアーネストくん。君はこの私をここまで追い詰めたのだから」
オズマは再び無詠唱の魔術を行使する。
一体何が起ころうとしているのか。オズマの周りから魔力の波動が拡散された瞬間に起きた地響きは徐々に激しさを増す。
「聞こえるか。今まさに再臨する我が最大の下僕グラシャ=ラボラスの鼓動が」
「――くっ」
「どうした、震えているのか? あの圧倒的な力を思い出して恐怖しているのか? だとしても安心するがいい。あれが君を一瞬のうちに、痛みを感じる暇もなく消し去ってくれることだろうから」
オズマは破顔させ、高らかに嗤う。
「――愚かだな」
その姿にアーネストは嘲りの視線を向けた。
「何?」
「愚かだなって言ったんだよ。あんたにはもうあの魔物を操る魔力はない」
その指摘に、何を馬鹿なことをとオズマは召喚魔術の状態を確認した。
そこで気が付く。今まで意識を外していたことで見えていなかった事実が今、オズマを驚愕させる。
「――な、そんな馬鹿な。私とグラシャ=ラボラスを繋げていた回路すらも消滅させただと。ありえない、このようなことができるはずがない!」
「言ったはずだ。俺はこの世全ての魔術を断つと」
大地の鼓動は収まりを知らず、今も尚激しさを増すのみ。
そしてついにその震源はアーネストとオズマの真下へと到着する。
「さあ、行き場のなくした使い魔はどこに行くんだろうな。召喚術師のあんたならよく理解しているだろ」
「貴様、まさかこれが狙いか!」
「冥土の土産に教えてやるよ。俺が滅属性を操ることを知る者がいないだって?
そりゃそうさ。いるはずがない。残っているはずがない。何故なら俺が人前で滅属性を操る時は全て、滅するべき悪として裁きを下す時だからだ」
響き渡る魔獣の咆哮。
いいや、単なる魔獣じゃない。
発するその重圧はまさに異形の存在。
存在を感知しただけで震え上がりそうになる程の恐怖の象徴。
度重なる振動と轟音を引き連れて、ついにそれは姿を現した。
オズマの背後。地表が爆散する。
その瓦礫の隙間から顔を出す巨大な黒き影。
それは紛れもなくグラシャ=ラボラスの牙だった。
狙うは主人であるオズマ。
グラシャ=ラボラスは存在維持のために自身を構成させる魔力を求め、その主人を取り込むために行動する。
その方法はあまりにも単純だった。
「――待て、待つんだぁっっ!!」
そして、地中から首を出した巨竜にオズマはその全身をひと呑みにされた。
自滅というあまりにも呆気ない結末。だがそれが幻想に浸り、力に溺れたオズマの終着点としては相応しかったのかもしれない。




