第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑩
時は数分前に遡り、場所は無惨にも崩れた住宅街の一角へ。
度重なる剣戟と迸る火花の嵐。
アーネストとオズマの死闘が今まさに繰り広げられていたのだ。
およそ人間とは思えない速度で振るわれる刀と大剣。
お互いがその全てを見切り、かわし、受け流し、そして反撃する。
「くははは!! 愉しいねぇ、こんなに激しい攻防を繰り広げたのはロゼくん以来だよ」
「ふざけるなよ。あんたの薄ら笑いには虫唾が奔る」
「だったらなにか。真剣に相手をしろと。思い上がるなよアーネストくん。君は自分の力を理解するべきだ。確かに私は先の二度の戦闘で想定外の負傷を受けてしまった。だが、それがどうしたという。今の体力でも君一人を退けるには十分すぎるほどだ。……しかしだ、利用できればと思いこの一ヶ月手を出さないでいたが、どれだけ私の神経を逆なですれば気が済むのだ」
「……何故だ……」
「ん?」
「……何故殺した。何故スヴェンさんを殺した! 答えろオズマッ!」
「くくく。つくづく愚かな人種だよ、君たちは。平和ボケにも程がある。何故殺した? そんなことは決まりきっている。私の進むべき道の障害になったからだよ」
「そんな。そんな理由で殺したのか」
「そうさ。そんな単純な理由だよ。だがおかしくはあるまい。振り返ってみるがいいアーネストくん。これまでの人間の歴史を。それは奪い合いの連続だ。そして勝利を得た者が正とされる。これこそが人類社会が導き出した絶対的な法則だ。私は私の行いを正とするため、これに則ったに過ぎないのだよ」
鍔迫り合いの中オズマは身に纏う外套に魔力を込める。
そして外套は連動するように翻り、その内側を門とするかのように陰から黒い何かを出現させる。
アーネストはその奇怪な攻撃に何とか反応したものの、衝撃を殺すことは叶わずに弾き飛ばされる。
「――ぐッ!!」
何とか倒れることは避けることができ態勢を整える。
しかし、それと同時に腹部に奔る強烈な痛み。
手を当ててみればドロッとした赤い鮮血が掌にこべり付く。
服は破れ何かに肉を抉り取られたかようなその傷跡。
その何かの正体を掴むべくオズマの姿を捉える。
「なんだ、それは……」
そこに立つオズマの背からは黒い影に覆われた巨大な獣の頭部と前脚が出現していた。
前脚の爪には滴る紅の名残。
アーネストの腹部を抉り取ったのはまさにあの獣の爪だったのだ。
「ははは、すばらしいだろ。召喚魔術はこんなこともできるのだよ。魔獣を使役して動かし、主はそれを見守り後方支援に徹する。魔力消費の効率も考えればそれが召喚師のセオリーだろう。それは私も否定しない。しかし、それでは面白くない。私の魔術の才能は召喚という一点に突出していた。だが私の本能はそのセオリーが気に入らなかった。対面する敵を痛めつけるのなら他の誰でもない自分自身の手で行う。敵を葬り去り正義を掴みとるこの喜びを、この身を通して感じ取るために。その意味ではスヴェン・パルムとの死闘はまさに至極の快感であった」
「あんたは狂っている!」
「どうとでもいいたまえ。どれだけ吠えたところでこの事実は変わらない」
その時、この緊張を遮るように通信機の着信音が鳴り響く。
それはオズマの所有物だったらしく、懐から通信機を取り出すとそのまま連絡を受ける。
「こんな時に何の用かね。……ふむ、そうか。それはご苦労。予定通り至宝の巫女はアルタイルの地下に幽閉しろ。至宝の魔術開始まで誰にも邪魔されるな」
そして通信機を切ると、アーネストを見てニヤリと笑う。
「オズマ、今のは……」
「ああ、これか。私の部下からだよ。君にもいい知らせだ。逃亡を続けていたティア・パーシスを捕らえたらしい。その際、一緒に逃亡していたものは破壊したらしいがね」
「――え?」
破壊した、だって?
「貴様ッ! フィリアに何をした!」
「冷静になりたまえ。破壊と言っただろ。人間を殺したのなら、その場合は殺害に類似した言葉を言うはずだ。部下が破壊したのは狼型の機械魔獣でね、人間の姿は近くになかったらしい。概ね他の驚異から娘を逃がすために囮にでもなったのだろうさ。生きているかは知らんがね」
「……くっ」
「だが、君は何故そこまであの巫女のことを気にかける。教え子でも自分の娘でもなかろうに」
「その考え方からしてどうかしている。少しでも関わりを持ってしまったのなら、手の届く範囲にいるのなら、救いたいと思うのが人間じゃないのか。至宝の巫女だとか言ってティアに、あんな小さな女の子に恐怖を与えてその命を奪おうとしている。あの子がどれだけ苦しい思いをしているのか知っているのか。あの子が本当はどれだけ純粋で綺麗な心の持ち主なのかを知っているのか。そんな子に、あんたは何をしようとしているのか本当に理解しているのか!」
「君の思想に対してとやかく言うつもりはないがね。しかしティア、か。それはあの出来損ないのことを言っているのかね? 私はあんな器に入れられただけの人格に興味はない。ああなってしまえばあれはただの実験用モルモット。人間以外の生命と何ら変わりはない。それを私は有効活用させてもらうだけの話だ。
君は何か勘違いしているようだね。アルタイルが進めていた実験もつまりはその程度のものだ。君は最後までその正体が何なのかを突き止めることはできなかったようだがね。しかし、君は命が尊いものだと謳っておきながら、結局は人間という枠に収められた思考をしている。真に生命の真価を説くのであれば人間という生命だけではなくこの世全ての命を尊びたまえ」
「何ふざけたことを言っている。どうしてティアを執拗に狙うんだ。ジンさんやスヴェンさんを手にかけてまで、どうして――」
「くく。君はこの世界を変えたいとは思わないかい?」
「世界を変えたい……? それは、どういう意味だ」
「魔術という力は神の依代、即ち至宝によって与えられた御業だ。崇められるべき奇蹟だ。かつて人々にはその御業とともに進化を繰り返してきた神秘の時代が存在する。現代とは比べ物にならない程の神々しさがそこにはあったのだ。だがどうだ。いまや人々は魔術を忘れ、科学技術に飲み込まれ、あろうことか退廃の一途を辿るのみ。ただただ変化を続けるだけの不出来な存在へと堕ちていったのだ。かつての栄光を伝えられた者からして、こんな不条理を見過ごせると思うか。否。断じて否だ!!
人々は思い知るべきだ。魔術あってこその世界であると。人々は思い出すべきだ。我々の世界には人類を次世代へと導いてくれる神がおられるのだと。故に私は示さねばならない。至宝という威光をこの世界に!! そして再開させるのだ。神と共に歩む世界を!! その意味では、私はあの身体の機能さえ手に入れれば十分なのだよ」
「……そうか。一瞬でもあんたの思想が俺の夢と重なっていたのではと思ってしまった俺が馬鹿だった。そんなわけあるはずがないじゃないか。こんな悪魔じみた奴の思想が世界に希望をもたらすはずがない。それに、あんたの言うように魔術がかつて今以上に栄えていた時代もあったとは聞いているよ。
けれど、それが今の時代のように収まったのは何か理由があるはずだ。かつての人々は気づいてしまったんじゃないか。魔術は人々に幸せをもたらすだけのものじゃないって。強大すぎる力故に、いずれは手放さなければならない存在になったんじゃないかって。そこで俺はこう言わせてもらう。魔術とは指標であり、人々の運命を決めるのは人々自身の意思でなければならないと。決して神から与えられた道を辿るだけではいけないのだと。だから人々は望んだんだろうさ。至宝無き、魔術無き世界を」
「ククク……クハハハッ。素晴らしい。素晴らしいぞ、アーネストくん。まさかそこまで言い張るとは思わなかったよ。やはり君はロゼくんに通づるモノがある。彼は彼で特殊な思考を持っていたがね。ただどちらにも共通することは、魔術を否定する者が魔術を使用していては何の説得力もないということだ。
まあ、それはそれとしてだ。改めて問わせてもらおう。私の元へ来る気は無いかね。多少矯正を加えれば、君は素晴らしい思想の持ち主になることだろう」
「断る。俺はあんたとは違うんだよ。そもそも殺人者と慣れ合うなんてはなからごめんだ」
「そうか。それは残念だ。だが訂正は聞かんぞ」
オズマがニヤリと口元を歪める。
すると突然、前触れもなく地面から黒の魔獣が浮かび上がり、アーネストを取り囲むように襲い掛かる。
オズマに魔術を発動する動作はなかった。
であれば、彼はこれほどの魔術を無詠唱で実行出来るということだ。
「なッ! あんた、まさかそこまで――」
アーネストの驚愕もつかの間、魔獣たちはアーネストに掴みかかり、噛みつき、そして覆いかぶさる。
そして姿が見えなくなるくらいに取り囲まれたアーネストは、もはや圧殺される寸前だった。
しかし、そんな決着はオズマの望んだものでもない。
オズマは自らの手で敵を葬り去ることに固執している。
ならば真の決め手はこの魔獣の群れではない。
オズマの右腕に黒く邪悪な魔力が雷を伴いながら収束される。
「余興もここまでだ。君ほどの魔術師であれば、力だけでなくその言葉からも何か得られるものがあるかと期待したのだがね。所詮は現代に埋もれた魔術師か。もう君から得られるものはないだろう。それではここで終幕としようじゃないか、アーネストくん」




