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第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑨

 その決意を胸に、フィリアは強烈な水流をロゼに放つ。

 ロゼもフィリアの言葉に気をとられていたからか、防御が甘く数十メートル先まで吹き飛ばされる。

 その隙にフィリアは次の一手に講じる。

 ロゼには広範囲を攻撃することができる棘の雨と、接近してからの剣の一撃がある。

 離れても乱れ打たれる棘に行動範囲を狭められ、その隙に接近されるだろう。

 自分一人ではどうあってもロゼに対抗することは難しい状況。

 ならば、――

 フィリアが水流を再び操る。

 しかし、その用途は敵への攻撃ではなかった。

 フィリアの周りに球体となって配置される。

 数は六つ。それらは次第に形状を変化させ、そして最後にはフィリアの姿と寸分違わないものへと変貌を遂げた。

 気配も内包する力の総量も全てが同じ。

 一目見ただけでは見分けのつかないその分身はまさに鏡に映された己自身が実体化したかのようだった。

 彼女たちが今、一斉にロゼに向かって駆ける。


「君はそうまでしてあいつのために戦うんだね」


 フィリアの目は他の誰でもないロゼを見据えている。

 その眼からは目前に立ち塞がる敵を必ず倒すといった強い意志を感じたのだ。


「ふふ、ふはは。はははは!! なんだ、なんなんだこの感情は。はは、はははは――!!」


 ロゼは腹を抱え、身を震わせながら笑う。


「この計画は僕にとってただの過程の一つに過ぎなかった。いつものようにオズマさんの下で進めていく研究のように、本当なら大したことも起こらずただ過ぎ去っていくだけの日々になるはずだった。この戦いにしたって、単純に僕が君の力を手に入れ、葬り去るだけで終わるはずだった。だがどうだ、僕は今ここに来て初めて高揚感を覚えている。この身に滾る感情はまさに歓喜そのものだ。ああ、そうだ。フィリア・パルム。君は強い。何者にも劣らない強靭な心を持っている。だからこそだ。ただの目的達成のための標的ではなく、この僕と肩を並べるにふさわしい者として、この身に刻まれた全力を持って君を打倒しよう」


 そして、ロゼの顔から笑みが消え去る。

 その眼は今までにフィリアが見たことがないような、真っすぐ相手を見据えたものだった。

 しかしそれと同時に、哀しさも含まれているかのようで――


「己が愛する者のためにその恐怖を乗り越え立ち向かってきたことは賞賛に値する。だが君はまだ知らないんだ。本当の地獄というものを。どのような心の在り方も絶対的な力の前では無意味なガラクタに成り下がるということを」


 ロゼは右腕の花弁と左手の剣を消失させた。

 そして、緩やかに右腕を天に掲げる。

 それに連動するように空気が震え、眩い光を伴った雷が落ちる。

 雷の形状はそのまま宙に残り、境界線となって空を割る。

 その隙間から顔を覗かせる巨大ななにか。


「さあ目覚めの時だ、エルヴィオロン。この紅く燃える白銀の地に舞い降りろ」


 それは植物を身に纏った赤黒い有翼の大蛇のような姿。

 ロゼが誇る最大魔術『植物魔獣・蛇竜エルヴィオロン』が発動されたのだ。


「咲き誇るは夢幻の華。降り注ぐは恵みの雫。生まれ出ずる全ての生命に祝福を」


 エルヴィオロンは口に強大な魔力を凝縮させる。

 さらにその身体から無数の粒子を放出させた。

 続けていくつもの光の玉を発生させ、それを地上に降り注がせる。

 地上に埋め込まれた光の玉から巨大な触手が生み出され、ひとつひとつが意思を持っているかのようにフィリアに襲い掛かる。


「――くっ」


 フィリアは唇を噛む。

 棘の乱射も、剣の重圧も、そんなものが霞むくらいの脅威が目の前に現れたのだ。だが、本当に恐れるべきは触手による猛攻撃ではなかった。

 立て続けに起きる異変。鼓膜を破るほどに大きな炸裂音と共に世界が白く染められる。

 エルヴィオロンの口に溜められていた魔力の塊が解放されたのだ。

 ロゼが花と化した腕から射出させたビーム砲よりさらに数倍、いやそれでは収まらないほどに強大な災害が放出された。

 故にこれはフィリアたちの誰かを狙った攻撃ではない。

 誰を狙わずとも、ただ前方に解き放つだけで全てを崩壊させる。

 フィリアたちの後方にある山脈は瞬く間に抉り取られ、分身六人のうち三人は光線に巻き込まれ消失した。

 しかし、それだけでは終わらない。

 地上から襲い掛かる触手はフィリアの分身をひとり、またひとりと弾き飛ばし、叩き潰し、串刺しにして殺していく。

 やがて最後のひとりとなった時、残った触手の穂先が一斉に襲い掛かる。

 それでも彼女は止まらない。

 青龍剣を携え、その穂先を躱し、すり抜け、なお突き進む。


「――はああぁぁ!!」


 あと数メートルで、あと一息で届くのだ。

 あのロゼ・フェイズという強大な壁を崩す瞬間がようやく来たのだ。

 ロゼは今もなお、理由は分からないが防御態勢をとらずに宙に佇むだけ。

 エルヴィオロン本体は二撃目に備え口に魔力を凝縮させるため微動だにしない。

そのまま振り下ろした青龍剣は確実にロゼを切り伏せることだろう。

 しかし――

 ぐちゃり、と何かが潰れる鈍い音。


「えっ――?」


 視界が歪む。身体が軋む。まるで時を止められたかのように、あと数センチメートルのところで刀身がロゼに届かない。

 胸の奥から湧き上がる吐き気を感じた瞬間、口から朱い液体を零す。


「――ごふッ」


 恐る恐る腹部を見てみれば、巨大な触手の穂先が蛇の頭部のように変質し彼女の身体を噛み砕いていたのだ。


「――はぁ、はぁ、はぁ……」


 言葉を出すことすら苦しいのだろう。

 ひゅーひゅーと喉から空気が漏れるだけで、その眼からは反撃の意志は見られない。

 ロゼは確信する。この戦いは終幕を迎えたのだと。


「さようなら、フィリア。君は素晴らしい人間だったよ」


 呟き、己の信念を打ち砕こうとした好敵手に敬意を示す。

 そして周囲から魔力の気配が消え去ったことを察知すると、そのままフィリアに近づいていく。

 自分を本気にさせたつわものであると、ロゼは最大級の賞賛として自分自身の手で止めを刺すことに決めたのだ。

 宙を浮遊し、再び現出させた毒々しい剣を横に薙ぐ。

 フィリアの身体は上半身と下半身の二つに分かれ、触手に噛みつかれていない上半身は青龍剣を大事そうに手に握りしめながら地へと落ちていく。

 そしてこの戦いはロゼの勝利で終幕を迎えた。


 ――はずだった。

 ――ずしっ。

 とロゼの脳内に鈍い音が響く。

 視界が霞む。それと同時に背に走る強烈な痛み。

 目にするまでもなく刃物で突き刺されていることが理解できた。

 だが、理解できたのはここまで。何故今ここで自分が攻撃されたのか。

 誰が自分を攻撃したのか。その結論に至ることができず、ロゼは狼狽する。


「――そうよね。やっぱりそうだ。あの触手、魔力をもった礼装を手放したとたんに襲い掛かってこなくなった。つまりはあれだよね。あなた自身も含めて、魔力を一切持たないわたしの気配を捉えることができないんだ」


 背後から聞きなれた声がかけられる。

 それは紛れもなくフィリア・パルムのものだった。

 ロゼはフィリアの姿を確認する。フィリアが攻撃するために利用した武器、それがナイフのような刃物かと考えていた。

 しかし実態は異なり、フィリアがロゼの背に突き立てたものは『爪』だった。


「……フィリア、これはどういうことかな。何故君が生きているんだい。さっき僕は君を切り殺したはずなんだけどな」

「切り殺した? それってあれのこと?」


 そう言うフィリアに促されるようにロゼは未だ触手に噛みつかれたままの人間の下半身を見る。


「あ……」


 唖然とロゼらしくない馬鹿らしい声が漏れる。

 そのフィリアだったものは見る見るうちに形を変え、そして水の塊となって蒸発する。そこに魔力の残滓は一切なかった。

 そこでロゼは全てを察した。


「ああ、そういうことか。全く、騙し打ちにもほどがある。最後まで残っていたあれが分身で、最初にやられたどれかが君自身だったってことか。これは殺されてもおかしくないね……」


 確かにロゼにとってフィリアの気配を察知することは厳しかった。

 それは彼女から発せられる魔力があまりにも矮小だったからだ。

 普段から魔術師同士の戦闘において魔力の気配を頼りにしている者として面倒なことこの上ない。

 それでも今までその気配を頼りに後を追うことも可能であった。

 しかし、微かにフィリアの気配だと考えていたものは全くの別のもの。

 普段からフィリアが身に付けていた青龍剣から発せられる魔力だったのだ。

 そもそもフィリアの体質から魔力の気配は一切発せられない。

 それをロゼは今まで気づいていなかった。

 それはフィリアの思惑とは別のところでロゼは偽りの情報を仕入れていたからだ。

 三週間ほど前にさかのぼるアーネストとの些細な会話によって。



『フィリアはあんまり強い魔力を持っていないんだ。本当に必要な時、戦闘に入るとき以外はいつも微かに感じ取れるくらいなんだよ』

『逆に言えば戦闘に入るときは急激に変質するってことだよね。面白いね、それ』



 過去の経験や前例がないだけに起きた致命的な思い違い。

 だがロゼにとって幸運なことに、フィリアが突き出した爪による一刺しはロゼの心臓に到達することはなかった。

 純粋なフィリアの腕力不足でロゼが身に纏う服が、肉や骨が自然と防ぐ。

 ロゼを殺しきるにはあと一歩及ばなかったのだ。


「この状況で僕の心臓を狙い撃つだなんて、なんという足掻きか。つくづく君には驚かされるよ。だがどうする。君の一撃は僕を殺しきれなかった。もう力が入らないんじゃないのかい。今も僕が生きているということは、つまりはそういうことなんだろ。しかし――」


 そこでロゼはあることに気が付く。

 それはフィリアの唇。紫色に変色したそれはまるで極寒の地にいるかのように震えていたのだ。

 しかしそれ以上の変化は見られない。

 ロゼが頭に思い浮かべたフィリアの状態と乖離していたのだ。


「君、ここの空気を吸ってなんともないのかい?」

「――え?」

「『甘い』とは感じなかったのかな?」

「――ッ!!」


 と驚くようにフィリアは唇を噛んだ。

 その理由がどうあれ、ロゼにはあるひとつの考えに至る。


「その反応……。ああ、そうか。そういうことだったのか。思わぬところで君の秘密を知ってしまったね。もし僕の魔術をアーネストから聞いていたのなら知っているだろうけど植物を介して毒も扱うことができるんだ。その中でもこれはエルヴィオロンから放出された毒性の粒子。蜜を舐めたかのような『甘さ』による幸福感から対象を魅惑させ支配する。しかし、君には効果が十分に働いていないらしい。君が魔術師でないことから魔術的な防御をとれないとすれば考えられる原因としてひとつ上げられる。君、既に味覚を失っているんじゃないのかい。となれば力が入らないのは単純にこの戦闘が原因ではないんだろ。どこかのタイミングで君の身体の機能は急激な衰えを始めたはずだ。例えば、このアルタイルに来た時から、とか。その時、アーネストにでも頼っておけばよかったものを。そうしていれば、君には今とは違う展開が待っていただろうに」

「――くっ」

「では今度は僕の番だ……」


 言って、ロゼは鈍る身体を動かし背の翼に魔力を込め、翼から棘を突き出してフィリアを串刺しにする。


「――う、ぐっ……!!」


 耐え難い痛みがフィリアを襲う。滴る赤にも限度がある。

 けれど、掴んだ希望は決して離さない。

 フィリアの爪は未だロゼの心臓を狙う。

 対してロゼも何としてでもフィリアを引き剥がそうとロゼは左腕を掲げて魔力を溜める。また自身の腕を植物に変化させるつもりだ。

 剣で攻撃してこないのはおそらくその力が残っていないからだろう。

 エルヴィオロンを使わないのも自分が巻き込まれるからだろう。

 だが、その足掻きだけは許さない。


「そうは、させない!」


 そしてフィリアはただ一言叫ぶ。


「来て、青龍剣――!!」


 と、愛用する神器の名前を。

 フィリアの声に反応し地上に落ちた蒼い神器はその特性からか一直線にフィリアの掌に向かって奔る。

 そのまま一直線にフィリアの手元に収まろうとするが、その間には何があるか。


「――な、に!!」


 青龍剣の切っ先はロゼの胸部を穿ち、その心臓を破壊した。

 フィリアの腕にも貫通するという犠牲はあったものの、それ以上の結果をフィリアは手にしたのだ。

 それをロゼも受け入れるかのように安らかに力を抜く。

 エルヴィオロンを操る魔力にも限界が来たのか、蛇竜はその姿を崩壊させていく。


「あなたこそ、頭の回転が弱くなってきていたんじゃない? 身体の衰弱に気付いたのなら、こう思わなければならなかった。何故フィリアはその状態で青龍剣を振るうことができていたのか、って」

「……あ、……はは。そうだね、確かにその通りだ。僕の方こそどうかしていたらしい。どうして、だろうね。ああ、ほんとうに呆気ない。けどいいか。僕が滅んだところで後のことは任せている。捕らえたティアちゃんの持つ特性を解析して次に繋げることは可能。君との戦闘も、まあ十分な所まで達せれただろう」

「それは、どういう意味?」


 と問うも、ロゼにはもう聞こえていないようでただ怪しく笑う。


「それにしても、いい経験をした。こんなに面白い記憶は決して離しはしない。地獄の底まで持っていこうじゃないか。だから、……最後に君と戦えて、よかったよ……」


 そして、胸に大穴を空けたロゼは重力に従うままに戦火に荒れ狂う地上に落ちていく。

 いくつもの触手により街にできた地割れに吸い込まれるようにその姿を消すのだった。

 それを見届けフィリアは大きく息を吸い込み安堵する。

 いくつかの疑問は残るものの、それでもフィリアは本来成し得るはずのなかった偉業を遂げたのだ。

 それを自覚し、自然と口元がほころぶ。


「……何とか終わらせたよ、アーネスト。けど、今さら毒が回ってきたのかな。もう身体、動かないや……」

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