第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑧
ウルクスの上空にひとりの能力者とひとりの魔術師が舞う。
ボードに見立てた青龍剣で宙を滑り逃げるフィリアに対し、ロゼはさも当然であるかのように自身の魔術で空を制する。
ロゼの背には翼に見立てた植物の葉が揺れる。そこからいくつもの棘が乱射され、フィリアはそれを一心不乱に避け続ける。
加えて右手に携える不気味で毒々しい植物を模した剣。
もし近づかれでもしたらあれの容赦ない一撃が待っているだろう。
どのような効果があるか分からない以上、決して直撃してはならないものだと警戒を怠らない。
しかし、フィリアの立体的な動きも、目にもとまらぬ高速移動も、つまるところロゼという魔術師の前にはただの大道芸にしかならなかった。
ロゼはさらに速度を上げてフィリアに攻撃を仕掛ける。
その『速度を上げる』という事実がフィリアにとってどれほどの恐怖であるか。
反撃など考えない。自分を囮にして逃げ続ける。
ただそれだけを考えて、フィリアは自身の持てる最高の速度を出していた。
だというのに、ロゼはそれをいともたやすく上回る。
「はっ――!」
フィリアは息を呑む。
飛び交う棘を避けたその瞬間、目の前には不気味な剣を横に薙ぎ払おうとするロゼがいたのだ。
「――間に、合え!!」
フィリアは無理やり態勢を変え、青龍剣の柄を手にしてロゼの斬撃を受け止める。
その間に生じる爆音、そして魔力の渦は暴風となって二人を包み込んだ。
「どうした、動きが鈍いじゃないか。能力者の力はこの程度だったのかい?」
「くっ……」
吹き飛ばされそうなフィリアは水流の操作で態勢を整え、ロゼと真正面から剣戟を振るう。
一撃、二撃、そして三撃と。何度も連続で打ち合う二人。そしてついにフィリアは防ぎきることができなくなり、ロゼの渾身の一撃で地に打ち落とされた。
「――ガ、ハッ!」
その一閃の衝撃で軋む身体に鞭打ち態勢を整える。
地上に激突する前に再び青龍剣をボードとして宙を舞うフィリア。
圧倒的な力の差を見せつけられてギリッと歯を喰いしばる。
「まさかこれが君の本気だとでもいうのかい?」
その言葉にフィリアは反論できずにいた。
事実、フィリアにとって今出せる力の全てがこれなのだ。
ロゼがどれだけフィリアの力を求めようとも、フィリアが意図的に出せる力は既に限界に達している。
「……ああ、これは幸運なことに。いいや不運なのかな。……ふふ」
とロゼはフィリアから視線を外して地上のある一点を見る。
フィリアもそれにつられて見てみると、そこには数人の人影があった。
その人たちは崩れた住宅街を逃げるように走っていく。
その姿にフィリアは心当たりがあった。
(――あれはアルタイルの人達? どうしてあんな所に……)
その後方に視線をやると、そこには竜型の機械兵器が後を追っていたのだ。
フィリアとコルトの二人がかりでようやく機能を停止させたあの化物がなんと五体も。反撃せずに逃げに徹しているとなると、おそらくあの人たちは抵抗する術を持ち得ていないのだろう。
(そんな、あのままじゃ殺されちゃう。どうにかして助けないと――)
と、フィリアは自分の今の状況などお構いなしに、逃げる人たちを助ける算段を始めた。
それが馬鹿な行為だということはフィリア自身も理解している。
それでも苦しんでいる人を見てしまうと助けようとせずにはいられなかったのだ。
そんな彼女の動揺を見てロゼは不気味に笑い、左腕を地上のある一点に向かって突き出した。
「そこまで他人のことが心配か。ではこれならどうだ?」
腕から八重咲きの花びらが生じる。
その中心から強烈な光が発せられ、そして――
フィリアはロゼが何をしようとしているのかを理解してしまった。
もしそれがフィリアの思っている通りであるのなら、いまから動いたところで確実に間に合わない。だからフィリアは叫んだ。
「――ダメ、逃げてぇぇぇっ!!」
破壊の轟音。高熱を伴った暴風。目を焼くほどの輝き。
極太のレーザー砲が街の一角を一瞬にして焼き払った。
聞こえた瞬間にかき消された断末魔にフィリアは戦慄を覚える。
ロゼはフィリアを狙ったうえで運悪く外したのではない。
弾道はアルタイルの魔術師が向かっていった道の先。
最初からロゼは意図的にこの戦闘に関係のない彼らを狙って攻撃したのだ。
「……そんな。目的はわたしでしょ。どうしてこんな真似を!」
怒りを孕んだその問いに、ロゼはただ妖しく笑うだけだった。
「それでは白状しようか。僕はね君さえいれば他の奴らなんてどうだっていいんだ。
僕がここに来た本当の目的は疑似能力者を生み出すアルタイルの研究成果を奪取することだけじゃない。いいや、それさえも僕にとってはついでにすぎない。それ以上に重要なものがひとつだけあったのさ。それが君という能力者の存在。君が異能の力の全てを開放してくれさえすれば他は何もいらない」
そしてロゼはもう一度、八重咲きの花びらとなった腕を突き出す。
「そういえばこの地にはまだアーネストやシェリー、スヴェン・パルムが残っていたね。誰もが君の大切に思う人たちだ」
クク、と笑うロゼ。
それを見て、フィリアの脳内に嫌な予感がはしる。
「――まさか!」
「そのまさかだ。本気で来い、フィリア。でなければ君の大切な人たちもろともこの地を焼き払おう!」
そして、ロゼは花びらに光を溜める。
先程よりもより長く、より高密度に。
最初の一撃でさえあの威力だったのだ。この一撃が放たれでもしたら、ウルクスという街は跡形もなく消え去ることだろう。
当然、この街に住む人々も、知り合いも。スヴェンやシェリーや、そしてアーネストも例外なく消し飛ばされるだろう。
そんなこと、フィリアは認めたくなかった。
自分の目の前で殺戮が繰り広げられるなどもう懲り懲りだ。
自分の目の前で大切な人達が消えていくのはもう見たくない。
あの日のような涙はもう二度と見たくない。
たとえこの身体がどうなろうとかまわない。
醜い姿に変質しようとかまわない。
だからわたしに――
大切な人たちを守ることができる力を!!
「――ああああああ!」
そしてフィリアは己の内に宿した最後の力を解き放つ。
それは手にする青龍剣にも影響が現れ、元の透き通った蒼色の大剣は刀へと姿を変える。
煌めく刀身はまるで空間そのものを断ち切ってしまいそうなくらいに鋭い。
姿は小さくそして細くなりはしたが、内包する力の総量は段違いに上昇しているのが対面するロゼにも伝わる。
フィリアはそんな進化した神器・青龍剣でロゼの腕を断ち切る。
目にもとまらぬその動作は一秒にも満たない超速。
残像として蒼い光の筋が空中に残るほどに。
常人であれば気付くこともなく切られているであろうその一閃だった。
だというのに――
「はは。やっとみせてくれたね。それが能力者の真価か」
ロゼはその速度に反応し手にする大剣で受け止めたのだ。
だが万全にとはいかなかったのも、また事実。
その桁外れの重さからロゼは両手で剣を支えなければ防ぎきれなかったからだ。故にレーザー砲の中断を余儀なくされた。
それでもロゼは余裕の態度を崩さない。フィリアが反撃に出ようとも一切曇ることのないロゼの表情。
この流れはフィリアを本気にさせるためだったことは言うまでもない。
それがフィリア自身にも理解できてしまった。言い換えれば、先の人々の犠牲はただそれだけの為でしかなかったということ。
つまりはロゼにとってレーザー砲の中断などどうでもよかったのだ。
フィリアが真の力を解き放つのであれば、それで。
しかし、ロゼの心境に全くの変化がなかったのかとなれば、それは否だ。
対面するフィリアでさえ気付かないくらいに、ロゼは微かにではあるものの目を見張る。
変質したものは青龍剣だけではなかった。強大な力が発せられたと同時に、フィリアの身体にも異変が起きていたのだ。
元から蒼く変色していた髪だけでない。その白く瑞々しい腕や脚が、彼女ではない何かに置き換わっていくことに。
本来の異能を使った瞬間に、その身体が変質を始めたことに。
「わたしはわたしのやるべきことをやるんだ。それが目の前に立ち塞がるあなたという強大な壁を相手にすることだったとしても。この地に生きるすべての人たちを救うことができるのなら、わたしは逃げずに戦う!」
それは解放すれば最後。別の何か、至宝の力を司る獣に成り果てるだろうことは今のロゼにも見て取れた。
内包する莫大なエネルギーは確かにあの瞬間ロゼを越えたであろう。しかしそれをピークに徐々に低下を見せていることにも同時に気が付く。
見た目がただ綺麗なだけの、己の身も顧みないその愚かな行為。それを見た瞬間、ロゼはある種の苛立ちを覚えた。
「――はッ」
刀を押し返し、翼から発する魔力の風でフィリアを弾き飛ばす。
――ただし、それは怒りではなかった。
桁違いの力にではない、その純粋無垢な心にロゼは疑問を覚えたのだ。
これは自分の知る正常な思考ではないと。
ロゼにとっての常識から外れたモノだと。
まるでアーネストから感じたあの違和感と同等のモノであると。
ロゼは確かめずにはいられなかった。
フィリアという人から外れようとする女の子のその思考回路を。
ロゼは再びフィリアに接近し剣を叩きこむ。
フィリアも負けじと刀で反撃する。
「フィリア。君はどうして逃げることを選ばずに僕に抗おうとした。君の身体は今にも崩壊しそうじゃないか。真の力を解放したところで自分が助からないのであれば、その選択は無意味なものだろ。僕もそれを知っていればこんな安い挑発などという策は取らなかった。どうせ逃げに徹するだろうってね。しかし君は力を開放することを選んだ。そのような姿になってまで何故戦うことを選んだ。この地に生きる者を差し出すだけで君は助かったんだ。そんな姿になることもなく別の人生を歩むことだってできたはずだ。なのに、どうして――」
「あなたのような眼、ずっと前にも見たことがある。アーネストと初めて会った時だった」
「それがどうした。僕の質問となんの関係があるんだい」
「あなたのこと、見た目は綺麗でお淑やかで、それでいてものすごく頭のいい人なんだろうなって思ってた。けど、それと同時になんかわたしたちと違うなって思ってもいたんだ。あなた、人間という存在に興味を無くしてしまったんじゃない」
「――ッ! ……まあ、言えなくはないね。僕は人間という存在が憎らしい。己の欲望のために他人の気持ちなど平気で踏みにじる。国の為世界の為などと嘯きながら人の命など平気で差し出す。この世で最も醜い存在だと思っているよ。だから僕は思うんだ。こんな世界、一度壊してしまえばいいんだって。能力者である君ならば、共感できるんじゃないか? 君は結局魔術師という存在に使われるだけの駒だ。ならば、一度くらいは考えたことがあるはずだ。この世から魔術師が一掃されればいいんだって」
「そうだね。わかるよ、その気持ち。けどね。わたしは知っちゃったんだよ。この世界もまだまだ救いはあるんだって。だからこそ、わたしはここまで生きてこれたし、考え方も変わった。結論から言うとね、わたしは人間というものが好きなんだよ。だから、あなたのような人に壊させるわけにはいかない。それにあなたの言う別の人生なんてそもそも存在しなかった。アーネストはわたしにとっての全てだから。いろいろと大層なこと言ったけど、結局のところわたしは死にたくないだけなんだよ。だって、わたしはアーネストを失いたくないし、わたしが死んだりしたらアーネストが悲しむじゃない。だから――」
それに今ようやくフィリアはわかった気がしたのだ。
ロゼとアーネストはとても良く似ている。
過去の絶望が今の原動力となっている。
だからこそ危ういのだ。
だからこそ、いつ墜ちてしまってもおかしくないのだ。
今のロゼと相対することがきっかけで、アーネストは今度こそ潰れてしまうかもしれない。
だから、ここでロゼを逃してアーネストと会わせるわけにはいかなくなったのだ。
「だから、わたしはあなたを倒すって決めたんだ!」




