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第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑦

 中央広場を越え、今まさに港に到着しようとしていたその直前にティアを背負った狼型の機械人形が合流する。

 この人形は最後にコルトから命じられていたのだろう。

 ティアをフィリアの元まで送り届けろと。


「狼さん、ティアちゃんを連れてきてくれたの?」

「グルル」


 フィリアの言葉が分かるのか、人形は頷き一声唸りを上げる。


「そっか、……」


 という具合に沈んだ返事をしてしまう。

 こんな状況でもなければおそらくフィリアは狼型の機械獣に抱きついてじゃれていただろう。

 しかし、そんな冗談などを交わせる余裕は今のフィリアにはなかった。

 それをじっと眺めていた狼は何かを感じ取ったのか、長い尾でムチのようにびゅんと風を切る。

 そしてそのままパシーンっとフィリアのおしりをおもいっきり叩いたのだった。


「痛ッ。なんで叩くの?」


 と馬鹿みたいな声が出てしまう。その勢いで脚がもつれて倒れてしまいそうになるが何とか耐えた。狼は冷静なままにフィリアを見つめて唸る。


「もしかして、勇気づけてくれてる?」


 その問いに狼は相変わらず静かに鳴いて頷く。おそらく『その通りだ』という意味合いなのだろうとフィリアは受け取った。


「うん。ありがとね、狼さん」


 言って微笑むと、狼も微笑んでくれたように見えるのだった。

 数分間走り続けたところで港に到着する。

 あとは港の端にあるスヴェンのボートを探すだけだ。

 街の戦火は治まりを見せないものの、港までは及んでいないようだった。


「今なら行けそう。行こう、狼さん」


 声をかけ、共に走る。

 しかし、そこでまたしてもフィリアたちの行く手を阻むものが現れた。

 巨大な影が三つ。建物を突き破り瓦礫をまき散らしながら姿を現したのは、つい先ほど死闘を繰り広げたあの竜型の機械魔獣と同系統ものだった。


「――うそ、でしょ」


 必死に抗い乗り越えた化け物が今再びフィリアの前に立ち塞がる。

 が、異変はそれだけでは終わらなかった。

 突然生じる地震のような揺れ。

 機械魔獣の足下付近からバキバキと砕くような音と共に地面が割れ、そこから顔を出す極太のケーブルのような何か。

 それは一本や二本程度では収まらず十数もの束になって湧き出してくる。

 しかし、それがフィリアたちに襲ってくるようなことはなく機械魔獣にその矛先を向ける。

 一瞬のうちに串刺しにして締め上げ、そして圧殺する様は呆気ないの一言。

 先の死闘がまるで無意味なモノだったと知らしめられているかのようだった。

 しかし、フィリアたちに対しては何の反応も示さない。もはやただ壁のように道を塞ぐだけのケーブル。

 さらに動きが緩やかになった壁を観察してみると、それは機械のようなものではなかった。

 むしろ植物の蔓のようで、妙に生き物じみたものを感じる。


「今度は何なの? まさか新手の兵器じゃないよね」


 その蔓の壁に唖然とするフィリアに対し、狼はフィリアの服の袖を引っ張り何かを知らせようとする。自身の尾を使いティアを指すと続けて港の端を指す。

 そして唸ってから区切りを入れるとフィリアを指し、続けて走ってきた道の方向に先端を指す。


「ウォーン」


 一連の動作を終えたのちに鳴くと、そのまま蔓の隙間をかいくぐって向こう側に走って行ってしまった。


「え、狼さん。どこに行くの?」


 と声をかけたときにはすでにその姿は見えなくなっていた。

 まるでティアをここから一刻も早く逃がすためにフィリアを置いて行ったかのようだった。

 あくまで狼型機械獣の思考はティアを保護することにあるらしい。


『ティアをボートへ連れていく。フィリアは襲い来る敵を迎え撃て』


 とでも言いたかったのだろうか、と予測し進んできた方向に視線を向ける。

 すると、ちょうどそのタイミングで建物の上部から透き通った声が響き渡った。


「オズマさん、流石にこれはやり過ぎじゃないかな。街の住人全てを生贄にしようだなんて。加えて敵対する者は見境なしに襲わせ、街を破壊することにも躊躇しないだなんて。そんなことをするといずれ報いを受けることになるよ」


 建物の上に立ち、フィリアを見下ろす一つの陰。

 それはアルタイルで一月近くを共に過ごしたあの蒼髪の男。


「まさか。なんで、貴方が……」


 フィリアの困惑する様を見て愉しむ様子の彼。

 それはまさにあのロゼ・フェイズそのものだった。


「久しぶりだね、フィリアさん。これはちょっとした気まぐれさ。知っての通り、僕とオズマの関係はただの協力者。もとよりそこに信頼はあれど情なんてものは存在しない。気に入らなければ手を出すさ」

「だったらこの植物の蔓はあなたの魔術?」

「その通りさ。この光景は僕にも思うところはあったからね。せめて僕自身の手で終わらせても良かったけれど、それはせっかくだしアーネストに譲るとしよう。彼の勝利で終わればこの街の住人は数時間もすれば復活するだろうさ」


 そしてロゼは元いた場所から飛び降りフィリアの前に立つ。

 常人であればまず不可能な行為。

 まるで羽毛のようにふわりと着地するそのさまはまさに人外の所業。

 それだけでもフィリアとの格の違いを思わせる。


「さて、邪魔者もいなくなったことだし続きを始めよう。僕はね、ティアちゃんさえいれば十分なんだ。だから君に死なれては困るんだよね。ほら、せっかく助けてやったんだから、あの子の居場所を教えてくれてもいいんじゃないのかい? とぼけても無駄だよ。君があの狼型機械獣に命じていることはもう分かっているんだから」


 と語りかけるロゼ。ただ、狼型機械獣の行動についてはあれが勝手に行動しているのだとフィリアは訂正したくもなった。

 が、そんなことを言ってしまえばロゼはフィリアに訊いても意味がないと判断し、ここを離れて狼型機械獣の探索を始めるかもしれない。

 ティアの安全を確保するためにも、今は少しでも長い時間ロゼの気を引かなければならないのだとフィリアは思考する。


「そんなに知りたい?」

「ええ。素直に教えてくれれば君を傷つけなくて済むし、痛い思いをしなくてよくなる。選択の余地はないと思うけれど、どうかな」


 提案するロゼは、その場を動かずフィリアの回答を待っている。


「……そうだね。選択の余地なんて初めからなかった。わたしは最初から決められたルートを辿り、そして果てるのだと思っていた」


 瞼を閉じ、過去の出来事を思い返す。


「けれどね、わたしは知ったんだ。どんなに望まない未来が待ち受けていようとも、たった一つの強い想いがあれば、それが未来を変える可能性になるんだって」


 あの日々を共に過ごした彼も、今となっては敵と成り果てた。

 立ち塞がる彼の中にはもうあの日の姿はどこにもない。

 そんなロゼを見据え、それを思い知らされたフィリアは一喝する。


「わたしは決してあなたの力には屈しない。この身に希望を宿す心があるかぎり!!」


 そしてフィリアは青龍剣とその身体に宿す異能の力を開放する。

 青龍剣をサーフボードに見立てて上に乗り、水の力を用いた超強力なジェット水流を噴射させて空に舞う。


「ティアちゃんの居場所を知りたければ私に追いつくことね」

「……そうか、それは残念だ。では追いかけっこに興じるとしよう。せいぜい必死に逃げることだね、フィリアさん。加減はするけれど、流れ弾に当たって死ぬなんてことはよしてくれよ」



          ◇



 フィリアがロゼと出会ったのと同時刻。

 グラシャ=ラボラスの相手をしていたアーネストは一旦戦線を離脱してスヴェンの雑貨屋までの道を駆けていた。

 ベガが呼び出した機械人形の大群が今もアルタイルの勢力を追い詰め続けている様子が続いている。炎の手が止むことは一向にない。

 爆発音は今も変わらず続いている。

 敵を討つためならば建造物の破壊すら厭わない。

 街の風景を守ることや魔術の隠匿などお構いなしだった。


「ふっざけんなよ、あんなの相手にしてられっか。なんで刀が刺さらないんだよ。切っても弾かれるしどんな強靭な身体してんだ。あんなの人間が相手をするものじゃないっての」


 とりあえずは掘り起こされた地中にグラシャ=ラボラスを追い返しはしたのだが、倒した手応えは全くなかった。

 あれは一旦身を潜めて敵が気を抜いた時に襲いかかる獣のやり口だ。いつ反撃してくるかわかったものじゃない。

 だから、その時が来るまでの間にあれを倒すための方法を導き出さなくてはならない。

 だが、そんな猶予などこの戦場にはなかったのだと思い知らされる。

 アーネストの耳にジャリッと瓦礫が崩れる音が聞こえる。

 建物が崩れたのかと警戒したがそのようなことはなく、少しの石ころが転がり落ちてきた程度。

 その代りに現れたのは異様なほどに禍々しい気配。

 それはまさにあの男の持つ魔力の波動。

 感じ取った方向を見てみればそこには――


「あんた、オズマなのか――」


 崩れた建造物の上に立つ魔術師が一人。

 全身が傷つき血に塗れた魔術教団ベガの総帥だった。


「ようやく見つけたぞアーネスト・マーベルくん。君には聞きたいことが山ほどあるんだ。さあ、星座の術式の核を、ティア・パーシスを渡せ。それだけで私が、いいやこの世全ての魔術師が望んだ未来を手に入れることができるのだから」


 しかし、そんな言葉も、血に塗れた身体も。ある一点に比べればどうでもよくなるくらいに些細なものだった。


「まさか、それは……」


 呟き、自分の意志とは無関係に一歩また一歩と後ずさる。

 声は震えていた。耐えられないほどの吐き気が込み上げる。

 もう見なければいいのに。この場からすぐに立ち去ればいいのに。

 それでもアーネストはソレから目を逸らすことができなかった。


「ああ、これか。いい具合に切断できているだろ。これが持つ魔力は私の目を持ってしても計り知れない代物だ。神器とかいう礼装は消えてしまったが、これだけでも大いに研究の役に立たせてもらうとしようじゃないか」


 ニヤリと口元を歪めると、オズマはソレをアーネストに見せつけるように掲げた。

 赤に染まる右手には、師であるスヴェン・パルムの首が握られていた。

 スヴェンはオズマと戦い、そして敗れた。

 ただそれだけの単純な現実を突きつけられる。

 それを理解すればするほどにアーネストの思考は狂わされた。

 自分の師が敗北した。

 その事実が何を示しているのか。

 スヴェン・パルムという男はアーネストが知りうる限り最も強い魔術師だった。

 そんな彼が死んだ。

 俺を引き取ってくれて育ててくれた親にして、魔術と生き抜く術を教えてくれた人格者。

 そんな彼が殺された。


「あ、ああ……。き、さま――」


 滴る紅い液体は、未だ止まることはない。

 ついさっきまでそこにあったのに、今ではあの狂信者に刈り取られたその命。

 込み上げる吐き気は収まり、次第にそれは怒りに変換される。

 目の前に映るあの男を今すぐにでも切り刻まなくてはならない。

 アーネストの怒りはこの瞬間、頂点を越え弾け飛んだ。


「――貴様ァァァァァ!!」



          ◇



 アルタイルの会議室から何とか逃れたジン・パーシスは脚を引きずりながらある場所へと向かっていた。

 ここに辿り着くのにどれだけの時間をかけてしまっただろうか。

 身体が万全の状態であればほんの数分で駆け付けることができただろう。

 しかし、今となっては魔力も底をつき礼装も破壊された。

 体力などもってのほかだ。とうに歩くだけのものしか残っていない。

 数十分の時間をかけて辿り着いた中央広場に通じる大通りの一角。

 そこに粉々に爆散した機械獣と焼け焦げたライアット・ドラグネスがある。

 ドラグネスは巨大な瓦礫を持ち上げて、その状態で停止していた。

 そして見間違いと思いたかったが、その付近には仰向けに倒れる血に染まったコルトがいた。


「……コルト。……生きてるか?」


 ジンの声に反応したコルトは力なく笑い、そして答える。


「ええ、何とかね。……やっぱり、ドラグネスを呼んで、正解だった。今こうして、最後にあなたと会えたんだから」


 そんな言葉を発することさえ苦しいようで、ゴフッと咳き込む。

 そこには朱い血液が混じっていた。


「……けど、もう無理っぽい。眠くて仕方がないのよ。さっきまで何度か落ちてたわ」

「そんな弱音を吐くんじゃない。救いはあるさ。きっと……」


 しかし、そう言うジンも体力の限界を迎える。

 コルトの隣に力が抜け落ちるように座り込んだ。


「ねえ、ジンさん。ティア、無事に生きてくれるかな」

「大丈夫さ。確信はないけど、希望はある」


 ジンは思い浮かべた。

 ティアとともに過ごして、笑い合っていたあの二人の若者を。

 ティアの憩いの場所となってくれたあの子たちのことを。


「今は彼らに任せよう。彼らだったらティアを見捨てることはないだろうさ。

だから、そろそろ私たちは報いを受ける頃合だ」

「あなたの目にもそう映った? だったら安心ね。わたしも、あの子が笑うところを見れて本当にうれしかったから」

「私たちはこの魔術世界の全てを裏切ってまでしてティアの命を繋ぎとめた。その悪行に悔いはあるかい」

「……いいえ、全く。後悔なんてしてないわ」


 そしてまた咳き込む。

 何度か続き、ようやく治まりを見せた。


「ねえ、ジンさん。わたし、さっき少しだけ夢を見てたの。ティアが成長して、学校に通って、友達と遊んで、素敵な男の子と出会って……。そして、そして……」


 言葉は次第に震えてきて、目からは涙が零れ落ちる。


「――グスッ。こんな夢、見せてほしくなかったな。……やっぱり後悔、あるじゃない。ああ、実際に見たかったなぁ。ティアの大人になった姿。きっと……幸せに、なるんだろうな…………」


 そこで、コルトの言葉は途切れた。

 続いていた咳の音も聞こえなくなり、ジンの耳に入るのは吹きすさぶ風の音だけだった。


「……コルト?」

「……」

「そうか。もう逝ってしまったか。心配することはない。

私もすぐ、そちらに向かおう……」


 そうして魔術研究施設アルタイルの幕は閉じられた。

 ただ一人の娘のために作られた機関は、ここでその本来の存在意義を終了させる。

 後に疑似能力者を生み出す技術をこの世に残したままに――

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