第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑥
その直後、フィリアはコルトたちから離れて民家の屋根伝いに機械魔獣に接近する。
五階建ての建物の上からでもその頭部がはっきりと見える。近づけば近づくほどに機械魔獣の巨大さに恐怖を覚えた。
(怯んじゃダメ。まずはこの機械魔獣をどうにかしないと。あんなのに襲われたら、コルトさんもティアちゃんも無事じゃすまない。やっぱり倒さなきゃ意味がないよね。二体、か。いけそうな気もしなくはないんだけれど、せめてこのまま数を増やさないでくれることを願いたいね)
今はまだ機械魔獣はこちらの気配に気づくことなく、その行動は首を振って辺りを見渡すのみだ。
(わたしは勝てる、わたしは勝てる、わたしは勝てる――)
そう何度も繰り返して自分に言い聞かせる。
自分はやれるのだと。
絶対にあの敵を倒すのだと。
大きく息を吸い込み、
(――よしっ!!)
一歩踏み込み、そして民家の屋上から飛び降りた。
「――さあ初陣だよ、青龍剣!」
フィリアの声に呼応し、右腕に蒼き光の粒子が集う。
そして現出するは宝石のような輝きを持つ蒼の大剣。
今日この日まで洗練し続けた神器。
青龍剣の刀身が水流の如き魔力を伴いながら迸る。
それを機械魔獣の頭上から一気に振り下ろした。
ガンッ、と金属を叩きつけた時のような重く響く打撃音。
落下速度を加えたフィリアの渾身の一撃も装甲を変形させるだけで両断するには至らない。
「くっ、硬い……!」
しかし、その衝撃は機械魔獣の動きを一瞬でも鈍らせることができたようで、フィリアが地上に着地するまでに攻撃されることはなかった。
「だったらこれはどう!」
続けて関節部を狙い青龍剣を横に薙ぐ。
鳴り響く重い打撃音。それでも機械魔獣を叩き切ることは叶わず、脚元を崩して転倒させるだけに終わってしまった。
これは機械魔獣の強度や青龍剣の切れ味も関係するだろうが、一番の原因はフィリア自身の力の問題だった。
アーネストやスヴェンが使うのならいざ知らず、青龍剣の性能にフィリア自身の肉体の性能が追い付いていないのだ。
であれば宝の持ち腐れ。もはや青龍剣はただの装飾の美しい剣でしかない。
「ぐぅ……」
その事実を実感させられたフィリアは唇を噛む。
しかし悔やんでいる暇などない。
残りの一体がこちらに気が付き向かってきていたのだ。
フィリア目掛けて一直線に高速で突き出される巨大な鉤爪。
しかし既に気が付いていたことが幸いし、フィリアは上体を捻り何とかそれをかわす。そして無防備になった機械魔獣の胴。
(このまま青龍剣を打ち込めば――)
と考えはするものの今のフィリアの体勢からだと剣による一撃は見込めない。叩き切ることも崩すこともままならず反撃を喰らって絶命するのがおちだ。
であれば――
「これなら、どうだ!!」
異能の力を左手に込め、天へと突き出す。
すると、まるで間欠泉のように地面から強烈な水が噴き出したのだ。
それはウルクスに来て間もなくアーネストがアルタイルの試験で行った戦術のひとつだった。
しかしその威力は絶大。アーネストの魔術など遥かに凌駕する破壊行動。
広範囲に撒き散らして押し流すのではなく、一点に集中して貫くそれはまさに超高圧水による金属切断。
胴体を失った一体は動きを止め、その場でガシャンと崩れ落ちる。
「まずは一体!」
残るは最初に足元を崩した機械魔獣だけだ。
それは地に伏したまま腕を稼働させ、その鉤爪をフィリア目掛けて突き出して来る。
不意打ちではあったがフィリアには関係ない。一度目の鉤爪の攻撃を見てその速度が分かったことで躱す必要もないと判断する。
それが届くよりも早く、フィリアが手をかざしたその目前に高密度の水の塊が形成された。
それは機械魔獣の攻撃を一切通すことのない装甲と化していたのだった。
続けてフィリアは地に伏す機械魔獣に狙いを定めて左手に異能の力を込め、天に掲げた腕を両断するように振り下ろす。
「――潰れろッ!」
動きに呼応するように空気中の水分が上空に圧縮され、再び敵に向かって水流を解き放たれた。
機械魔獣の抵抗もむなしく押しつぶされて、その機能を停止させる。
結果、フィリアの目に映るのは胴に大穴をあけて地に伏すものが一体と原形を留めないほどに首を潰されたものが一体。
未だどこかで爆撃音や地響きが続くが、フィリアの付近にはもう生命活動の気配はない。危険因子はないといってもいいだろう。
急激な身体活動に呼吸が荒くなる。
「はぁ、はぁ。……やった。わたしだって、やればできるじゃない。ぜんぜん青龍剣を使いこなせなかったけど、これだったらアーネストにも引けをとらないよね」
内心嬉しくなるフィリア。守られるだけじゃなく守ることもできるのだと。確かにフィリアの戦闘力は目を見張るものだった。もしこの様子をスヴェンやアーネストが見ていたのなら開いた口が塞がらないレベルで驚いていただろう。しかしフィリアには圧倒的に足りないものがあったのだ。
それは――
ギギギ、と機械の駆動音が耳に入る。
それを聞いたときにはもう遅かった。
崩れた機械魔獣のうち一体が立ち上がり、その腕でフィリアを鷲掴みにしたのだ。
「――い、たっ……!」
そのまま機械魔獣は大きく口を開き、その奥に潜ませる幾重もの鋭い牙を露出させた。しかし、その目的はフィリアを噛み砕くことではない。生命ではない機械魔獣には当然ながら捕食という機能は含まれていないのだ。そのさらに奥の喉に仕込まれたものが怪しく光る。
「――なっ!!」
それはレーザー砲の銃口を思わせる筒状の金属体がフィリアの頭部に向けられる。そのまま銃口に光が集い高熱が発せられる。このままでは抵抗する間もなくフィリアの頭部は消し飛ばされるだろう。
フィリアは失念していたのだ。敵がただの人間であるならば、この戦闘はフィリアの勝利で終わっていただろう。
だが相手は機械魔獣。生命を持たない無機質な自律型兵器なのだ。
胴に大穴をあけようともその核が生きているのであれば、行動を完全に停止させることは叶わない。
気配察知も無意味だった。目の前の敵はそもそも生きてはいないのだから。電源が入っているか入っていないか、その二択しかない。
故に、ただ壊すだけでは意味がなかったのだ。
後悔先に立たず。どれだけもがこうとも抜け出すことはできない。
水流を放とうにも腕を動かせない。
「うう……」
後数秒も経たずに死んでしまう。
その事実が恐ろしく、何よりも怖く、フィリアは目を瞑る。
いつの間にか目に溜まっていた大粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。
――だが、機械魔獣の攻撃は一向に放たれない。
その代わりにグシャと何かが潰される嫌な音が響く。
目を開けるとそこにあったのは巨大な牙で頭部を貫かれた機械魔獣。
ビリビリと電気が走るような音を発しはするものの、そこから先に移行する様子はない。
どうやら一命を取り留めたらしい。
しかしなぜ、とフィリアが思考するも結論に至るより早く声をかけられる。
「――大丈夫、フィリアちゃんッ!!」
その方向に振り向けば、そこにあったのは機械魔獣よりも一回り大きな竜の形。
このウルクスに来て間もない頃に目にした人形兵器、
ライアット・ドラグネスだった。
その背から顔を出す女性の陰。
それは見紛うこともなくコルトだった。
「コルトさん!? どうして……」
「見てられなくなっただけよ。あの後すぐにこの子を呼び寄せておいて正解だったわ」
言って端末を見せてくるコルト。
それを持つ腕には手錠のようにライアット・ドラグネスと繋がれていた。
しかしフィリアにはその機械やケーブルがどのような機能を持っているのかは分からない。
が、これだけはこの場にそぐわなくても言っておきたかった。
「ティアちゃんはどうしたんですか?」
「他に呼べたもう一体に任せてるわ。逃げ足が一番早い子だから大丈夫よ」
「そうですか。けど、こんなの呼べるんでしたら最初から呼んどいてくださいよ」
「文句言わないの。これを呼ぶのもリスクがあったんだから。動かしてる間わたしはこの子から離れられないし、もしこの子も他の人形兵器のようにベガに手を加えられてたら逆に襲われるかもしれなかったのよ。言うことを聞いてくれるから大丈夫だったみたいだけど……」
すると、コルトの話を遮るように機械魔獣が行動を再開する。
「もう、まだ動くの?」
胴に加え頭部を破壊されながらも動くそれはもはや悪夢そのものの体現だった。
対してライアット・ドラグネスもただ押さえつけるだけでは終わらない。
「ドラグネス、まずはフィリアちゃんを捉えている腕を壊して!」
コルトの命令に応じてライアット・ドラグネスは機械魔獣の腕を噛み砕く。
ギシギシと軋ませながら今にも砕けそうなほどの威力から機械魔獣は逃れることはできない。
「もう少しよ。もう少しだけ我慢して、フィリアちゃん」
言う通り、このまま数秒後にはフィリアはこの拘束から解放されるだろう。
――そう、このままことが進めばの話だった。
ライアット・ドラグネスが機械魔獣の腕を破壊しにかかるその刹那、フィリアは見てしまった。
ついさっきフィリア自身が破壊した首のない機械魔獣。それがあろうことか動き始めていたことを。
あの強烈な水圧による攻撃ですら核を破壊しきれていなかったのだ。
それは勢いよく地を蹴り、ライアット・ドラグネスに飛びかかる。
腕を切り落とすことに集中していたコルトは未だそれに気が付いていない。
「コルトさん、もう一体が来る!」
「えっ……?」
機械魔獣の鉤爪が奔る。
空を切りそしてライアット・ドラグネスの首をいともたやすく貫いた。
バキバキと金属の装甲を砕こうとさらに力を込める。
それだけならまだよかった。
問題は別にある。
「――ッ!」
苦痛にゆがむコルトの表情。
フィリアの頬に飛び散る紅い液体。
「あ、あ……」
目の前に移る光景を目にしたフィリアは口を開けたまま何も言えなかった。
ライアット・ドラグネスを貫いた鉤爪はコルトの身体も同時に貫いていたのだ。
「――ぐぅ、うう……」
「コルト、さん……」
「大丈夫、掠っただけよ。そんなことよりもう少しで壊せるから……」
そういうも、フィリアにはコルトの言葉がただの強がりだってことは分かっていた。目に映るコルトの傷は深く、流れ出る血液は一向に止まらない。
それをフィリアはもう見ていられなかった。
自分のために誰かが血を流すくらいなら、自分が犠牲になるほうが幾分マシだ。そんな感情に囚われてしまう。
自分のために傷つく人たちの背中が脳裏をよぎるのだ。
これ以上他人を犠牲にして生きていくのか、と。
「もうやめて。お願いだから、今すぐ逃げて」
そう叫ぶも、コルトは首を振りドラグネスを操作して二体の機械魔獣と相対する。
「ここで逃げちゃあ、わたしがここに来た意味がないじゃない!」
絶対に押し返してやる、というコルトの強い意志に答えるようにドラグネスは力任せに押し進んでくる二体を押さえつける。破損したドラグネスであろうと、その機能はまだ機械魔獣の上をいっていた。
じわじわと押し返し、自由に動かせる翼と尾で二体の装甲を削ぎ落す。
もしかしたら押し勝てるのでは、と淡い希望を持つ。
しかし、ここは小細工無しの魔術世界だ。
全ては無慈悲な運命の中。運よく勝てるなんてことはあり得ない。そんな希望がいつまでも続くことなどなかったのだ。
ここまで破損したときに自動で発動する機能でもあったのだろうか。突如として二体の機械魔獣が電撃を放つかのようにバチバチと身体を唸らせる。
そして首元の一点から紅く強い光は発せられる。
それはまるで非常警報のランプのようで。
その奇妙な行動にコルトはひとつの可能性に辿り着く。
「――そんな、もしかして自爆でもする気?」
もう機械魔獣は止まらない。
しかし、もし力を抜いて退避でもしようものならどうなるか。
フィリアを取り残し、爆発に巻き込むことになる。
その事実がある時点でコルトの意思は固まった。
「これが最後よ、ありったけの力で噛み砕けーー!!」
ギシギシと軋む腕。
そしてようやくドラグネスの牙は機械魔獣の腕を引きちぎる。
「ほら、ちゃんと受け身取りなさいよ」
そのままフィリアの言葉を待たず、フィリアを掴んだままの千切れた腕を放り投げた。
「え、うそ。ちょっと待って――!!」
そのままフィリアの視界が揺れ、渦巻き、自分がどこにいるかもわからなくなる。
ガシャンと鈍い音を立てて地面に着地する。
その時フィリアの視界は黒く染まった。
そして聞こえてくるのは鼓膜を破るほどの破裂音と、肌を焼くような高温の熱風。
だが、それと同時に自分を守るように何かが覆いかぶさるような感覚。
轟と唸る嵐は数秒続いた後にようやく収まりを見せた。
自分に覆いかぶさっていた何かも、気が付けばその気配は消えていた。
フィリアがようやく目を開けると、
「な、なにが起こって。――ひっ……」
その光景に目を疑った。
フィリアの目の前には血にまみれたコルトがいたのだ。
それもただ流血しているだけではない。その身体は機械魔獣の爆発によって飛んできた瓦礫によって押しつぶされていたのだ。
「――コルト、さん?」
一瞬フィリアには何が起きているのか理解が出来なかった。
しかしコルトが動きを見せた時、無意識にフィリアの身体が動いていた。
「コルトさん! 今、……今この瓦礫を除けるから」
機能を失った機械魔獣の腕をこじ開けて自由になり、そしてコルトにのしかかる瓦礫をどかそうとする。
「――あ、あああぁぁぁ!!」
瞬間、腕に強烈な痛みが走る。
反射的に腕を瓦礫から離し、痛みがある部分を見た。
フィリアの両腕は真っ赤に焼け焦げ、その皮膚がずるむけになっていた。
「――そん、な」
コルトを押しつぶす瓦礫は炎で熱せられ高温になっていたのだ。
「……やめなさい、フィリアちゃん。もう無理よ。この瓦礫をどうにかしたところで、わたしの身体がもたないわ」
「そんなのダメだよ。諦めないでよ。そんな弱気な言葉を聞かせないで。まだ、まだ間に合うんだから。だから、だから――」
「聞きなさい。フィリアちゃん」
そして、コルトは唯一自由に動かせる右腕でフィリアの頬をやさしく撫でた。
「……ティアを、お願いね」
「――え?」
「マーベルくんと一緒にティアを……立派な女性に育てて、あげて。ティアを、救ってあげて。今それができるのは、……あなたたち、だけよ……」
「やめてよ、なんでそんなこと言うの? それをするのはコルトさんでしょ。ティアちゃんのお母さんの役目でしょ。こんなところで諦めちゃだめだよ」
「あの子ね、笑わないのよ。わたしの前では……全然。けれど、あなたたちの前では、……笑ってたって、いうじゃない。あの子にとっても、あなたたちのもとにいた方が……幸せ、よ」
「ふざけないでよ。それは幸せな人だからこそ言える台詞だよ。親がいないなんて、そんな不幸なこと他にないよ」
諦めたくはなかった。
こんなところで失いたくはなかった。
幸せの形が確かにここにはあるのだ。
自分では決して手に入れることのできなかった奇跡をこんなところで壊すわけにはいかない。
「――あ、ああ。ああああぁぁぁああああ!!」
再び瓦礫をコルトの上から取り払おうとフィリアは力を込める。
「お願い、お願いだから……もうやめて。フィリアちゃん……」
「いや、だよ。置いていくなんて、そんなことできないよ!」
「――ッ」
そんなフィリアの意志を否定するように、乾いた銃声が鳴り響いた。
空砲なんかじゃない実弾を伴ったその爆音はフィリアの頬をかする。
「――な、なんで……」
コルトは右腕で懐から黒く光る拳銃を引き抜いていたのだ。
その銃口は今もフィリアに向けられている。
「いいから、行きなさい。……行くのよ、フィリアちゃん。ティアを連れてここから逃げなさい!!」
目からは大粒の涙をこぼしながら、フィリアは持ちうる限りの全ての力を脚に込めて走り出した。
「ああ、あぁぁぁああああぁぁぁ――」
フィリアは絶望をその胸に抱きながらも、コルトが最後に残した言葉だけは必ず守ると誓い走り続けた。




