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第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに⑤

「さて、二人とも行きましたか。何とか間に合いましたね」


 そう誰に対してでもなくスヴェンは囁く。

 いや、誰でもなくってことはなかった。むしろそれはスヴェンという己に対して贈る多少の賛美の言葉なのかもしれない。

 愛しの教え子たちを最大の驚異から逃がすことができたということに、

今スヴェンは安堵を覚えていた。

 なぜならスヴェンのすぐ目の前には彼が現れようとしていたのだから。

 静止の結界が解かれたその瞬間、それは現れた。


「これはこれは、あの名高い結界術士スヴェン・パルム殿ではありませんか。数年前に姿をくらましたとお聞きしましたが、まさかこのような場所でお会い出来るとは思いませんでしたぞ」

「オズマ・ブランウェン」


 その身体にはいくつもの傷があり、整えられていたであろう正装は血で紅く染まっている。


「ここにたどり着いたということはあなたはアルタイルの所長、ジン・パーシスさんを打倒したことになる。殺したのですか?」

「くく、最後の最後で逃げられましたよ。だが致命傷を与えたことに違いはない。今はもうどこかの路地裏で力尽きているやもしれませんな」


 とオズマは今もなお威厳に満ちた表情で笑う。


「それでは、奥にいる至宝の巫女を引き渡してもらいましょうか。このわたしの理想、星座の魔術を発動させるために」

「至宝の巫女に星座の魔術ですか。くだらない理想です。あなたはまだそのような幻想を見ているのですか」

「幻想? いいえ、これは現実ですよ。このウルクスに展開された術式、星座の魔術は正しく起動した。なれば、あとは生贄を用意するのみ。至宝の巫女となったティア・パーシスを手に入れれば、私の悲願は成就する」


 腕を大きく広げ高らかに宣言するオズマ。


「引いては、くれませんよね」


 スヴェンとてオズマのような魔術師と相対することになれば無事では済まない。ましてや相手は彼一人ではなくオズマが率いる軍団もいる。

 スヴェンはそんな状況に一雫の希望を胸にぶつけてみる。


「然り」


 しかしその容赦ない一言でオズマは打ち払う。


「そうですか。それは残念です。さすがにこの状況は有り得ませんよ。今すぐにでも逃げ出したいくらいです。私とてこのようなところで死にたくはありませんからねぇ。ですが、彼らも命を賭して頑張っているんですから。この場から逃げ出すことは彼らの師としてあるまじき行為。今はぐっと堪えましょう」


 言って、スヴェンは錫杖でもう一度地面に打ち鳴らす。

 それを決戦開始の合図と思ったのかオズマは叫ぶ。


「さあ、終焉の時だ。これより最後の障壁を打ち破らせてもらおうぞ!」


 その怒号と共にベガの全軍が一斉にスヴェンに向かって突撃した。

 しかし、全てを飲み込む嵐であろうとスヴェンは決して狼狽えない。


「――それでは私もそれなりの反撃をさせてもらいましょうか」


 スヴェンは目前の地面に錫杖を突き刺し腕を広げると、背後に白と黒の二つの光を凝縮させる。

 そこから現出するは機械の腕じみた二対の翼。

 至宝の力に抗うべくその人生を費やして作り上げた至高の武装がひとつ。

 それを今、最強最悪の脅威に発動する。


「展開せよ我が神器。舞い降りる光と闇の雫は怒濤となりて罪ある者に鉄槌を下す。黄龍光翼。さあ、久々の解放です。思う存分間引きなさい。たとえそれが人々に死を招こうとも。私が全てを許しましょう」



          ◇



「ねえ、コルトさん。港はこっちでよかったんですか?」


 街中を徘徊するベガの魔術師と魔獣の大群を躱しながら一心不乱に走るフィリアとコルト。眠っているティアを今はフィリアが抱きかかえていた。

 スヴェンに張ってもらった結界はここにきて効果を失ってしまった。


「ええ、ここをまっすぐ進んだら大通りに出るから、そこを左に曲がってまたまっすぐ。その先の中央広場を南側に進めばスヴェンさんの言ってたボートの場所に着くわ。その付近に目立たない裏路地もあるから案内するわ」

「分かりやすくてよかったです。あとは時間の問題ですね。乗り物が何も使えないなんて。それにベガの魔術師もうろついてるし。追いつかれないように急がないと」


 スヴェンやアーネストだけでなく、他の人達も戦っているのだろうか。

 スヴェンの店から離れても一向に火の手が止まずにいる。

 頭上に飛び交う炎を警戒しながら進む二人は遂に大通りまで辿り着こうとしていた。

 しかし、大通りに出る前に物陰から様子を確認した時だった。


「――コルトさん、ストップ」


 とフィリアはこれ以上進まないよう後に続くコルトを制する。


「どうしたの、フィリアちゃん」

「この先の大通り、機械の魔獣が二体いる」


 フィリアの視界に入るのは二体の機械じみた巨大魔獣。五メートルほどの高さを持つ二足歩行の竜のような見た目。

 どれだけの視界を持ち、どれだけの速さで移動する個体かは不明だ。しかし、両腕の巨大な爪は見るだけで殺傷能力の高いものだとわかる。もし追いつかれて攻撃されようものならひとたまりもないだろう。

 そしてコルトも物陰から覗く。


「そんな、これじゃあ向こう側に渡り切る前に気付かれるじゃない」

「コルトさん。向こう側に移る方法ってこの大通りを渡る以外はないんですか?」


 その問いにコルトは首を振る。


「残念ながら。都合よく地下通路があったりなんてしないわ」

「そうですか……」


 と落胆するもフィリアにはもうやるべきことが脳裏に過っていた。

 今までアーネストやスヴェンに守ってもらっていたように、今度は自分が守る側に回る番なのだと。

 二体の敵を目視しながら固唾を飲む。


「……、コルトさん。わたしのお願い、聞いてくれますか?」


 と、フィリアは小さく笑みを浮かべる。

 できる限りの微笑みで安心させようとしたのだろうが、それもコルトから見れば無理をしているのがはっきりとわかるものだった。


「お願いって。フィリアちゃん、何をするつもりなの?」

「わたしがあの機械魔獣を引き付けます。だから、隙を見て港まで走ってください。わたしもすぐに追いつきますから」

「だめよ、敵いっこないわ」

「それは試してみないとわかりませんよ。アーネストだってここに来て初めて戦ったあの機械竜を圧倒したじゃないですか。わたしだって出来ますよ、きっと」

「ライアット・ドラグネスのこと? あれは改造前に加えて安全装置を解除してなかったからすぐに倒れたわけで……っと」


 何としてでもフィリアの行動を止めようとしたところでティアを渡される。

 コルトも促されるままにティアを抱きかかえた。


「コルトさん。ティアちゃんと一緒にいてあげてください。そのほうが絶対にティアちゃんにとって安心できますから」

「もう何を言っても無駄? だったらいいわ。けど絶対に無理はしないでね。あなたを待っている人はちゃんといるの。あれは必ず倒さなければならない相手じゃないんだから生き抜くことを優先して考えて」

「はい。肝に銘じておきます。それでは行ってきますね」

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