第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに④
「さて、どうしたものか。あの巨竜は探し物をしているようですね」
「捜し物……。それってティアのことか?」
「十中八九間違いはないでしょうね。私もシェリーさんから話は聞いていましたからね。彼、オズマ・ブランウェンがこの地にやってきた目的を」
「至宝の巫女、か。馬鹿馬鹿しいほどの勘違い野郎だな。その上諦めが悪いと来た。ジンさんに立ち塞がれて動けないとなると、次は巨大な使い魔を召喚か。迷惑極まりないよ」
「ですが勘違いをしてくれていた……いいえ、知らなかったおかげでフィリアさんはこうして今も自由の身なのですから。ここは運が良かったと言えましょう」
「だけどティアが狙われていることに変わりはないだろ」
「ええ。そうですね」
「そうですねって、そんな気軽に言わないでくれよ」
「気軽ではありませんよ。ただフィリアさんが狙われるよりはマシだということです」
「だから、それがどうしたんだよ」
「考えても見てください。狙われるということは、周りにいる者全てを警戒しなければならないのです。しかし自分ではない他の者がターゲットであれば、集中して自分が狙われることはありません。つまりはですね――」
そこまで聞かされて俺もスヴェンさんの言いたいことがわかってしまった。
だが、それはさすがに鵜呑みにする訳にはいかない。
「ちょっと待った。あんたの言いたいことが分かった。まさかあんた、フィリアにも戦えって言うんじゃないだろうな」
その声は抑え気味ではあるものの、明らかに怒りも込めていたはずだ。
ついさっきまで万全でなく、ましてや戦闘を主としない娘に何をさせるつもりなのかと。
しかしスヴェンさんは全く物怖じせずに、冷酷なまでに事実を述べる。
「正解ですよ。今ここで戦う能力を持った者は私とアーネストくん、そしてフィリアさんの三人です。私や君は別として、フィリアさんにも今回ばかりは戦場に出てもらいます。彼女はあんなにも優しい心の持ち主ですが、曲がりなりにも私や君と同じく裏の住人です。戦闘能力は期待していいでしょう」
すでにこの先のことが変えられない事実であるかのにように淡々と言葉を並べるスヴェンさん。
この人はフィリアを戦闘要員のひとりとして駆り出させる気だ。
その不安を確定させるかのようにスヴェンさんは言葉にする。
「今回ばかりはフィリアさんにも戦ってもらいます」
冷めた口調で言うスヴェンさん。
「スヴェンさん、それだけはダメだ。今だけは絶対に。相手は俺が今まで出会ってきた敵の中でもその脅威さが抜きん出ているんだ。オズマにロゼ、魔術師の軍団に巨大な魔獣。いくらなんでも無謀すぎる。無駄死にさせるだけだ。それはあんたが望んでいることでもないだろ。もっと他にいい方法があるはずだ。外に連絡を取って力を貸してもらうとか――」
そこまで言ったところで、スヴェンさんは遮るように言葉を重ねる。
「――君は今まで魔術学院で何をしてきたのですか? まさかフィリアさんを救いたいといっておきながら、その解決策をただひたすらに探し求めただけとは言いませんよね」
スヴェンさんはぶつかるくらいにまで近づいてきて、その俺より頭一つ分高い背丈から俺を見下ろす。
「え?」
「アーネストくん。この世界は君が思うほど綺麗で美しいものではないのですよ。この世界は君が地獄を体験したその瞬間から何一つ変わってはいません。魔術という機構が存在する限り、君の望む世界が訪れることは決してないでしょう。君が現実から目を逸らし否定しない限り向き合い続けなくてはなりません。それでも君は現実を知り、抗いたいという意思を見せてくれました。だからこそ私は君に魔術を指導し、この世界に抗うためのきっかけを与えました。私が君を救うのではなく、君自身の手で己の望んだ世界を掴み取るために。対して君はどうですか? 君はフィリアさんに何を与えましたか? 本当に彼女を救いたいのなら、彼女自身にその脅威から身を守るための力を持たせるべきだったのではありませんか? 今まで神器を与えただけで口を出さなかった私の責任でもありますが、君にももう少し自覚しておいてほしかったですね」
「そんなことわかっている。とうの昔からわかっていたさ。けれど、そんなこと出来やしないだろ。他の道がないかって希望を持ちたくなるのは当然じゃないか? フィリアには戦闘の才能がないからなんて話じゃない。自らの手であの地獄に踏み入れることを促す行為が、あまりにも残酷すぎるからだ。その上で俺はフィリアに言えば良かったのか? あんたは自分の運命から逃れることはできないから、せめて延命の手段として力を身につけろと。ふざけないでくれ。それこそ無責任じゃないか」
声を荒らげることもなく、静かに訴える。
けれど、それがただの大人気ない反抗だってことも、現実から目を逸らしていた報いなんだってことも同時に理解して。
そんな自分があまりにも情けない人間だって突きつけられた気分だった。
その悔しさで、拳が震える。
これ以上、スヴェンさんに言えることはなかった。
スヴェンさんも何も言わずにただ俺を見下ろす。
たった数秒程度の時間だったのだろうが、その数秒が数分にも感じてしまうほどに気が重くなる。
そんな時、ふと拳に伝わるひんやりとした感触。
見れば、フィリアが俺の拳を掌で優しく包んでいた。
「――アーネスト。もう、いいんだよ。スヴェンだってアーネストを悪者にしようとしてる訳じゃないんだから。わたしたちを心配して言ってくれたんだよ」
「フィリア……」
「スヴェンも意地悪すぎ。ここで言うことじゃないでしょ」
「……」
スヴェンさんは何も言わずに、そして何かに気が付いたような素振りをしてサングラスをくいっと弄る。
「……私も言いすぎましたか。これは今後の課題です。久々に家族会議でも開きましょうかね。ですが、残念ながらその時間は与えてくれないようです。彼が解き放った魔獣はグラシャ=ラボラス以外にもいたようですね。二人とも、一旦気持ちを切り替えてください。正念場ですよ」
言ってスヴェンさんは自然な足取りで外に出る。
俺とフィリアも後に続いて外に出てみると、そこには何匹もの狼のような姿をした魔獣と黒のフードの魔術師が待ち構えていた。
「ふふ、よくぞ見破りましたね。この結界を搔い潜られるとはまだまだ私も未熟ということですか。なかなかの技術を持つ術士が向こうにもいるのでしょうね」
そこまで言うとすっと息を吐き、その瞬間スヴェンさんの口調は一変する。
穏やかなそれはスイッチで切り替えられたかのように冷徹なものになる。
「――致し方ないですね」
そしてどこからともなく錫杖を取り出すと、その先端で地面を叩く。
すると青色の光が放出され、周囲を取り囲む魔術師と魔獣の大群が動きを止めた。
青色の壁に埋め込まれた彼らは、まるで時間が止まったかのように微動だにしなかった。
「静止の結界。一時的ですが完全に対象の行動を封じます。その間にあなたたちに伝えておきましょう」
そしてまずフィリアの方を見てから言う。
「フィリアさん。いいですか、よく聞いてください。今からあなたたちに姿隠しの結界を張ります。追随式の結界は固定式と違い長くは持たないのでその間に彼女たち、コルトちゃんとティアちゃんを守りながら逃げてください。それがあなたの役割です。ここにいる連中は足止めしますが、それ以外は対処できないので全力でお願いしますね。今ならまだ港のボートが使えるはずですから。そこからウルクスを脱出してください」
そして続けて俺を見て言う。
「アーネストくん。君はグラシャ=ラボラスの相手をしてください。流石の私でもあれがここに乱入してきたら敵いませんからね」
「了解だ。けど、足止めだけでいいのか? 全力を出せばもしかしたら勝てるかもしれないぞ」
「アーネストくん。そう言ってくれるのは実に嬉しいのですが、あれ相手に全力を出そうとするのは軽率ですよ。あくまで注意を引く程度に抑えてください。じゃないとそれが災いして後で死にますよ」
「俺は死なないよ。危なく感じたらちゃんと逃げるから安心しろ」
言って黒き災害に向かって一歩進むが、そこでフィリアはスヴェンさんの指示に疑問を挟む。
「ちょっと待ってよ。スヴェンは? スヴェンはどうするの? あんな大軍の相手をしてたら逃げたくても逃げられないよ。アーネストはもしかしたら逃げられるかもしれないけど、スヴェンは……」
確かに、この数は一種の軍団だ。
一つ一つがどれだけスヴェンさんに及ばないとしても、死をも覚悟で特攻されると話は別だ。
スヴェンさんは返す言葉に一瞬迷い、力なく笑いながら囁く。
「私は……ほら、私は転移魔術が使えますからどうとでもなります。一人専用なのが問題ですけどね。ですから心配しないでください」
そしてフィリアの頭を優しく撫でる。
「私のしぶとさを知っているでしょ? あなたを引き取りここまで育てたのです。大抵の厄介事はもう慣れっこですよ」
「……分かった。スヴェンもアーネストも絶対に追いついてよね。絶対だからね」
「はい。約束です」
そうしてフィリアは後から出てきたパーシスさんとティアを連れて港方面まで走っていった。
彼女たちの姿が見えなくなったところでスヴェンさんは大きく息を吐く。
「ふう、行きましたか。そろそろ制止の結界も限界ですね。ほら、アーネストくんも行ってください。ベガの連中は極力ここに引き寄せるように仕掛けますから。ティアちゃんの気配をここに仕込めば、まあ何とかなるでしょう」
「なあスヴェンさん。ひとつだけ聞いてもいいか?」
「なんでしょう。一つだけですよ」
「あんた、ここで俺やフィリアを逃がして死ぬつもりじゃないだろうな」
「……」
「転移魔術ってなんだよ。あんな禁断属性の空属性魔術なんて使えるはずないだろ。あんた、嘘が下手なんだよ」
「ふふ、魔術の知識に乏しいフィリアさんにさえ気づかれなければそれで良かった。アーネストくんは、まあ理解はしてくれるでしょう」
「理解なんてできないよ。生き抜くこと、その大切さを俺に教えてくれたのはあんたたちだろ。言った本人がまっさきに犠牲になって死ぬんじゃないよ、スヴェンさん」
「もちろんです。君も無事を祈っていますよ」
「ああ、任せとけ。俺もあんたの無事を祈っているよ」
最後にそう言葉を交わして、
俺はグラシャ=ラボラスに向かって駆けていった。




