第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに③
十数分の時間をかけて山道を抜けきりウルクスの街へとたどり着く。
そのままそこら中に蔓延る魔獣の群れを避けながらスヴェンさんの雑貨屋に直行している。だが、その道中いまだに街の住人と出会わない。
危険を回避するため家に籠っているのだろうか、と思いもしたがそれも違うようで大窓で中を見渡せる飲食店も、カーテンが開かれた住居の中にも、誰一人として姿がない。
まさか街の人達全員が失踪した?
そう考えてしまうくらいに人の気配が消え去っていた。
結局誰にも出会うこともなく雑貨屋に辿り着いた俺たち。
雑貨屋の壁には奇妙な文字が書かれた御札がいくつも貼り付けられていた。
スヴェンさんが結界を張っているのだろうか。
俺にこれが見えるということは、多分スヴェンさんの知り合いには知覚できるようにしているのかもしれない。
ここまでに後をつけられた様子もなかったので、周りに誰もいないことを確認するだけしてから中に入った。
「――スヴェンさんッ!」
レジのあるカウンターの椅子に座っていたスヴェンさんはビクッと身体を震わせる。そのせいか椅子からズレ落ちて床に倒れ込んでしまった。
「おっと、びっくりした~。大声を出さないでくださいよ。心臓が飛び出るかと思ったじゃないですか」
ズレたサングラスを元に戻しながら服に着いたホコリを払うスヴェンさん。
「すまない」
「いいえ、気にする必要はありませんよ。私も結界をすり抜ける者などいないと油断していましたからね。お互い様です」
「ということは、ここはまだ大丈夫なのか? ここに来るまでよく分からないことが起きていてさ」
「よく分からないと言いますと、それは街中で発生した青い粒子と住人の失踪ですか」
「そう、それだよ。あれは一体なんなんだ。スヴェンさんはわかるのか?」
「分かりますよ。元から知っていたわけではないですが、街の様子が変化する瞬間を目にしてしまいましてね」
そしてスヴェンさんはやれやれと首を振る。
「あれはおそらく魂の吸収ですよ」
「魂の吸収?」
「ええ、そうです。言い換えれば人間の肉体と精神の溶解です。街全体に展開された術式が作動して住人のほぼ全てを消し去ったのですよ」
「そんな……。じゃあ全員がそのベガの連中の魔術で殺されたってことか。あんまりだろ、そんなことって」
「それは早計ですよ。街の住人たちはまだ死んではいないでしょう。今はまだ生贄のために集められているだけです。おそらくですが、その魔術が発動するまでは救い出せると考えていいでしょう」
「そうか。だったらやるしかないな」
「待ってくださいアーネストくん。君はベガの連中と言いましたがその根拠は? この魔術はベガにしか扱えない魔術という訳ではありません。不謹慎ではありますが、準備に時間をかければ私でも使えるほどのものです。可能性は誰にだってあるのでは?」
「確定した証拠はないよ。けれど俺はここに来るまでにオズマの言葉を聞いた」
『私たちの準備は既に完了している。さて、君が渋っているその間に
果たしてどれだけの人間が消えていくかな?』
「あれはこのことを指していたんだと思う。そうでなくちゃここに来るまでにベガの魔術師が一斉に出てきたことも不思議じゃないだろ」
加えてこの日までにウルクスの街で黒のフードが暗躍していた瞬間を目撃したこともある。
あの時はやつの目的がわからなかったけれど、今ならその理由もこの時に繋がるのだと考えることもできる。
「――ふむ、理由はあるわけですね。ですが、それがわかったところでどうするのですか。どうすればこの儀式を止めることができるかなんて分からないでしょう」
「ああ、今の俺じゃあこの儀式の解除方法を見つけることはできないよ。起動装置があるのだとすれば、しらみ潰しに探すしか今のところ方法がない。悔しいけど俺にできることなんてこの程度さ」
「……労力の無駄にならなければいいのですがね」
「今それをいってもどうしようもないだろ。やれることをやるだけさ」
と言ったところで会話は一旦終わり、あることをスヴェンさんに訊く。
「ところでスヴェンさん。フィリアはどこにいるんだよ」
「彼女ですか……」
と何故か言い淀むスヴェンさん。
「どうしたんだよ。言い淀むようなことでもあるのか?」
「アーネストくん。落ち着いて真実を受け止めてくださいね」
「……」
その問いに俺は声を出すことなく、ただ頷く。
「その頷きは了承したと受け取りますよ。ではこちらへ……」
そして俺はスヴェンさんに奥の部屋に案内される。
その間、パーシスさんには悪いけれど待ってもらうことにした。
奥の廊下を歩き、そしてスヴェンさんに招かれ扉の中を見る。
すると、そこには一人の青い長髪の女性が窓の外を眺めていた。
知らない女性がいたことに戸惑い、つい目を逸らしてしまう。
そんな俺を見てスヴェンさんは声を低くして言った。
「目を逸らしてはいけませんよ、アーネストくん」
「何言ってるんだよ。あの女の子は誰だ。フィリアなんてどこにも……」
言いながら恐る恐る部屋の中を見る。そこで俺の言葉は途切れてしまった。
そこにいた女性は俺たちの方に振り返っていた。
その人は俺の知らない人なんかじゃなかった。
彼女は間違いなく――
「フィリア、なのか?」
そこにいたのは間違いなくあのフィリアだった。
けれどまるで別人のようだった。
最後に会ったあの日までのような透き通る銀色の髪は海にように神秘的な青色に変化していた。
肩口までの長さだったのに、今では腰の付近まで長くなっていた。その姿はまるで、どこかで見たようなおとぎ話に出てくる精霊のようだった。
まさか、これが答えだって言うのか?
今このウルクスを取り巻いている異変が俺たちの求めていた答えへの道なのか?
だとしたら、あまりにも残酷だ。
「――その髪、どうしたんだよ」
戸惑う俺をよそに照れくさそうにはにかむフィリア。
「……えへへ。気づいたらこんなのになっちゃってた。わたしもびっくりしてる」
そんな、そんなことってないだろ。
フィリアを救う手掛かりをまだ見つけられてないっていうのに。
「ごめん、フィリア。俺、何も出来なかった。あんたのために全てを賭けるって決めておきながら結局はこのザマだ」
もしかして手遅れなのか。
まさかここでゲームオーバーだっていうのか。
俺はフィリアを助けるために全てを賭けてきたっていうのに。
「そんなことはないよ。進展はあったじゃない。アーネストはわたしをここに連れてきてくれた。それだけでも大きな一歩なんだよ」
「一歩って、それは俺が自分の手でつかみとったものじゃない。この状況が自然と答えに導いてくれたに過ぎないんだ」
「――ねえ、アーネスト」
優しく俺に語り掛け近づいてくると、ひらりと髪を靡かせる。
「この髪、変かな?」
この状況にはそぐわない気の抜けた質問に呆気に取られる。しかし、それはフィリアが俺を気遣ってのものだってこともすぐに理解出来た。
彼女の表情がいつものような無邪気なそれでなく不安に満ちたものになっていたからだ。
フィリアを見た瞬間に悲壮に満ちた思考に陥ってしまった自分があまりにも不甲斐ない。
「そんなこと、変なんかじゃないよ」
変だって? そんなわけがない。
むしろそれは綺麗だった。心が奪われるかと思ったほどに魅惑的だった。
「一瞬どこかのお姫様かと思った」
「それ、むしろ変って言ってるのと一緒じゃない」
そう言いながら、さっきとは違う暖かな微笑みを浮かべてくれた。
「安心した。アーネストがそう言ってくれて。それに安心して。わたしはまだ動けるから。もう体調に不備はないよ」
「そっか。それは良かったと思っておくよ。けれどそれがこの前に電話で言ってた『霊獣化』なんだな。目にしたのはあの日以来だけれど、あんたの身体に何が起こったんだ?」
「よく分からない。自分でも確信は持てないんだ。けれど心当たりはある。多分だけど同じ属性の至宝に近づきすぎたんだよ、あの時にきっと。そのせいでこの能力者の身体が反応しているんだと思う」
「あの時。……ティアを雪山に探しに行った時か」
ああ、そうか。どおりで見覚えがあるはずだ。
今のフィリアはあの時俺を助けてくれた蒼き精霊に酷似していたのだ。
「そうか。やっぱりここにあるんだ。フィリアを救う手がかりが。フィリアを不安に陥れる根源がここに」
「またわたしを救うことでも考えてる?」
「考えてるよ。そんな姿を見せられたら嫌でも考えてしまう」
「ふふ、ありがとうアーネスト。こんな時でもわたしのことを考えてくれて。
けれど、今はその時じゃないでしょ。このタイミングでここに来たってことはそれなりの危機に瀕しているってことだよね」
「そのとおりだ。フィリアは外の様子は分かるよな」
「うん。ずっと窓の外を見てたから」
「それに加えてなんだけど。ベガの魔術師たちがアルタイルに攻め込んできたんだ。ジンさんたちやシェリーが対抗してるけれどどこまでもつか」
「そんな。じゃあパーシスさんたちは? ティアちゃんは大丈夫なの」
「ああ、その二人は大丈夫だ。何とか一緒にここまで逃げてきたから」
「そう、良かった……」
とフィリアは胸を撫で下ろす。
「けど、安心しちゃだめだよね。研究所には二人以外にもいっぱいいたんだから。シェリーさんもクラウスさんも」
「うん。まだ心配事はいっぱいあるんだ。これからどうしていくか考えなくちゃならない。今から俺はスヴェンさんと話し合ってどうするか決めてくるから。フィリアはここにいてくれ」
と、これからどうするかということに話が移ったところでそれは始まった。
ガクンと視界が揺れる。それは一度や二度ではおさまらない。
地震と思えるほどに大きな揺れが起こったのだ。
「――皆さん、外を見てください!」
スヴェンさんの言葉につられ俺たちも窓の外を覗く。
その先はウルクスの中央に位置する場所。
「おいおい、嘘だろ……」
そこにあったのは、あまりにも現実離れした光景だった。
大爆発と共に地面から舞い上がる黒い土と潰れた建物の残骸。
この世全ての生物を威圧するほどの咆哮。
そこから姿を覗かせるのはとてつもなく巨大で全長五百メートル以上はあろう竜の姿をした漆黒の魔物だった。
「ありかよ、あんなの。冗談も大概にしろ。さすがに規格外すぎるだろ!」
驚く俺と言葉を失うフィリア。
しかし俺たちとは違い、スヴェンさんは別の意味で驚いていた。
「あれはまさか――」
「知ってるのか、スヴェンさん」
「ええ。噂で聞いたくらいですが、その特徴はまさにあれそのものです。身の毛もよだつほどの驚異的な体躯はまさに災害の象徴。史上最高峰の使い魔。魔術師オズマ・ブランウェンの操る最強の下僕『グラシャ=ラボラス』です」




