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第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに②

 向かうは研究所三階のあるパーシスさんの研究室。

 ジンさんによると、そこにパーシスさんとティアがいるらしい。

 本格的な実験が始まってからは研究所地下で研究を進めていたらしいのだが、この時間帯だけは念の為にと場所を移していたようだった。

 パーシスさんの研究室は何度か訪ねたことのある場所だったので迷わず一直線に駆ける。

 道中逃げ出した人間大の機械魔獣の群れに出くわしたが、それが妨げになることはない。襲いかかる獣を瞬時に刀で切り伏せるだけだ。

 逃げ惑う人達の叫び声。助けたいのも山々ではある。

 しかし俺が向かう場所への道にいた人達は別として、目に見えない全ての悲鳴に構ってはいられない。

 残酷ではあるけれど助けるべき人の優先順位を間違えてはいけないのだ。

 誰彼構わず助けようとすれば、本当に助けたい人を助けられなくなる。

 数分のうちにパーシスさんの研究室に到着した俺はノックもせずに扉を開いた。


「いるか、パーシスさん!」

「マーベルくん」


 そこにいたのはパーシスさんと、彼女に抱きかかえられたティア。

 ジンさんの言う通りここに二人がいてくれた。

 しかし、この部屋にいたのはその二人だけじゃなかった。

 彼女たちの目の前にはフードをかぶった黒ずくめの人間が二人。

 アルタイルの防衛部隊の魔術師ではない。明らかにこの研究所の者では無い誰かが二人を拘束して連れ去ろうとしていたのだ。

 しかし見覚えはあった。一ヶ月近く前、俺とロゼが戦ったあの黒コートの服装と酷似していたのだ。

 やつらは武器を構えているものの、それはどちらもナイフのような刃物だ。

 たとえパーシスさんたちを襲おうとしても一、二秒のラグはある。

 それ以上は彼らの正体を考察する余裕などない。


「何してやがる、てめぇら――!!」


 相手の事情など知ったことか。

 俺は関係なしに黒コートの男二人を刀で瞬時に両断する。

 飛び散る紅い飛沫。

 ボトリと落ちる肉の塊。

 耳をつんざくほどの断末魔。


「――はぁ、はぁ、はぁ」


 それを見て息が荒くなる。

 彼らは以前の人形とは違い生身の人間だった。

 俺は、俺は……

 考えそうになったところで首を大きく振る。

 それは今考えることじゃない。

 今は彼女たちの無事が優先だ。


「パーシスさん、大丈夫か」


 問いかけるも、彼女は俺を見ずに黒ずくめの人間を見つめたまま呆然と立ち尽くす。心ここにあらずといった表情だった。

 そんな彼女の肩を強く掴む。


「パーシスさん! いま助けに来た。二人とも大丈夫か」

「え、ええ。わたしは大丈夫よ。だけど……」


 そして彼女は抱き抱えるティアを見つめる。

 娘のティア。彼女は意識を失っているのか微動だにしなかった。


「ティア。……この子、無事なのか?」

「ティアは大丈夫よ。今は疲れて眠っているだけ。研究のこともあったから」

「そうか。研究のことってのは今は置いておくとして、今はここから逃げよう。こんな時に研究の成果が、なんて言わないでくれよ。ジンさんも後から追いつくからさ」


 パーシスさんはコクリと頷く。


「だけれど、逃げるってどこに。他の人達はどうするの。一体何が起こっているの?」

「そんなに一度に聞かないでくれ。まずは場所だな。場所はもう決めているんだ。一旦はスヴェンさんのところに行こうと思っている。あそこなら安全だろう。他の人達は……すまない。俺には他の人まで一度に助ける力はないんだ」

「そう。だったら――」

「自分も残るだなんてことも言わないでくれよ。俺だって見捨てるのは嫌だ。

けれど分かってくれ。今確実に守れる目の前の命を見捨てることはもっと嫌なんだ」

「……これも因果応報、か。分かったわよ。ついて行くからちゃんと守りなさいよね。せめてティアだけでも、絶対に」

「ああ、任せろ」


 そうして研究所を脱出した俺たちはアルタイル前の山道を走る。

 背後ではいくつもの爆発音と熱気を伴った爆風が襲いかかる。

 それでも俺たちは振り返らずにただ走り続けた。

 すると背後だけでなく、目前にも変化が起き始める。

 丘の上から見えるウルクスの街全体から青い光の粒子が舞い上がっていくのだ。

 その行く先を辿ってみれば、空を覆い隠す雲の一切が排除され、その代わりにウルクス全体の広さに相当する超巨大魔法陣が展開されている。

 そのあまりの異常さに俺たちはつい足を止めてしまった。


「何よあれは。この街で何が起ころうとしているのよ」

「俺にだって分からないよ。けど、ともかく今は――」


 逃げなければ。

 そう言おうとした時に気付いてしまう。

 俺たちが走ってきたこの一本道の先に大量の魔力の気配があることに。

 耳をすませば、騒音の中からでも微かにガシャガシャといくつもの足音が聞こえてくる。

 次第に姿を表す人間の姿。

 救いの手がやってきた?

 なんて希望があるはずもない。

 奴らは間違いなく俺たちの敵、ベガの教団員だ。押し寄せてくるのは先程倒した黒づくめ人間と同様の姿をした者たち。それも十人や二十人どころの話じゃない。

 百? 二百? いいやそれ以上か。

 数え切れないほどの魔術師がアルタイルに攻め込もうとしているのだ。

 ウルクスの街におりるだけならこの道以外にもいくらでもある。

 整備されていない山道なこともあり危険が伴うが正面突破するくらいなら幾分マシだ。

 だがここで俺が彼女たちと共に逃げたとすればどうなるか。

 もうジンさんや防衛部隊の人たちだけでは対処しきれない。

 この研究所は間違いなくベガに落とされるだろう。


「すまないパーシスさん。話が変わった。俺のことは構わず別の道から逃げてくれ。スヴェンさんの店の場所、あんたも分かるだろ」

「そんな、もしかしてあれに立ち向かうつもり? 無茶よ。勝てっこないわ。あんな数の人が襲ってきたら、何も出来ずに殺されるのが落ちよ」

「分かってる。分かっているさ。けれどここでやらなければ――」

「さっきの言葉はどうしたのよ。目の前の守れる命を助けたいんじゃないの?

そう言ってわたしたちを連れ出したんだから、せめてスヴェンさんの所に行くまでは責任持ちなさいよ……」

「だけど……」


 流石にこれは見逃せないだろ。

 どうすればいいんだ。


「――お困りのようね、二人とも」


 そんな軽い口調で背後からやってきた聞き覚えのある声の持ち主。

 振り返ると、そこには見慣れた黒のドレスを身に纏ったシェリーがいたのだ。


「シェリー、来てくれたのか」


 その姿を見て、つい強張った頬が緩んでしまう。


「ええ、今の時点ですでに乗り込んできているベガの連中はアルタイルの防衛部隊の力だけで何とかなりそうだったからね。オズマは別だけど。ところであれ、どうしようと思っていたの?」

「あいつら全員をここで足止めしようとしていた。あんな数の魔術師に攻め込まれたら今度こそここは終わりだ」

「そう、わたしと同じこと考えてたってことか」

「いいや、シェリー。たぶん微妙に違うよ」

「え?」


 首を傾げるシェリーに俺は肩を叩く。


「シェリー、ここは任せた。俺はパーシスさんとティアを逃がさなければいけないんだ。だからここはあんた一人で対処してくれ。あんたならできるだろ」

「は? なんでわたしがひとりで相手しないといけないのよ。やになっちゃうね。どうしてわたしなんだか。信用してくれるのは嬉しいけどさ。ちょ~っとハードすぎないかなぁ、これはさ」


 やはり請け負ってはくれないのだろうか。

 さすがに無理な頼みだってことは分かっていた。

 だとしたらその逆だ。

 俺が残ってシェリーにパーシスさんたちを任せれば――

 そんなことを考えていた時、不意に俺の背中に軽い衝撃が走る。

 パシンとシェリーが俺の背中を押すように俺を叩いたのだった。


「シェリー?」

「けど、やってやるわよ。久々に手応えのありそうな防衛戦だし。やり遂げてやろうじゃないの。だから守ってやりなさいな。そう頼まれたんでしょ」

「――あ……」

「何惚けてんのよ。そんなに意外だった? ほら、行った行った。あいつら来ちゃうじゃないの。それにわたしの戦闘の邪魔よ。アーネストは知っているわよね。わたしが本気を出したらどうなるか」


 そしてシェリーは俺たちの前に出て両腕を突き出す。


「顕現せよ、我が神器。炎の魔術の真髄、とくとご覧あれ」


 轟、と紅い炎で燃え上がる彼女の両手。

 彼女がもっとも信頼する武器『神器・朱雀炎銃』を顕現させるつもりなのだ。


「ああ、知ってるさ。それを使えるあんたはこの世で一番強い炎の魔術師だよ。シェリーまた後で会おう。先に行ってるから」

「はいはい、また後でね」


 そう軽く言って手を振る。

 その後ろ姿を目に焼き付け、俺はパーシスさんを連れて脇の山道へと進んでいった。

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