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第五話 禁術開始・魔導の神髄よここに①

 あれから一週間が経ち、ついにやってきたオズマたち魔術教団ベガとの最終協議の日。

 俺は会議室の外で待機をしていた。

 中にいるのはアルタイルの所長であるジンさんとその部下二人、ベガの総帥であるオズマとその右腕が一人。

 会議室の中で所長たちを護衛出来れば良かったのだが、戦闘能力が高い者を同行させると相手に警戒されかねないとふんだ所長の言葉があったのだ。

 最もたる理由付けをしてるが、所詮俺は部外者。

 一ヶ月間お世話になったところで研究所の真実を明かすにはおよばないのだろう。と勝手に解釈している。

 一ヶ月間をここで過ごしてなにか見えたかと問われれば、結局重要なところまでは潜り込めずにいる。

 能力開発とは何なのか。何を目的として研究しているのか。

 そして、『アルタイル』はその先のどこに向かっているのか。

 パーシスさんの事情などを聞いてきたもののティアに関係することだけで、結局『アルタイル』の真理には至らないまま。

 研究のレベルも今のところは過去に何度も見てきたものに類似する。

 このままでは俺がここに来た目的であるフィリアの救済には至れない。

 そろそろここで過ごすことに見切りをつけるべきなのだろうか。

 そう思えるほどに進展はなかったのだ。

 ……いいや、進展はあったか。

 ある一点において、俺は幸運だと感じていた。

 良くも悪くも俺は隣に立つこの男と出会ったことで自己の評価を見直すことになったのだから。

 協議が始まってから一時間半は経過したか。

 扉一枚隔てた向こう側で頭脳戦が繰り広げられているのだろうが、中は異様なくらいに静かで騒音のひとつもしない。

 穏便に話が進んでいるからだろうか。

 このままいざこざなく決着が着いてくれればいいのだけれど。

 そんな様子を見守る俺と同じようにベガ側の人間がひとり、この空間で彼らの決着を待っていた。

 ロゼ・フェイズ。

 例え立場が異なろうとも俺が唯一の好敵手と言える存在。

 そんな彼は、今はベガの人間として敵対するためにやってきた身。

 以前とは打って変わって、気軽に俺に話しかけて来ようとはしなかった。

 腕を組んで目を瞑り一見隙だらけのようであるが、しかし周りへの魔力放出で警戒の一切を怠らない。

 今のロゼは俺の行動はもちろんのこと、例えこの建物の外で何かが起ころうともそれを察知できるだろう。

 不用意に近づいて反撃でもされたらたまったものじゃない。

 ここは俺も黙って過ごすことにしよう。

 もし話しかけれらたら、その時は快く応えればいい。

 そう考えてからさらに三十分。

 ここでやっと話が動き出しそうな気配がした。

 会議室の中からガラッと椅子を引きずるような音がしたのだ。

 ということはアルタイルかベガのどちらかが席を立ったということだ。

 それと同時に固く閉ざされていたロゼの口が開かれる。


「――そろそろ決着がつきそうだね。それじゃあ僕はそろそろ退席させてもらうよ。巻き込まれたくはないからね」


 言ってロゼはこの場を立ち去ろうと歩を進める。

 俺はその背中に問いかける。


「巻き込まれる? どういうことだよ、それは」


 その質問に対してロゼは振り向くことなく、答えることもなく。


「次に会った時は今度こそ敵同士だ。さようなら、アーネスト。今まで楽しかったよ」


 ただそう警告するだけだった。

 なんだって言うんだ。勝手に言うだけ言って去っていくなんて。

 そう思うだけで俺はロゼを引き止めることができなかった。

 あの日の夜にできた溝は俺にとって崖に見えるくらいに深いものだったのだ。

 声をかけるということそのものが躊躇われてしまうくらいに。

 しかしながらロゼがああいうからにはこの協議も終わりを迎えるのだろう。

 俺自身に確信はないけれどロゼは確信を持ってそう言った。

 とすれば数秒も経たないうちに何かしらの反応が見られるはずだ。

 この閉ざされた扉がガチャっと開かれてジンさんの部下のひとりが顔を出す。

 このまま中にいる全員が続けて出てくるのだろうと、そう思えた。


「――至宝の巫女は渡さない、と。猶予期間を経てもなお、答えは変わりませんか。

実に残念で仕方がありませんな。それではこちらもそれ相応の行動に移させてもらいましょう」


 荘厳たるその重い声色。それが合図だった。

 ――瞬間、扉の奥から強烈な爆発音が鳴り響いた。

 扉は破壊され、その衝撃により弾き飛ばされる。

 元々扉があった場所から黒煙が漏れてくる。

 壁に叩きつけられた扉はまるで水泡のように容易く弾け飛んだ。

 所長の部下の一人も扉同様弾き飛ばされ、扉の破片が突き刺さり大量の血液を放出していた。

 ピクリとも動かないその身体は既に死していてもおかしくはないほどのものだった。

 考えるよりも先に身体は動き負傷した彼のもとに駆けつけ、即座に礼装を用いた治癒魔術をかける。しかし、何も変わらない。

 俺の治癒魔術はあくまで人間本来の特性である自然治癒力を大幅に活性化させるもの。決して万能の回復薬ではない。

 この魔術が働かない状況。つまりはこういうことだ。

 彼の命はとうに尽きていたということに他ならない。


「何が起こったっていうんだよ。どういうことだよこれは!」


 突然過ぎて理解ができない。

 黒煙が流れてくる会議室を見る。

 そこには轟轟と炎が立ち上り、その中央で二人の人間が対峙していた。

 薄緑色の魔力の渦を纏った大剣を携えるアルタイル所長のジンさん。

 黒き暗闇の波動をその身に纏うベガ総帥のオズマ。

 互いの魔力がぶつかり合い、その威圧は周りの全てを押し潰そうとしていた。

 会議室にいた他の人はどちらも意識を失い倒れていた。

 一瞬で恐怖の色に染められる。魔術学院で教えている護身術も戦闘技術もこんな規格外の存在相手にはどうしようもない。

 それでも幸いと言ったところか。俺の身体はまだ動いてくれるらしい。

 この状況を打開できるとは思えない。

 それでも見捨てるなんて到底できやしない。

 すぐにでもジンさんを助けに駆けようとする。

 しかし、状況は俺たちを待ってはくれない。

 研究所のどこかからまたもや爆発音が鳴り響く。

 続けて響く獣のような唸り声。

 聞き覚えがあるあの巨大な機械魔獣の咆哮だった。


「すまないねアーネストくん。交渉は決裂だ。不甲斐ないことに彼らの暴走を抑えることは出来なかったらしい」

「でしたらジンさん――」


 俺も助太刀に入ります。

 そう言おうとした時だった。


「ここは私一人に任せてほしい」


 何が一人で十分だよ。せいぜい足止めが関の山だろ。


「ですけど、ですけど……」

「それでも私を助けたいと言うのなら、代わりに妻と娘を頼む。彼が狙っているのはティアだ。至宝の巫女と気の狂ったことを言っているがね。それに、このあとすぐベガの教団員が乗り込んでくるらしい。機械魔獣の檻にも仕掛けをされていたようだ。

もうここに安全なところはないかもしれない」


 その言葉を証明するかのように、予備動作なくオズマの腕から浮き出た人間大の獣の首。その口から黒き弾丸が俺に目掛けて射出される。予想出来なかったその驚異に俺の思考は追いつかず、もちろん身体を動かすこともままならなかった。


「――!」


 しかし、それが俺に直撃することはなかった。

 弾丸が射出される瞬間、さっきまで会議室の中央にいたはずのジンさんが突然俺の目の前に現れたのだ。

 それが単純な高速での移動なのか、それとも転移の魔術でも使ったのか、判別はつかなかった。

 それでもこれだけは間違いない。黒き弾丸が俺に直撃しようとするその刹那、ジンさんが手にする大剣で叩き落としたということは。

 その一瞬の出来事に呆気に取られてしまった。


「ジン、さん……」

「何か助けになりたいという気持ちは理解はできるよ。だが今ここで消える人間が私一人なのか。それとも君を含む二人なのか。その差はあまりにも大きい。分かるね」


 逆にオズマはその一連の流れを目にした上で哄笑する。


「見事だ、アルタイル所長。褒美として納得するまで話し合う時間を与えようじゃないか。私は待ってあげるよ。アーネスト・マーベルくんがここにいようといまいと関係はないからね。私たちの準備は既に完了している。さて、君が渋っているその間に、果たしてどれだけの人間が消えていくかな?」


 その言葉の意味が俺には判断しかねたが、目の前のジンさんは悲痛な表情を浮かべていた。


「アーネストくん。オズマの言うように君はこの場には不要だ。ただし、私の場合は意味が少し違うかな。あの化物には及ばないものの君の実力は本物だ。それは認めている」


 ふう、とジンさんは嘆息して無理やりにでも表情を和らげようとしていた。


「……ふふ。ティアはとても君に懐いているようだね。またあの子に会って安心させてあげてくれないか」


 そして彼女たちの居場所を耳打ちする。


「――くっ……」


 ずるいですよ。そんなことを言うなんて。

 こんな時にまで穏やかな表情を向けてくるなんて。

 これじゃあ行くしかないじゃないか。


「分かりました。分かりましたよ。あの人たちを助けに行けばいいんでしょ。そうしますよ。だからジンさんも後から追いかけてきてくださいよ。絶対ですからね」

「ああ、絶対だ。約束しよう」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はジンさんに背中を押されるようにして会議室から走り去る。

 背後で炸裂する爆風にも轟音にも怯まないで廊下を駆け抜けた。

 決して逃走などではない、誰かを救うという確かな決意を持って。

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