第四話 それぞれの信じる道へ……③
次の日の夕方。
俺は研究所の電話でスヴェンさんの家にいるフィリアと話をすることにした。
「フィリア。調子はどうだ?」
「うん。今は大丈夫だよ。ちょっとした運動くらいなら問題ないと思う」
「そっか。それは良かったよ。それにしても心配したんだからな。フィリアがスヴェンさんのところに行ってから今まで全然声を聞けなかったんだから。会いに行こうとしてもスヴェンさんに止められたし」
「あ、そうだったの? 止められてたのは知らなかったな。ごめんね、心配かけて」
「いいんだよ。こうして声が聞けただけでも嬉しいよ」
「ふふ、ありがとね。――あ、そうだ。わたしがいない間、そっちはどう? 何か面白いことでもあった?」
「面白いこと? そうだな……ああ、そうだ。そういえばさ、パーシスさん。あのライアット・ドラグネスを完全に修復させたんだよ」
「ほんとに!? あれってアーネストが破壊した機械獣だよね」
「そう、それ。しかも新しい機能を加えたらしくてさ。何かは教えてもらえなかったんだけれど、今度こそ俺を倒すって意気込んでたよ」
「アーネスト対策に何かしたのかな」
「多分何かしてるだろうな。流石にやめてほしいね。あの時の状態でも十分凄かったのにさ。そんなこともあって今度もう一度手合わせすることになったんだ」
「はは、またやるんだ。それじゃあ今度は刀でも使っちゃう?」
「そのつもりにしてる。パーシスさんにも本気で来いって言われてるし、それに乗ってみるのも悪くないかなって思ってるよ」
「そうなんだ。だったら久々に見てみたいな、アーネストの本気」
「だったら見に来なよ。やるのは明後日だからさ。体調が良くなってればの話だけれどな」
「うん。楽しみにしてる。――話は変わるけど、シェリーさん今はどうしてる?」
「シェリーか? あいつはな……ふふっ」
「え? なんで笑ったの?」
「ああ、それがさ。面白いことに喫茶店でバイトしてるんだよ」
「クスッ、バイトって。何それ、おかしい」
「だろ。昨日クラウスさんの自前のワインをこっそり持ち出して飲んじゃったんだよ。まあ、俺も知らず知らずのうちに飲まされたんだけどさ。すごく焦ったんだけど、結局シェリーだけがクラウスさんに怒られてさ。最終協議の日まで毎日お詫びとして働くことになったんだよね」
「そうなんだ。アーネストも災難だね。これは自業自得でしょ。いい薬になったんじゃない」
「そうだといいけどな。けど、そのおかげでいいものが見れたんだよ」
「いいもの?」
「シェリーのやつ、珍しく黒のドレスじゃなくて白のエプロン姿だったんだ。いつものイメージが黒一色だから似合わなすぎて面白かったよ」
「うわー見たかったな、それ。写真に撮ったりしてる?」
「いや、突然の事だったからしてないよ。カメラも持ってなかったし」
「じゃあ撮って見せてよ。すごく興味ある」
「了解だ。今日はもう終わってるだろうから、明日喫茶店によって撮ってくるよ」
「ふふ、待ち遠しいな」
「はは、この調子だともう近いうちにこっちに戻って来れるんじゃないか? とは言っても一週間もしないうちに最終協議の日が来てしまうんだけどね。けどフィリアがいるだけでも状況は変わるだろうしさ、俺はこっちで待ってるよ」
「……」
何故かフィリアは言葉を詰まらせる。
俺の言葉に対する答えが一向に返ってこない。
「フィリア?」
「だと良かったんだけど。そう上手くはいかないみたいなんだよね。スヴェンからは家から出ずに安静にしてるようにって今も言われてるから」
「安静に? フィリアの風邪、そんなに酷いものだったのか? もしかして別の病気にかかってたんじゃ……」
「ううん。そうじゃないの。ていうか、あれ風邪でも病気でもなかったみたい」
「病気じゃないって、それじゃあフィリアの体調不良ってなんだったんだよ」
「……」
「えっと、もしかして言い難いこと?」
「…………」
「あー、ごめん。無理して言わなくてもいいよ。隠したいことは誰だってあるよな。俺だってあるし。すまんすまん。けどスヴェンさんが安静にって言うんだったら仕方ないよ。こっちは俺一人で何とかするから、フィリアはゆっくり――」
しかし、そこまで話したところで俺の言葉はフィリアに遮られる。
「――霊獣化」
「え?」
「また始まっちゃったみたい」
「ちょっと待て、今なんて言った」
「だから、霊獣化だよ。わたしを取り込もうとする至宝の力が加速してるみたい」
「……嘘、だろ」
「そんなタチの悪い嘘はつかないよ。今度は危険かもって」
「そんな……」
「わたしも迂闊だった。あそこが至宝の眠る神殿だったことは何となく分かってはいたけれど、まさか近づいただけでここまで悪化するなんて」
「フィリア、今からそっちに行く。待ってろ。場合によってはすぐにここを離れる」
「ダメだよ、せっかく研究所の人達の信用を得られたんだから。ここで放り出したら元も子もないじゃない」
「だけど――」
「心配してくれてありがとう。けど明日明後日で死ぬわけじゃないんだから。こっちにはスヴェンもいるから大丈夫だよ」
「……そう、か」
そんなこと言われたって、正直俺の気持ちは治まらない。
今のフィリアは精神的にとても辛い局面にあるんだ。
何か。何かないのか。
フィリアに言ってやれる言葉は。
今この瞬間にフィリアに少しでも安らぎを与えられる言葉は何かないのか。
『例えばそう。君の力で至宝に連なる者たちを、手始めにこのアルタイルの人間全てを殺害して回ればいい。結果、至宝は起動せず彼女が身体的不自由に苛まれることもなくなる。ほら簡単じゃないか』
……やっぱり、違うんだよな。
俺ってどこまで行っても、やっぱり甘いんだよ。
ロゼ、ごめんよ。あんたの言ったことは確かに一理あるよ。
けれど、俺は違う道を選ばせてもらう。
最後まで希望を捨てずにもがいてやるよ。
だから、俺はこう言うんだ。
「じゃあさ、フィリア。この仕事が終わったらとびっきりおいしいものを食べに行こう」
「え? なんでそうなるの?」
「だってあんた食べるの好きだろ。スイーツとかよく食べるし。この前クラウスさんのスイーツ食べてすごく喜んでたし」
「――、くすっ」
「おいおい、そこ笑うところか?」
「それと食べるのが好きって、どうしてつながるのさ」
「えっと、違った?」
「全く違うことはないけれど、それでも一足飛びすぎ。ちょっとびっくりしちゃった」
「確かに、言った俺でもそう思うよ。けれどさ、よく言うだろ。何か一つの目標やその先に待つ楽しみを持っていれば、それを手にするためにいつも以上の力が出せるって。単なる気休めかもしれないけれど、しないよりはマシだと思うんだ。だから、約束。一つだけでもしておこう」
「……うん、そうだね。約束だよ。アーネストのとっておきのところに連れて行ってね」
「ああ、楽しみにして待ってろ。だから絶対に無理するんじゃないぞ」
「うん」
「――あ、ごめんアーネスト。スヴェンに呼ばれちゃった」
「いいって、気にするな。行ってやりなよ」
「うん。じゃあまたね、アーネスト」
「ああ。またな、フィリア」
◇
翌日、早朝。
念の為、というか無性に気になって精霊に案内された山奥の洞窟に向かった。
あの後から一度も見ることのなかった蒼く輝く神殿の様子を確かめようとしたのだ。
もし仮にあれが至宝だと言うのなら、破壊することでフィリアを取り込もうとする力が失われるはずだ。
安直な考えかもしれないが、前例が何一つ無いのだ。であれば試せることは試したい。結果無意味なものになったとしても、やらないよりはマシだ。
――しかし、
「どうなってるんだよ、これは……」
洞窟の最奥で目にした光景。
あの日確かに目にしたはずの蒼く輝く神殿。
それがまるで空間ごと切り離されたかのように、消滅していたのだった。




