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第四話 それぞれの信じる道へ……②

 さっきの出来事を何度も何度も頭の中で反芻する。

 その度に心臓付近に襲い掛かる苦しさで息が荒くなる。

 焦燥感からか体温も妙に高くなって、嫌な汗が流れる感覚がした。

 こんな感情は初めてだった。

 いままで同じような意見を言われたことはいくらでもあった。

 けれど今回は違う。

 それは何故? 何故ここまで胸が苦しいんだ。


「――何やってるんだよ、俺」


 自室に帰ることもなく、俯きながらどこに行くこともなく歩いていた。

 暗がりの廊下の先に薄っすらと橙色の灯を目にする。

 気が付けば無意識のうちに喫茶店まで歩いてきてしまったらしい。

 時間にしたら夜の十時半。喫茶店なんてもうとっくにしまっている時間だ。

 それなのに奥からは人の気配がする。

 電灯の消し忘れか、それとも店員さんが作業中なのか。理由は分からないが、なんとなく確かめておいた方がいいと思い喫茶店の中に入る。

 そして一か所だけ電灯がついていたカウンター席を見てみると、確かにそこには人がいた。

 真っ黒なドレスを身に纏った頬杖をつく女性の姿。

 近づいて確かめてみるとそれはシェリーだった。


「……シェリー、こんなところで何してるんだよ」


 その俺の声に気付いて振り向いたシェリー。


「あんたこそ。こんな時間に何してんのさ」


 その目はとろんと微睡んでいて頬は紅く火照っていた。


「ちなみにわたしはちょっとした気分転換よ。わたし宛に届け物があってね」


 テーブルに置かれた数本のワインを見るに軽く酔っているらしい。


「ほどほどにしなよ。明日休日じゃないんだからさ。……あれ、その写真」


 よく見ると、彼女が手にしていたのはグラスではなく二人の子供が写っている写真だった。


「これ? ふふ、わたしの可愛い子供たちよ。ロイドとエレナ。二人とも今もとてもいい子なのよ」

「へー、あの子たちか。こんなに大きくなったんだな。ティアより少し大きいくらいか。でもこれどうしたんだよ。あんたここ最近はあの子たちの所に帰ってないんだろ」

「ええ、そうよ。だからなんだろうけど友達から手紙が届いてね。早く帰ってこいって」

「そりゃもっともだ。あんたさ、いい加減あの子たちに顔見せに行ってやりなよ。寂しがってるだろ」

「そうしたいのも山々だけれどね。知ってるでしょ、わたしにかけられた呪い。あの子たちに近づいた瞬間、わたしの身体は燃え上がり灰と化すわ」

「……そうだったな。ごめん」

「あんたが謝ることじゃないわよ。ドミニクさんのこともわたしが贖うべき罪なのよ。それにこの話はもう終わったこと。今となってはどうしようもないことだし、今この件で関わってくることもない。一旦は忘れなさいな」

「……」


 そうだ。彼女は彼女で地獄のような過去を持っている。シェリーと比べれば俺なんて取るに足りないものかもしれないくらいのもの。彼女の魔術はこの世全ての魔術と比較してもなお上をいく秘術だ。


『輪廻転生の焔』


 過去の自分へ意識を埋め込む禁断属性『時』の魔術。愛する者を、夫であるドミニクさんを死の運命から逃れさせるために彼女は何度も過去へ戻り、事実の改変を行った。

 何度も何度も心が擦り切れそうになるくらいの繰り返し。それでも、いずれ必ず突破口が見つかるはずだと。そう信じて。

 しかし、その結果得たものは最初の時間と同じ愛する者の死。この世に生きるものである限り、たとえ時間を巻き戻そうとも運命には抗えないことを突きつけられただけだった。

 過去は決して変えることの出来ない世界そのものの記録なのだ。

 だからこそ彼女は誰よりも人生の選択の恐ろしさを理解していた。

 だからこそ彼女はどのようなことにも決して後悔しないよう、生き抜くことに執着を持つ魔術師と成ったのだ。

 と思い返しては見たものの、それが今の問題に関わってくるかと聞かれれば間違いなく『ない』の一択だろう。

 話を広げる意味も見当たらない。

 だからこそ、俺はこれ以上の詮索をするつもりもなかった。

 写真のことについても同じだ。シェリーが話してこないのなら、俺から振る理由はどこにもない。

 と、俺が何も話さずにいるとシェリーの方から俺に話題を振ってきた。


「そうだ。さっきさ、ロゼにあんたがどこにいるか聞かれたんだけど。ちゃんと会えた?」

「ああ、会えたよ。最後にいろいろ話ができた」

「最後?」

「明日には引き上げる予定だったらしいんだ。けどあいつ、こんな時間なのにもうこの研究所を出ていったらしい」

「そう。フィリアちゃんもスヴェンさんのところに行っちゃったし、寂しくなるわね」

「そうだな……」

「どうしちゃったのよ、そんな深刻そうな顔をして。あんた、なにか嫌なことでもあった?」

「まあね。ちょっとだけやられたって感じたよ」

「ふーん。そのこと、わたしに話してみなよ。今なら酔ってるからあんたの悩みを最後まで聞くかもよ」

「なんだよそれ、普通逆じゃないのか」


 と茶化しはするものの、シェリーの言葉は意外と本気のようで俺が話し始めるのを待っていた。

 まるで子供の話を聞いてあげる親のような穏やかな表情でいて、こっちが恥ずかしくなり目を逸らしてしまう。

 けれど、せっかくなら話を聞いてもらうくらいはいいんじゃないか。

 そう思いシェリーの隣に座ることにした。


「……シェリーはさ、レイベルって街のこと知ってる?」

「レイベル? その名前って確か原因不明の災害で廃村になったところだったかな」

「ああ、そうだ。けどその実態は至宝を解き放つために行われた儀式によって殺された街だったんだ」


 言った瞬間、シェリーは眉をひそめた。


「あー、疑問はあるんだけど今は置いておくわ。それで、その話がどう繋がってくるんだい?」

「ロゼ、あいつだよ。あいつはその街の唯一の生き残り。そして至宝を解き放ったおそらく唯一の魔術師だったんだよ」


 そうして、俺はロゼとの会話をシェリーに話した。

 ロゼが話してくれた過去の出来事もすべてをシェリーに打ち明ける。

 話し終わった時、改めてその事実が俺の過去に似ていることで親近感でも嫌悪感でもない不思議な気分が沸き上がる。


「俺さ、あいつの言ったことにすぐ反論できなかった。俺の今までの人生が本当に正しかったのか分からなくなってしまった。俺はあいつの生きてきた道がうらやましいと思ってしまった。世界の全てを投げうってでも大切な人を救おうとしているその姿が眩しいとさえ思ってしまったんだ。俺の今までの生き方、本当に正しかったのかな……」


 すると、シェリーは「ふふ」と微笑む。


「おかしかったか?」

「おかしくはないよ。けど、なんだか不自然ね。あとは意表は付かれたって感じかな。わたし、あんたのことをもっと鉄のように意志の強いやつかと思ってた」

「そうだったのか。だったら今の俺を見て幻滅した?」

「ううん、むしろ安心した。あんたも人間らしいところがあったんだなってさ。今更? って言われそうだけど」


 そして、シェリーは一口ワインを飲む。


「ねえ、アーネスト。さっきの話さ、あんたの感じてることは理解できるよ。人は誰だって自分と違う生き物に憧れるんだ。だからこそ、他人のことを理解しようとして

自分の理想と関連付けようとする。より良い未来を創造しようとする。それは人として自然に考えてしまうものさ。無理もない。

 けれど一つだけ言わせてもらえれば、今のあんたのそれは憧れなんて大層なモノじゃない。今のあんたが持っている感情はただの『無いものねだり』だよ。自分が不幸なんじゃないかと思っているから出てしまうただの嫉妬だね。たぶんだけど、ロゼも同じような感情を持っていたんだろうさ。自分と同じような地獄を見てきたのに、自分とは全く違う理想を掲げている。だからあんたと同じように相手を見て憧れを持ったし、逆に自分が信じてきた理想との乖離に怒りを覚えた。だからこそ、ロゼはあんたの前であんな行動を起こしたんでしょうね。自分の今までの行いは正しいものだったんだと言い聞かすために。

 ねえ、アーネスト。あんたは今までの自分の行いに、フィリアちゃんのために努力してきたことに後悔してる?」


 シェリーは優しい口調のまま問いかけてくる。

 今までの過去の行いを思い返す。確かに苦しいことはあったし、何でこんなんことをしてるんだろうって思いもしたことはある。

 けれど、そんな一時の感情で止めることができるようなことではないのだ。

 その問いに、俺は首を振る。


「そんなことはないさ。俺は自分の目的には誇りを持っているし、変えようとも思っていない。これからも俺はフィリアのために生きていくことだろうさ」

「そう。だったらいいじゃないの、それで。いつもみたいに自分の行動に自信を持ちなさいな。情熱的すぎない? って思いもするけれど、決して間違っちゃいないんだから。それに今度ロゼに会ったら言ってやればいいさ。俺は俺だ、あんたとは違う、ってね」


 そう、うっすらと紅く染めたままの顔で魅惑的に微笑むのだった。

 その姿を見たとき、心臓の猛りも消え去っていたことに気付いた。

 さっきまで失いかけていた平常心を徐々に取り戻せてきていることを実感する。


「シェリー、ありがとう。おかげで気分を切り替えられそうだ」


 自然と口元が緩む。

 気持ちに余裕も出てくるとこの場のおかしな事実にも気が付いてしまう。

 ワインボトルのラベルを見ると、それは結構な高級品でこの喫茶店には置かれていないものだった。

 そもそもこの喫茶店にワインは置かれていなかったはずだ。


「このワイン、もしかしてシェリーの私物か?」

「ふふふ、気づいた? アーネストも飲んじゃう?」

「そうだな。せっかくだし頂こうか」


 言ってグラスを用意し、複数あるうちの一つのボトルを開けて中身を注ぐ。

 それを口に含んでみると、同時に甘い香りと今までに味わったことのないおいしさが舌を覆いつくす。


「すごいな、これ……」

「ふふ、おいしいでしょ。わたしも初めて飲んだけど驚いたわ。実はこれだけクラウスさんの私物なのよ。明日、勝手にもらったこと謝りに行かなきゃね」

「……はい?」

「明日の喫茶店開店時間に合わせてここに集合ね」

「――ッ!?」


 嘘だろシェリー。これあんたのじゃないのかよ。

 そうだったら先に言ってくれよな。絶対飲まなかったのに。

 なんとも言えない気分でシェリーを見る。

 そこにあったのは先ほどまでの優しい穏やかな表情ではなく、悪戯っ子のような無邪気な笑顔を浮かべていた。


「同じ師の下で修業した身。堕ちる時は一緒よ」

「ふざけるなよ、ちくしょー!!」


 そんな感じで今日の夜は終わっていくのだった。

 明日からまた気分を入れ替えて、改めて本来の目的のために動き始めよう。

 結局俺にはそれだけしかできないのだから。これが間違いなのだと突きつけられることがない限り、俺は全力でこの道を突き抜けよう。

 自分の行いは正しかったのだと、そう信じて。

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