第三話 幸せの宝石・繋がる絆の形⑦
それからどのくらい時間が経ったのだろう。
何時間も経っているのか。それとも数分しか経っていないのか。
俺には判らなかった。
その間、精霊に近づいては離れられ、近づいては離れられ。
それを何度繰り返したことだろう。
流石に体力が持ちそうにない。
そう思って数分たってからのことだ。
「なんだ。あれは」
精霊のいる更に向こう。蒼い光が微かに見えた。
気のせいかと思ってしまいそうなくらい、微かな光。
しかしそれが消えることはない。
精霊は俺をその光へ導くように進んで行く。
俺もそれにゆっくりと、倒れてしまわないようについていく。
「――ここは……」
そしてたどり着いたのは洞窟の入口らしき岩壁の裂け目。
大人の人間が一人ずつしか通れないくらいの小さな通路があった。
あの蒼い光はこの先から輝いているようだ。
精霊に続いて奥に進んで行くと広い空間に出る。
「――あ……」
俺は言葉を失った。絶句させられた。
その空間の最奥にはこの場所の核とも言えるような神殿が存在していたのだ。
しかし、それだけなら絶句なんてしない。
その神殿は蒼く妖しく輝いていたのだ。
つまりこれが光の正体だったということか。そして光を放つと同時に意味のわからない文字をまわりに浮かび上がらせていた。
一体これはなんだというのか。
呆気にとられている俺の目の前に精霊が移動してくる。
そして、何かを指差した。
それにつられて、次はなんだと視線がその先に移る。
するとそこには――
「――、おいおい嘘だろ。フィリア、ティアちゃん!」
そばの大きな岩に背を預けて動かないフィリアとその腕に抱かれたティアちゃんがそこにいたのだ。
走って駆け寄る。自分の体力なんて関係ない。
少しでも早く二人の安否を確かめたかった。
「フィリア、ティアちゃん! 大丈夫か!」
「アーネスト?」
と反応があったのはフィリアの方だ。
ティアちゃんもすぅすぅと、微弱であるがしっかりと息をしていた。
所々に怪我を負ってはいるものの、二人とも無事に生きているようだ。
「ああ、アーネストだ。助けに来たぞ、もう大丈夫だ」
「ふふ、ありがとう。まるで正義のヒーローみたいだね。もうダメだと思ってたから嬉しいよ」
すると、フィリアはコクリと頭を揺らす。
「アーネスト。ティアちゃんの……こと、なんだけど」
「ティアちゃんがどうした。どこか怪我してるのか?」
「ううん。そうじゃないの。そうじゃなくて、わたしそろそろおちそうだから、後のことよろしくね。あんまり、怒っちゃ……ダメだから、ね……」
言うと、ついにフィリアは力尽き眠ってしまった。
今まで辛かったろうに、
ティアちゃんを守るためにずっと辺りを見張っていたのだろう。
今は俺がそばにいるから。安心して眠るといい。
今度起きた時にはまた一緒に楽しくお喋りでもしよう。
ありがとう、フィリア。そう感謝しながら彼女の頭を優しく撫でた。
そして側にいる精霊を再び見上げる。
さっきから表情一つ変わらないそれを。
「そうか。おまえ、二人がいるこの場所まで連れてきてくれたんだな」
思えば精霊は今まで俺の視界から消えないように移動していた。
それは言葉を発せないこいつができる精一杯の意思表示だったのだろう。
こいつに悪意が無いことにもっと早く気づいてやるべきだった。
そう言うと、初めてその精霊は表情を変えたように感じた。
精霊はゆっくりと透けていき、蒼白い光の粒となって拡散していく。
そして完全に俺の視界から消えてしまった。
それに伴って神殿の輝きも失い始める。
もうどこにも存在しない精霊の姿。その顔は確かに微笑んでいた。
「ありがとう。精霊さん」
もしかするとフィリアとティアちゃんもこの精霊さんに助けられらのかもしれない。
俺は消えてしまった精霊さんには恩返しできそうにないけど、せめて、だからこそ、俺にくれたチャンスを絶対に無駄にはしない。
必ずティアちゃんを待っているみんなの元へと送り届けよう。
「起きろ、ティアちゃん」
そう囁き身体をゆすると、それがまるで復活の呪文だったかようにティアちゃんが目を覚ます。
「ティアちゃん、大丈夫か」
「おじちゃん? うん。大丈夫だよ」
ティアちゃんは眠たそうに目を擦る。
すると何かに気が付いたように「あ、そうだ!」と言って自分の鞄を探る。
「幸せの宝石。見つけたんだよ」
蒼く光る小さな小石。
「……」
大人としてここはありがとうというべきなのだろうか。
しかし、俺は大人気なかったらしい。
助けてくれたフィリアには目も向けず、自分のことだけを考えて行動する目の前の子供。それに無性に腹が立ち、感情にとらわれて怒鳴ってしまった。
「馬鹿かおまえは!」
その怒鳴りにティアちゃんはびくっと肩を震わせる。
「何やってるんだよ。どれだけ心配したと思ってるんだ。俺だけじゃない。ティアちゃんのお母さんも、ロゼくんも、クラウスさんも、フィリアも。みんなおまえのことを心配してたんだ。道に迷ったんじゃないかって。どこかで泣いてるんじゃないかって。寒さに震えてるんじゃないかって。もしかしたら怪我をしているんじゃないかって――」
違う。そうじゃないだろ。いま言うべき言葉はそれじゃないだろ。
目に映るフィリアの幸せそうな寝顔もそう語っているかのようだった。
俺は二人を強く、優しく抱きしめる。
もうどこにも行かないように。
もう二度と離れないように。
「――無事でいてくれて、本当によかった」
その穏やかな言葉と抱擁にティアちゃんの緊張は一気に解けたのだろう。
目から大粒の涙が零れていく。
「おじちゃん、ごめんなさい。フィリアちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい――」
そう言いながら、ティアちゃんはおもいっきり泣きじゃくるのだった。
ティアちゃんも相当疲れていたのか、しばらく泣きじゃくった後に眠ってしまった。
俺たちが広間を後にする頃には神殿の薄い輝きは完全に失ってしまっていた。
やはりあの精霊さんと何かしら関係があったのだろうか。
フィリアを背負い、ティアちゃんを抱き抱え洞窟の外に出ると、さっきまでの吹雪が嘘なくらいの晴天だった。
これも精霊さんの贈り物だったりして。
すやすやと眠るフィリアとティアちゃんに呟く。
「さあ。みんなのところに帰ろうか」
説教の続きは帰ってからだな。
◇
ある日。というかついに来ていた俺の誕生日。
いつものように仕事を終えた夜に部屋へ戻ると机の上に置かれた
一通の手紙を見つけた。
内容は手書きで『ティアはあずかった。かえしてほしければだんわしつまでひとりでこい』と書いている。
一瞬でも脅迫状なのではと疑うべきだったのだろうが、どこからどう見てもティアちゃん自身が書いた文字だった。
しかも、それにとどめを刺すように『ティアより』と添えてある。
いったい何がしたいんだか。
サプライズのつもりだろうか。
もしそうなら既に失敗しているぞ。
とにかく俺は着替えてから談話室へと向かうことにした。
いつも開いているはずの談話室の扉はしまっていた。
扉はガラス張りでうっすらと透けて向こう側が見えるはずなのだが、電灯が消されて真っ暗なせいか中の様子をうかがえない。
扉の取っ手を掴み開いて中に入る。
その瞬間。
パーン!
耳をつんざく音が響き、談話室の電灯がつけられる。
音の正体は銃だった。
完璧に油断していた俺は胸を撃たれそのまま床に倒れ、そのまま意識を消失させた――
なんてとんでもないオチはなく、予想していた通りクラッカーの音だった。
『誕生日おめでとう。アーネスト!』
そこで待っていたのはティアちゃん、フィリア、そしてロゼの三人。
騒がしいのはあまり好きではない俺にとって、盛大な誕生日パーティーなんてされたらどうしようかと思っていたがそういうことはないらしい。
ロゼとフィリアは恐らく俺のために用意したであろうケーキをもぐもぐと食べていた。
正直、特別な対応をしようとすらしない二人の行動には少しだけほっとした。
そんな中、ティアちゃんが何かを持って近づいてくる。
「もう一回だけど、誕生日おめでとう。アーネストおじちゃん」
差し出したその手には綺麗にラッピングされた小さな箱。
それを俺は受け取る。
「せっかく包んでもらってもったいないんだけれど、やっぱり中身を見てもらいたいから開けてみて」
言われたとおりに開けてみると、その中にはネックレスがあった。
あのときティアちゃんが手に入れた蒼い石が形を整えられ、ドングリの傘のような金具に取り付けられている。
買ってきたのではなく、手作りの品なのだということがしっかり伝わってくる一品だ。
「これは――」
「おじちゃんへのプレゼント、だよ」
ティアちゃんは頬を赤らめて言う。
慣れないことで照れているのだろうか、いつものような弾けたような喋り方ではなかった。
この落ち着いているのか、それとも緊張しているのかよくわからないゆったりとした喋り方はこれはこれで新鮮だ。
するとティアちゃんは俺の手にあるプレゼントを見ながら話す。
「この首に掛ける部分はね、フィリアちゃんに頼んで用意してもらったのから選んだの。石と金具を繋げるのはわたしだけじゃできなかったからロゼおにいちゃんに手伝ってもらったの。それと――」
ティアちゃんは視線をネックレスから俺へと移す。
その時の満面の笑み。
それは今まで見てきたどんな時よりもいい笑顔をしていた。
「この石はね、わたしが見つけたんだよ」
そう言うとまた、俺を見つめて微笑む。
「いつもありがとう。アーネストおじちゃん」
◇
過去の出来事を思い出す。
「はい、これ」
「何だよこれ。宝石か?」
「ちょっとしたお守りだよ。わたしが作った特別な礼装。前にあげた礼装と組み合わせて使ってみてよ。きっと役に立つはずだから」
「そっか。それじゃあ遠慮なくいただくよ。けどどうして」
「そんなの決まってるじゃん。准教授就任のお祝いだよ」
「――あ……」
「准教授かぁ。立派になったものだね」
「ありがとう。やっとここまでこれたんだ。また一つ壁を超えることができて嬉しいよ。これもあんたがいてくれたからだ」
「え、ちょっと。恥ずかしいじゃん。わたしは何にもしてないよ。ずっと一緒にいただけで――」
「それでもだよ。あんたは俺に進むべき道を教えてくれた。そして今も俺のそばに居続けてくれる。それが何よりの支えなんだ」
「うう……」
「はは。けれど、ここからが本番だ。学徒の頃じゃ入ってこなかった情報もきっとその多くが伝わることだろうさ。いつか叶うといいな。魔術に縛られない普通の人間として生きる日々を手に入れるというあんたの夢」
「うん――いつもありがとね、アーネスト」
◇
少しだけうるっときた。
知ってるよ。
ティアちゃんが一生懸命その石を探したことは。
俺のために探してきてくれたことは。
本当に……
「こちらこそありがとう。ティアちゃん」
俺も笑って返した。
「あー。アーネストったら泣いちゃってるぅ」
いつの間にか現れたシェリー。ケーキを頬張りながら、イチゴを突き刺したままのフォークで俺の方を指してそう言ってきた。良い雰囲気がぶち壊しじゃねえか。
「あれれぇ。どうしちゃったのかな、アーネスト」
「目元はよく見えなかったけれど、さっきの言葉は完璧に涙声だったね」
フィリアとロゼもそれに乗ってくる。
「泣いてねえよ!」
と、つい大声で反論してしまった。
「でもでも、嬉しくて泣くことは悪いことじゃないよね」
とティアちゃんは微笑む。
「――それは、あまりフォローになってないと思うんだけどなぁ」
ははは、とみんなが大声で笑う。
気が付けば俺もつられて大きな声で笑っていた。
ああ、こんなに大勢の人と一緒に笑ったのはいつ以来だろうか。
ここって談話室だしあまり大きな声を出しちゃいけないんだよな。
心配になってちらっと横目でカウンターに立っていたクラウスさんを見る。
そこにいたクラウスさんは微笑んでぐぅ、と親指を立てた。
今回は特別に許してあげますよ、という意味と取っていいようだったので礼として小さく頭を下げてから再び視線を元に戻した。
その時「それとね」とティアちゃんは付け加えるように言う。
「このネックレスはわたしからの万能の御守りだから、いつでもちゃんと身に付けておいてね。おじちゃん」
「そうか。了解した」
だが、万能とはまた大きくでたな。
この御守りが主に何に効く設定なのかは全くわからないが、万能だというのなら早速願わせてもらおう。
これからもみんながこうして笑って過ごせる日々が少しでも長く続いてくれるようにと。
「でもな――」
しかし、まだおまえは俺をおじちゃんと呼ぶんだな。
いつまで経ってもかわらないその呼び方。
なら、ここは今まで何度言ってきたかわからないこの言葉で締めることにしよう。
「ティアちゃん、いい加減おじちゃんは止めてくれ」




