第三話 幸せの宝石・繋がる絆の形⑥
久しぶりに浴びる陽の光。目の前に広がる雪景色。眼が焼けてしまうんじゃないかと危惧してしまいそうなくらいの日光の乱反射。
一見晴天で今もなお吹雪は止んでいるものの、いつ雪が降り始めるか分からないのも事実。一片の油断も出来やしない状況だ。
まずは雪山に到達する道中で捜索の方針を話し合うことにした。
「ところでアーネストくん。君の魔力感知の力はどれほどのものだい? ちなみに僕は百メートル程度の距離なら微々たるものでも感知可能だ」
「可もなく不可もなくってところ。俺から三百メートル離れた位置までならどれだけ微弱であろうと感知可能だ。他の魔力にかき消されなければの話だけどな」
「もしかして僕のこと馬鹿にしてる? それ、かなりの実力者と同等じゃないか」
「ああ、ごめん。そういえばそうだったな。俺の師は魔力感知に加えて姿形の特定までできたからね。ちょっと感覚がズレてたよ」
「ああ、そうかい。でも安心したよ。これであの子たちをより早く見つけることができる」
ロゼくんの言うことは一理ある。魔術にほんの少しでも踏み入れた人間は誰しもその身に魔力を取り込んでいる。
とすれば、それを頼りに進めばいいだけの話なのだ。ティアちゃんについても例外ではなかった。
しかし、フィリアにはその常識が当てはまらないのだ。そこだけは注意しておかなければいけない。
「言っておくけど、魔力感知だけに頼ろうと思っているのなら改めた方がいい」
「どういうことだい?」
そのまま、ロゼくんに事情を話そうとした。
内容はこうだ。
フィリアの身体には魔力の一切が流れていない。どういう訳かいくらその身に取り込もうとも、その全てが泡のように弾けて消えていく。
だから頼りになるのは魔力感知以外の方法。
例えば雪の道にできた足跡くらい、ということだ。
だが、ふと思う。
フィリアの体質を簡単に話してしまっていいのか、と。
今までずっともしかしたら危険を伴うのではと誰にも話さなかった事情だ。
もしかしたら、ここでは話さない方がいいのかもしれない。
少しだけ誤魔化すことにした。
「……えっとさ。フィリアはあんまり強い魔力を持っていないんだ。本当に必要な時、戦闘に入るとき以外はいつも微かに感じ取れるくらいなんだよ」
「へー、道理で彼女に違和感を覚えたわけだ」
ふむ、とロゼくんは何かを思考する。
「逆に言えば戦闘に入るときは急激に変質するってことだよね。面白いね、それ。その事情、興味はあるけれど今は聞かないでおくよ。悠長なことは言ってられないからね。どうやら君も自分が思う以上に焦りを感じているみたいだし、雪が降り出したらそれこそもう手遅れだ。だったら、気を引き締めるためにもどっちが早く見つけることができるか競走でもしてみるかい?」
「不謹慎なこと言うなよ。これは遊びじゃないんだから」
「気分を和らげようと思って言っただけなんだけどなぁ」
「気持ちは分からなくもないけれど、場をわきまえてくれよな。ホントさ」
「ごめんよ。けど、言い換えれば手分けして探そうって意味でもあるんだ。一緒に同じところを探しても意味が無いだろうしさ」
「そうだな。通信機もある事だし、ティアちゃんかフィリアを見つけたら連絡してすぐに研究所に戻る。これでいいか?」
「いいよ。ただし、どちらか片方だけを見つけた場合も同じとする。何分も連れ回して探すよりは一旦研究所に戻った方が彼女たちの負担も少ないだろう」
「分かった。それじゃあその方針でいこうか」
そしてお互いに頷き、それぞれ別れて雪山へと駆けた。
◇
フィリアとティアちゃんを探すために研究所を出発してから三十分弱。
ウルクスという土地において三十分という時間は天候を大きく変化させるのに十分な時間だった。
珍しく顔を覗かせていた暖かな太陽は突如現れた大量の雪雲によって
覆われ、降りだした粉雪は次第に勢いを増し猛吹雪へと変化していった。
大量の雪が体にぶつかる。目をまともに開けていられない。
呼吸をするのが痛い。
極寒用の礼装を身につけているにもかかわらず寒さで身体の震えが止まらない。
礼装の不具合かとも疑いはしたが、そうでないことは研究所を出る前に確認したはずだ。
それなのに。前に前に進むたびに礼装に宿る魔力が乗っ取られていくかのように狂っていく。どうなってやがるんだよ。
俺でこれなんだ。フィリアやティアちゃんは無事だろうか。
雪の寒さに凍えて倒れている姿など想像したくもない。
「フィリア! ティアちゃん! どこだ、返事をしろ!」
そう、何度も繰り返した。
喉か潰れてしまいそうになるくらい何度も繰り返した。
気がつけば俺の足の感覚がほとんどなかった。
さっきまであったはずの痛みも今はほとんど感じない。
そして歩く力すらなくなり倒れてしまった。
「ああ、やっちまったな。俺としたことがこんなことで窮地に追いやられるだなんて。ここまで急に天候が変わるなんて知らないよ」
時が経てば経つほど俺の体は雪で埋もれていく。
感覚は既に無くなっているけれど視界が半分塞がっていることから、もう顔の半分は雪の中に埋まっているのだろう。
今の状況を理解したところで何も変わらないのも事実。ついには指先さえ動かなくなったこの身体で何ができるというのか。
「このまま誰も助けられないのかな。だったら最低だよ、俺」
なんて弱音を吐いてしまう。
そういえばロゼくんからまだ連絡がないけれど、あいつは大丈夫だろうか。
連絡がきていないということはまだフィリアたちを見つけれていないことになるけど。
そうなれば残る希望は一つだけ。フィリアがティアちゃんを連れて研究所に戻っているということのみか。
――いやいやダメだ。なんてこと考えてるんだ。
自分が死んだらどうしようもないじゃないか。
そもそもこんなところで死にたくなんかない。
じゃあどうすればいい。
魔術で体力を回復させるか?
そんなことをしたところでまた吹雪で体力を奪われるのがオチだ。
火を起こす?
そうしようにも俺の力じゃ弱すぎてすぐにかき消されてしまう。
自分の得意な属性で吹雪の対策ができないことに今更ながら恨みたくなった。
考えれば考える程絶望的なこの状況。
ここ最近は感じることのなかった強烈な後悔と恐怖に襲われる。
「――誰か、誰か助けてくれよ。なんでもするからさあ。頼むよ……」
我ながら情けないとは思う。
誰かを助けようとした結果、逆に自分が窮地に陥ってしまうなんて。
そんな情けない声を発しながら、抵抗することも出来ずに目の前は黒へと暗転した。
しかし、その瞬間に不可解なことが起こる。
瞑っている目に差し込む蒼色の光。
徐々に消えていく吹雪の音。
体温を取り戻し軽くなる身体。
感覚を取り戻す指先。
見開いたその目のその先には――
「――え?」
それはたしかに目の前に存在していた。
俺はどうやらとんでもないモノを見てしまったらしい。
「――精霊?」
蒼白い光を放つ人形の物体。男なのかも女なのかも分からない。
そもそもそんな区別はしないのかもしれないけれど。
しかし、何故だか幻覚とは思えなかった。
その精霊は俺の知らない不思議な方法で俺の身体の感覚を元に戻すと、ゆっくりとどこかへ行こうとする。
このまま消えてしまうのかと思ったが、予想に反して十数メートル進むとその場で留まり再び俺の方へと振り返った。
そして、そのまま俺を見つめていた。
「おまえは、何なんだ?」
その質問に対して反応はなかった。表情の変化すらない。
軽くなった身体を起こし、に近づく。
あと数メートルというところで、その精霊は離れて行く。
そしてまた進むと俺を見つめたまま動かない。
「何が、目的だ?」
その質問に対して反応はなかった。
表情の変化すらない。
再び雪に埋もれた足を動かし、精霊に近づく。
あと数メートルというところで、またその精霊は離れて行く。
そして十数メートル進むと俺を見つめたまま動かない。
何がしたいのか理解できなかった。
無視してしまおうかと考えたがこの状況下、俺には他にできることがない。
またこの寒さに凍え倒れてしまうのが関の山だ。
どうせ帰る道だって分かりやしない。
フィリアやティアちゃんの居場所だって分かりやしないんだ。
なら、とことんこいつについていってやる。
どこにでも連れて行きやがれ。




