第三話 幸せの宝石・繋がる絆の形⑤
俺は一つだけ勘違いしていたことがある。
魔術師としてこの研究所に着いた時から。
パーシスさんから実験内容について訊いた時から。
ティアちゃんと出会った時から。
今まで、ずっと。
パーシスさんは己の欲望のためなら実の娘を使ってでも目的を叶えようとする狂った研究者なのではないかと。
心の奥底でそんな疑いを持っていた。彼女のやっていることはたとえどんな理由があろうと許される行為ではない。
今まで何度かそこはかとなくそのことについて訊ねた。
しかし、それと同じ数だけはぐらかされた。
もう少し深く訊ねたかったのだが、
立場上それ以上の詮索はできないでいた。
しかしどうだろう。
ティアがいなくなった直後のパーシスさんはとてもそんな狂った研究者には見えなかった。
あの言動。そして涙まじりの必死な表情。
それは紛れもなく我が娘を思う優しい母親の姿だった。
それが本物なのか、それとも偽物なのか俺には判らない。
何故、実の娘を使うのか。
パーシスさんの真の目的は何なのか。
一度、問いただす必要がある。
非人道的なモノであれば、それを止めなければならない。
魔術師としてでも人間としてでもない。
この俺、アーネスト・マーベルとして。
この問題をもう看過するわけにはいかない。
◇
その後、警備室に押しかけて半ば強引に防犯カメラを片っ端から警備員たちに確認させたパーシスさん。
そこで得た情報は実に単純で、あまりにも不可解なものだった。
まず結果からしてティアちゃんの姿は見つけることができた。
ただし正面玄関から堂々と一人で外に出ていったという形で。
加えてその事実を警備員は口を揃えて知らなかったと言うのだ。
複数人の人員がいるものの、その全員がティアちゃんが研究所の外に出たという瞬間のみを共通して忘却していたのだ。
その時の彼らの様子や人柄からして嘘をついているとは思えない。
明らかな異常。
確実に人為的な記憶操作を施されたことは間違いないだろう。
それを企てた者の正体は別として、だが。
その後、状況を知ったフィリアが突然外に飛び出して行ってしまった。
あいつはあいつで一体何を考えているんだか分からない。
ティアとフィリアを追いかけるために正面玄関に集まった俺とパーシスさん、そして電話で呼び出したロゼくん。
シェリーも念の為と呼び出してみるも応答がなかったので諦めた。
数分後、正面玄関に集まったのは四人。俺、パーシスさん、そしてロゼくん。あとはロゼくんについてきたクラウスさんだった。
「事情はだいたい分かったよ。けれど――」
そう言ってロゼくんを睨む。
「ほとんどおまえが原因じゃないか」
「いやあ、面目ない」
さすがにここでは微笑まなかった。ロゼくんの言った幸せの宝石を本当に信じて裏の雪山に登って行ってしまったとは。
「もういいよ。今すぐにでも追いかけに行くからな!」
「ちょ、ちょっと待った。焦りすぎだよアーネストくん。今外に出ていってどうなるっていうんだよ」
言って俺を引き止める。
「どうなるかって? 一秒でも早く二人を助けられるんだよ、分かるだろ」
「はぁ? 馬鹿なことはよせ、君らしくない愚鈍さだ」
「離せよロゼくん。俺は行かなきゃならないんだ」
もう少しでロゼくんを引きはがせそうになったところで急に新たな重圧がかかる。
「……って、クラウスさんも? あーもう、クラウスさん。あなたも離してください!」
「ダメですよ、アーネストくん。君はフィリアさんのことになると少々盲目的になるようですね。悪い癖ですよ。まずは頭を冷やしましょう」
フィリアのこともあり俺もすぐに追いかけたかったが、こうしてロゼくんとクラウスさんに引き止められたのだった。
何の対策もせずに雪山に向かうのか、と。
クラウスさんは既に外を探索するための防寒具と魔術的な探知機を手配していてそれを待てばいいとの言い分だった。
ロゼくんたちの言うことは分かるし、だからといってティアちゃんやフィリアを放ってもおけない。
そんな葛藤のなかロゼくんとクラウスさんに抑え込まれた俺は、強制的に研究員が防寒具を持ってくるのを待つのだった。
「――けれど、そんなことありえる? だってこの正面玄関、普段は関係者以外は開けることが出来ないのよ。それにティアには扉を開けるキーを持たせていないの。それなのに出ていくなんて……」
待っている間、パーシスさんは頭を抱えてそんなことを呟く。
彼女の言う通り、この扉は常に電子ロックで施錠されており研究所関係者の持つカードキーを使わなければ開くことはできない。
しかし、それでもティアちゃんは外に出ることができた。
それは何故か。
ティアちゃんが外に出た時間。それは魔力の暴風に襲われる数十分前の話になる。もっと言うならば研究所が停電したまさにその瞬間だった。
ならばその時、停電していた数分の間だけ電子ロックが解除されていた、なんてことがないとは言いきれない。
今この時点では調べようもない事だけれど、まずは彼女たちを捜索すること以外他にない。
「なあ、パーシスさん。今のうちに訊いておきたいことがあるんだけれど、いいかな」
「なによ、こんなときに。つまらないこと訊いてきたら怒るからね」
「つまらないことじゃないよ、パーシスさん。あんたは何故自分の娘を実験に使おうとしたんだ」
言い終えると、パーシスさんはさらに深く頭を抱えた。
「あんた、それを今聞く?」
「今じゃなきゃ答えてくれないって思ったからね」
頭を抱えたまま、パーシスさんは大きくため息を吐く。
「まあ、いいか。あれを見たあんたなら」
パーシスさんは俺の方に向き直す。
「マーベルくん。今までティアと一緒にいてどこか不自然に感じたところってない?」
「まあ、あると言えばある。数日前のティアちゃんの身に起きた異常のことだな」
「そうよ、その事。話には聞いてるはずだけれど、ティアは実験のすえ擬似能力者としての力を使うことが出来ようになった。けれど普段はその力が使えないように制御されているの。何故かわかる?」
「それは、力を制御出来ないティアちゃんが周りの人を傷つけないようにするため、だろ」
その答えにパーシスさんは首を振る。
「違うわ。見当違いとは言いきれないけれど、それはあくまで本来の理由ではないわ。あの子が能力を使う必要はどこにもないの。だって本当の理由はティアの命を守ることにあるのだから。告白するとね、ティアは元々身体の弱い子で長くは生きられないって言われていた。当時の医療技術ではどうにもならなかったのよ。だからね。わたしたちは救いを求めた。ティアを救うことが出来る方法はないのかって。そしてたどり着いたのがこの技術。至宝の力の一部を埋め込むことで生命活動を活性化させること。あの時の段階では擬似能力者となる以外に生きる道はなかったのよ。だから、わたしたちがティアを擬似能力者とした本来の理由はただの延命。能力者の力を手に入れるためでも至宝を解放することでもない。今続けている研究も、根底にはティアがこれから先に不自由なく生きられるようにするためってのが本当のところ。『アルタイル』としての目的はわたしたちとは別にあるのだけれど、結局のところ後付けでしかないのよ。それがどれだけ愚かな行為かってことは理解していたわ。この先ティアにどれだけの困難が待ち受けているかも理解していたわ。けどね、わたしたちはそんな不確定な未来のことよりも今を大切にしたかった。だって今がなければ、その先に来る楽しい未来も悲しい未来も決して来ないじゃない。結局この研究所、アルタイルはね馬鹿な親が見た夢の跡地なのよ。呆れた? わたしたちのことはどれだけ悪く思ってくれてもいいわ。けれどね、ティアのことだけは擬似能力者だからってだけで蔑んだりはしないでほしい。今まで通りティアにとっての憩いの場所であり続けてあげて。わたしは後悔はしていないわ。だってティアはね今がとても楽しそうなんだもの。マーベルくんやフィリアちゃんたちが来てからとても笑うようになったんだから」
そしてパーシスさんは力なく、しかし可能な限りの希望を夢見て微笑むのだった。
数分後、クラウスさんの手配した防寒用魔術礼装と小型通信機が到着する。
礼装の見た目はごく一般的なロングコートのようなもの。
まずは俺とロゼくんが礼装を身につけ二人を探しに行くことになった。
「二人とも、そんな服装で大丈夫なの?」
とパーシスさんは不安げに訊ねてくる。
「そんな不安にさせるようなこと言わないでくださいよ。曲がりなりにもこの研究所の設備でしょ?」
「そうだけれど、わたしは使ったことないんだもの。ちゃんとした魔術師じゃないんだから。わたしだったら物理的な防寒具を用意するわ、気分的にね。科学者の言うことじゃないけれども」
そう思ってしまうのも無理はない。一見どこからどう見ても雪山の寒さを防ぐには頼りのないものだったのだから。
「けれど、クラウスさん。手配できたのは二組だけなの? これじゃあ二人しか行けないじゃない。もうマーベルくんとフェイズさんに渡しちゃってるし。わたしの分はないわけ?」
パーシスさんはロゼくんに「わたしが行くから、その礼装貸してちょうだい」と詰め寄るも――
「はい、そこまでですよパーシスさん。娘さんのことで焦る気持ちは分かりますがここは抑えて。考えてもみてくだだい。普段からこのような荒事に慣れている彼らか、そうではないあなたが行くのか。はたしてどちらがいいのでしょうか。あなたが行ったところで状況は変わりませんよ。酷な話ですけどね。ここはこういう状況に慣れている彼らに任せましょう。それにですよ。もしあなたが外に出て怪我なんてしたら、それこそ元も子もありません。ティアちゃんが帰ってきた時にここで暖かく迎えてあげること。それはあなたにしかできないことなのですよ」
変わらず優しい口調で語りかけるクラウスさん。
そのおかげでパーシスさんの焦りも少しは収まったのか俺たちに向かって深く頭を下げる。
「ごめんなさいフェイズさん、マーベルくん。悔しいけれどわたしじゃ助けに行く力すらない。ティアのことをよろしくお願いします」
「任せてくれ。必ずティアちゃんを探して見つけてくるから。安心して待っていてくれ」
言って俺たちは踵を返し研究所の外へと向かっていった。




