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第三話 幸せの宝石・繋がる絆の形③

 翌日。薄暗い朝。

 目が覚めた俺は着替えを済ませ、朝食を摂るため食堂へと向かった。

 俺の毎日はいつもここから始まる。

 何をするにもその日の始まりに食事をしなければ集中できないからな。

 食堂は研究所の一階にある。

 俺の自室は四階にあるので、いつもと同じくエレベーターを使って下まで降りていく。

 その道中、俺の乗っているエレベーターは三階で一旦止まった。乗ってきたのは一人の研究員。その研究員と目が合う。


「あ、アーネストくん。おはよう」


 と、丁寧にお辞儀をする。


「おはよう、ロゼくん」


 ロゼくん。フルネームでロゼ・フェイズ。

 つい最近できた俺の良き友人の彼。

 水色の髪で可憐な見た目の男性。初めて会った時は女性だと思い込んでいて、教えられてやっと分かったくらいだ。

 口調はすごく丁寧で声も中性的だから、もしシェリーがいなければおそらく気付かなかっただろう。はたして、こいつが本気で女装したらどうなるんだろうな。


「ん? どうしたんだい」

「いや。何でもない」


 いかんいかん。無意識のうちにロゼくんを凝視してしまっていたようだ。

 何やってるんだよ、俺は。

 はあ、とため息を吐いた。

 するとロゼくんはそのため息から何かに気がついたように俺の顔を眺める。


「……大丈夫かいアーネストくん。なんだか顔色悪いよ」


 そう首を傾げて訊ねられた。

 理由は到って単純だ。自分でも気がついているさ。

 朝起きてから鏡に写った自分を見たからな。


「ああいやね、昨日の夜遅くまでパーシスさんの研究に付き合っててさ、全然寝てないんだよ。しかも俺の魔力どんどん吸いとっていかれたからな。本当にきつかった」

「はは、それは災難だったね」


 そう微笑するロゼくん。けど命懸けなんだぜ、これ。

 それでも死にそうな顔をしていなかっただけましだったと言えるか。


「こんな閉鎖された空間から解放されたい。せめて外の空気でも吸って落ち着きたいよ」

「はは、その気持ちは分かるよ。けれどそれはやめといた方がいい。今日はいつにも増して雪の勢いが強いからね」

「知ってるよ。言ってみただけ。起きて直ぐに窓の外を見たら真っ白だったからね。その瞬間から俺の気分は憂鬱さ」

「じゃあフィリアさんに癒してもらえば?」

「や・め・と・け。その事で弄ると怒るよ、俺でも」


 そんな他愛のないやり取りをしていると、エレベーターは一階に到着した。

 お互いエレベーターから出る。


「そうだ、今から食堂に行くんだけど。ロゼくんは?」

「僕は資料室だよ。ちょっと見たいものがあってね。それを借りてから部屋に戻るつもり。ちなみに朝食はもう食べたよ」


 そうなのか?

 早いな。今七時だろ。いつも何時に起きてるんだよ。

 そうだ、と言ってロゼくんは続ける。


「昨日の夕方なんだけど、僕の部屋にティアちゃんが来たんだよ」

「ティアちゃんが? もしかして何か迷惑かけたか?」

「いやいや、そういう話じゃなくてさ。もっとポジティブな話。ティアちゃんに君へのプレゼントについて訊ねられたんだよ」


 よかったじゃん、と微笑みながらいうロゼくんを俺は無視して訊く。


「そんなことが……。で、何て訊いてきたんだ、あいつ」


 ティアちゃんが何をプレゼントしてくれるのかはその日のお楽しみだが、少し気になりもしたのだ。あいつがどんな考えを持っているのかを。


「ここら辺で見つかる珍しくて綺麗な物は何か、って訊かれたよ」

「へえ、珍しい物か。意外とまともな質問だな」


 でも綺麗な物って訊くあたりはやっぱりあいつも女の子なんだよな。

 あともう少し大人しくしていてくれればいいんだけれど。

 しかし、まだ子どものあいつに大人しくってのも無理があるかも。

 俺は続けて訊ねる。


「それで、ロゼくんは何て答えたんだ?」

「『この研究所の裏の山に幸せの宝石っていう珍しい石があるんだ』って答えたよ」


 またしても微笑むロゼくん。

 俺は苦笑いしかできなかった。

 おまえ、ティアちゃんを舐めるなよ。

 て言うか子供だからって舐めすぎだ。

 そんな明らかな嘘を信じるわけないだろ。


「そしたらさ、冗談だって言う前に『幸せっていうくらいだからとっても綺麗なはずだよね。ありがとう!』って言って、ぴゅいっとどこかに行っちゃった」

「……」


 頭が痛い。何考えてるんだよ。

 本当にあるって信じてしまったのだろうか。

 幼い子供だから仕方がないのか?

 やはり予測不可能だ。


「あれからは予定が詰まっていて探す時間がなくてね。まだ冗談だって言ってないんだ、実は。だからもしティアちゃんに会ったら、僕の言ってたことは冗談だったって言ってくれないか」

「どんな罰ゲームだよそれ。自分で蒔いた種だろ、自分でなんとかしてくれ。俺はやりたくないからな。下手したら泣くぞ、あいつ」

「むぅ。じゃあせめて見つけたら僕の所に来てほしいって言ってくれる? あとはこっちで何とかするから」

「わかった。それくらいならいいよ」


 そんな会話をしながら掃除が終わってすぐ後のように真っ白な廊下を歩く。

 そして分かれ道。


「じゃあ、僕はこっちだから」


 ロゼくんが言う。


「ああ。また後でな」


 俺は答える。

 そう言葉を交わしてお互い振り返らず、目的地へと歩いていった。


 ――また後で、か。よく考えればいい言葉だよな。

 ばいばいでもなく。さようならでもない。また後で。また明日。

 また――

 同じ別れを意味する言葉なのにまた会えると確定してくれるような。

 ただの錯覚でしかないんだけど。会える時は会える。会えない時は会えない。そういう世界なんだから。ここは。



          ◇



 ロゼくんと別れてから数分後、食堂に到着した。

 大きなガラスの扉を開け、中に入る。

 なぜか食堂は一ヵ所しかないので、そのせいもあるのかそれなりに広い。

 もしかすると研究員のほとんどが入れるくらいのスペースがあるかもしれないくらいだ。


「えっと、どこだ……」


 と辺りを見渡す。

 そこには数人の研究員が食事をとったりくつろいでいたりする。

 その中に一人、明らかに毛色の違う少女がいた。

 早朝だというのにイチゴの乗ったショートケーキを頬張る姿はまさに異形のもの。陰鬱な空気の中に投入された起爆剤だった。

 そして彼女の隣にはガラス細工、もとい青龍剣(手鏡)が立て掛けられている。

 どうやら目的の人物はすでに到着しているようだった。


「おはよう、フィリア。今日は朝から豪快だな」


 俺が来たことに気付いたフィリア。

 対面の椅子に座るとフィリアは食べかけのケーキを飲み込んでから答える。


「あ、アーネスト。おはよっ! 一緒にどう? クラウスさんのケーキ、おいしいんだよ」

「朝っぱらからなんてもん喰ってんだよ。ほら口元、クリームついてるぞ」

「ほんと? むぐぐ、これは恥ずかしいな」

「あと鼻にも」

「うわあ、もう。一度に言ってよね」

「じっとしてろ。今取ってやる。……って、おい。胸元にもついてるじゃん。どうやったらそんなことになるんだよ」

「え、マジで? ごめん、これは自分で取るよ」


 と言ってフィリアがティッシュでふき取っているとき、俺は見てしまった。テーブルの上に乗せられた大量の空き皿を。


「なあ、フィリア。もしかしてこれ、全部食べたの?」

「そうだよ。むう、おいしい。これはおいしすぎて止められないよ。手が勝手に動いてしまう。くっ、止まれ、わたしの右腕。――はっ。まさかこれは。身体の動きを乗っ取る魔術だったり?」

「バカか、こいつは……」


 そんな様子を見て興味を持ったからなのか、背後から見覚えのあるおじさんが近づいてくる。


「――魔術ではありませんよ」


 それはとても穏やかで心が安らぐような声。

 その正体はいつも研究所内の喫茶店を経営しているクラウスさんだった。


「お嬢さん、そのケーキはただのケーキですよ。作ったのも私ですが、当然ながら私は魔術師ではありません。ただのしがない一般市民ですよ」

「あ、クラウスさん」

「おはようございます、フィリアさん。それにアーネストくんも」

「おはようございます。クラウスさん。朝からすいません。こいつうるさくしてませんでしたか」

「ふふふ、心地の良い程度に『これはおいしい、これもおいしい』と。作り手としては嬉しいものですよ。ですが、途中から手づかみで食べていたのは品が良くなかったですね。しかしながら、やはり喜んでもらえることは何よりの報酬です」


 と微笑むクラウスさん。


「ところでアーネストくん。ここには朝食をとりにきたのでは? 注文、承りますよ」

「ああ、そうでした。お気遣いありがとうございます。それではベーコンサンドとホットコーヒーで」

「あ、わたしはキャラメル・マキアートください」

「ふふ、承知いたしました」


 そういってクラウスさんはカウンターの方へと戻っていった。

 それから俺たちは出来上がった料理を食べながら世間話を繰り広げ、結局ここで一時間を超える時間を過ごしていた。

 そんな楽しい時間が終わった後、俺たちは仕事の話に移る。

 そのタイミングで昨日パーシスさんから聞いた至宝のことも共有しておくことにした。


「どうだいフィリア。ここでの生活は」

「そうだね。快適ではあるけれど、やっぱり窮屈だよ、ここは。漂う空気が、ね。これじゃあ学院と同じ。わたしはここでも鎖につながれたままどこにも飛びたてないんだって思い知らされてしまう。ここはそういうところだよ。能力者の成り立ちなんて私には分からない。けれど、彼らがやろうとしていることはある意味で理に適っているかもしれないね。至宝の力を人間に埋め込み変質させる。能力者あるところに至宝あり。逆に言えば至宝あるところに能力者あり。アーネストの聞いた話が本当なら、そんな噂話でしかないことを真に受けて本気で能力者を生み出すつもりだよ」

「そうか。だったらここウルクスには……」


 はぁ、と一息ついてからフィリアは言う。


「間違いないね。パーシスさんの言葉はたぶん真実だよ。ここ数日でこのウルクスから至宝の存在が強く感じられるようになったんだ。それも二つ。一つは水属性。わたしの属性と同じだからよく分かるよ。でもあともう一つは、ちょっと分からないね。ごめん」

「なんで謝るんだよ。至宝の存在を知れただけでも僥倖だよ。至宝の気配を感知する。こればかりは俺じゃどうにもならない領域だからな。少なくともフィリアが至宝の生贄になるという運命から逃れるための布石くらいは打てるはずさ」

「ありがとね、アーネスト。けれど悪いことは言わない。ここで何かするつもりなら、それは急いだほうがいい。ううん、わたし個人の意見を言わせてもらうなら今すぐにでもここを破壊すべきだよ。それだけでこのウルクスは救われる。君の故郷のように地獄と化すことはない」

「……フィリア、それは早計だ。言いたいことはわかる。だけれど、ここを破壊してどうするんだ。この地に至宝がある限り、第二第三の『アルタイル』がやってくるだろう」


 本当の意味で救いたいのであれば、それは封印されし魔導十二至宝を解体する他にない。

 ただし今の俺たちが持てる全ての技術を集結させても不可能なことくらい嫌でも理解している。

 だから、まずはそのきっかけをつかまなくてはならない。

 それが俺たちがここに来た目的なのだから。


「大丈夫、まだ理性は残ってるよ。目的も忘れてはいないし、それに言ったでしょ、ここは快適でもあるって。特にこの喫茶店。とても落ち着く場所だ。けれど――」


 そしてフィリアは思い出すように瞼を閉じて囁く。


「一番よかったのはスヴェンの家かな。ウルクスに入ってからのたった三日間しか過ごさなかったけれど。あそこはとても暖かかった。スヴェン、いい仕事してるよ」

「……そっか。それは良かったよ」


 そう返すと、フィリアは俺の顔をじっと見つめる。


「どうした、フィリア? 突然俺の顔を覗き込んで」

「ねえアーネスト。アーネストはここでの生活、楽しんでる?」

「ん? まあ。それなりには。学院にいるだけじゃ見られない光景がここにはあるからね。自分とは違う魔術師の研究内容をお目にかかれるのは新鮮な感覚だよ」


 と、ここまで答えてから思い直す。

 フィリアはそんな答えなど求めてはいない。

 これはそういう質問ではないのだ。


「いや、違うか。おまえが求めているのはこういう話じゃなかったな。本当に意外だけれどさ、ここでの生活はそれなりに楽しいよ。クラウスさんのおいしい料理を食べられるし、ティアちゃんを見ていると癒されるし、それにロゼくんと出会えたことは一生の宝になるだろうさ」

「ふふ、それはよかったよ。アーネストがずっと気を張り詰めながら過ごしているわけじゃなくて安心した」


 とフィリアはさっきまでとは真逆の満面の笑みを浮かべた。

 そうだよ。俺はそういうフィリアを守りたくてこんな変わり者をやっているんだから。

 研究に没頭するようなただの魔術師であってはいけないし、なろうとも思わない。むしろ自然とこんな人間になった気がする。


「さて、いい時間だし。もう出ようか」

「そうだね。それじゃあティアちゃんでも探す? 探して言うことがあるんでしょ。ロゼくんに会ってほしいって」

「それは賛成だ。けど何でフィリアが知ってるんだよ」

「わたしも頼まれたからだよ。アーネストがここにくる直前だね。ロゼくんからここに電話がかかってきて、それをクラウスさんに教えてもらったの。昨日のことやっぱり気にしてたみたいだね」

「そういうことか。納得だよ」


 幸い今日は休日で何も予定が入っていない。

 日々の疲れを癒すついでにティアちゃんを探すのも悪くないだろう。

 しかしあいつは神出鬼没だからな。かえって体力を消耗させてしまうかもしれない。適当に探し回るよりもティアちゃんが行きそうなところを絞ってから順にまわっていくのが懸命か。

 食堂をあとにしようと椅子から立ち上がる。

 その瞬間「バチンッ!」と何かの電源が落ちるような音がした。

 直後館内放送で停電が発生したことと非常電源に切り替える旨が流される。

 ただし非常電源をつかえるところが研究機材のみときた。

 機材の関わらない部屋の明かりまで電気は流れてこないのだろう。

 そりゃまずいだろ。

 電気が消えたら真っ暗で何も見えなくなってしまうじゃないか。

 と思考し内心で慌ててしまうも、窓の外を横目にしてやっと気がついた。

 目に陽の光が当たる。目を瞑ってしまうほどに眩しかった。


「明るい? あれ、晴れてんじゃん……」


 ウルクスに来てからこのかた雪と曇り空しか見ていなかったのだけれど。

 ウルクスってそもそも雪の止む日があるのか?

 太陽の日差しもしっかり射し込んでいるし。


「ここはずっと雪が降ってるって話だったんだけど。流石に雪が止むことくらい普通にあるんじゃない? たぶん、だけれど……」

「それもそうか」


 周りを見渡しても困惑はしているものの、そこまで騒がれている雰囲気はない。

 特に珍しい状況ではなく騒ぐようなものでもないということだろうか?

 そんな感じであまり停電のことを深く考えず、俺たちは食器をカウンターまで返したあとガラスの扉を開いて外に出た。

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