第三話 幸せの宝石・繋がる絆の形②
ティアちゃんのばたばたと走る足音が小さくなっていくにつれ、この空間は落ち着きを取り戻す。
ため息をついたところで読書の続きを始めようと本へと手を伸ばした時、テーブルを挟んだ正面の椅子に誰かが座った。
「――アーネスト」
そう誰かが囁く。
残念ながら読書の続きを始めることはできそうになかった。
「起きてたのか、シェリー」
目の前に座った人はシェリーだった。
「ええ。ティアちゃんがわたしの名前を言った時からだけどね」
そんなことより、とシェリーは続ける。
「よかったじゃないの。ティアちゃんからプレゼント貰えることになって」
「まあね。嬉しくはあるよ。けれどこれ、あんたが仕掛けたんじゃないのか」
「そうよ。たまにはプレゼントもいいんじゃない? って提案したのよ」
「やっぱりな。ティアちゃんにしては珍しい行動だったからね。助言をありがとうってお礼をしていいのか微妙なところだけれど。ただ、少し不安だな」
「なんで。いいこと尽くしじゃないのよ」
「確かにいいことだとは思うよ。たださっきのやり取り、俺に対してはいいんだ。どんなことをしてもさ。けれどあいつのことだ。誰彼構わず突撃して迷惑かけるんじゃないかって思うと、若干不安になるよ」
「迷惑ねえ。わたしは嬉しいって思うけど。あんな幼い子が一生懸命に誰かのために動こうとしているところをみると。誰だって迷惑だなんて感情は一瞬で上塗りされるわよ。あんたと同じように、きっとね」
「そうか。そうだといいけどな」
そうじゃないと、ティアちゃんが可哀そうすぎる。
両親から好きな時に構ってもらえないんだ。
だったら代わりに、周りの人間が暖かい感情を持っていなければ。
ティアちゃんにとってそんなに悲しい事実はないだろう。
「……ていうか、わたしはそんなことを言うためにあんたの前に座ったわけじゃないんだったよ」
「じゃあ何の話をするつもりだったんだよ」
「……」
少しの沈黙の後、シェリーは真剣な眼差しで俺を見る。
「さっきとは真逆のことを言うけれど、アーネストはこのままでいいと思ってるの?」
「このままって、何のことに対してだ?」
「ティアちゃんの『これから』のことよ。分かっていると思うけれど、あの子はここで行ってる能力開発の被験者の一人なのよ。楽しく喋ったり、遊んだりすることを悪いとは言わない。けどね、あんたとあの子には必ず、近いうちに別れがくる。たとえあんた達がそれを望まなくても。このまま仲良くなり過ぎたら別れがより惜しくなるんじゃないの」
「……」
そんなこと分かってるよ。
俺たちはあくまで雇われの身。所詮は外部の人間だ。
意見できるわけもなく、俺たちはここのルールに従わなくてはならない。
「確かにシェリーの言うことも分かるよ。けれど、別れる未来が決定しているのならそれまでの現在を大切にしたいんだ。知ってるだろ。ティアちゃんはとても楽しそうにしているんだ。別れてからは、それこそ本格的な実験段階に入ってからはもう今みたいに笑うこともできなくなるかもしれない。せめて今だけでもそれがなければ哀しいだろ。だから苦しいことだけじゃない、ちゃんと楽しかったこともあったんだって。そうティアちゃんが思えるよう今はこの関係を続けていきたいと思ってるんだ」
その時が来たら笑って送り出してやろうじゃないか。
そんな俺の話を静かに聴いてくれたシェリー。
するとふふ、と微笑した。
「そうかい。そこまで理解した上での想いだったのなら、わたしはもう何も言わないよ」
席を立つシェリー。
それじゃあまた後で、と言ってどこかへ行ってしまった。
そうして再びの平穏がやってくる。
時計の針の音が聞こえてくるくらいの落ち着きを取り戻した喫茶店。
さて、誰もいなくなったことだし本の続きでも読もうか。
と本に挟んだしおりに手を掛ける。
直前まで読んでいたページを開き、その一行目に目を通す。
そして、そのページの最後に到達したその瞬間だった――
「――マーベルくん! ああよかった、まだここにいたんだ」
突然誰かに呼び掛けられる。そのせいで俺は驚いて椅子からひっくり返りそうになった。ついでに心臓も止まりかけた。
大丈夫だよな、俺の心臓。
喫茶店の入口に目を移すと、そこには白衣を着た金髪の女性がいた。
「パーシスさんじゃないか。ここで会うなんて珍しいな」
「珍しいな、じゃないわよ。まるでわたしが喫茶店とは縁のない引き籠りな人みたいじゃない。わたしだってここにはお世話になってるわよ。……と、そんなことより連絡。今日の会議のことだけど」
「会議? それって十四時から始まるやつだろ。あれって延期になったんじゃないのか? ちゃんとした理由は聞かせてもらえなかったんだけれどさ」
だとしても、この本の続きをゆっくり読めるのなら悪くはない。
それ以降の俺の予定がおのずと後ろに行くわけで後々詰め込まれることになるだろうけど、その時のために今日はゆっくり休むか。
と考えてはいたのだが、パーシスさんはまだ俺に用があるようで、会議中止の連絡だけで話は終わらなかった。
「うーん、だったら言っちゃっていいのかな? 今回はちょっと事情がね。けどマーベルくんはもうこの研究所の一員だし……」
といって口籠るパーシスさん。
「何だよ、煮え切らないな。言いたくないなら言わなくていいよ」
「あ、ごめんなさい。そうね、ここだけの話よ。初めて研究所に案内したときに至宝のことについて話したわよね」
「ああ、覚えているよ。魔術世界の伝説とされる至宝を用いた大魔術の会得、って話だったか」
「そう。そのことでね大きな進展がありそうなのよ。マーベルくんには今まで言ってなかったんだけれど、わたしたちは至宝について大きな手掛かりを持っているの」
「手掛かり?」
「うん。わたしたちアルタイルがここまで理想に向かって進むことができる確固たる理由。わたしたちはねこのウルクスに眠る魔術世界最大にして最古の礼装。魔導十二至宝の一つを所有しているの。その至宝覚醒の可能性に今日また近づくことができたのよ。会議の延期はそれが理由だったりするわけ。別の会議が緊急で入っちゃったからね」
「――な、……」
開いた口が塞がらない。
まさか本人の口から聞くことになるとは思わなかった。
嘘、なんてことはないんだろうな。彼女の言いようからして今まで隠していたことを明かしたような雰囲気だし。一旦はこの言葉を真実だと考えよう。
そして至宝の存在が確かなるものと判明したところで俺に何ができるか。
まずは準備が必要だ。やらなければならないことはいっぱいある。
「そうか、そんなことを来たばかりの俺に話してくれてありがとう。それじゃあ俺は行くよ――」
さて、と一息ついて本を閉じてから立ち上がる。
そのまま自室へと戻りたかったが、パーシスさんは俺の腕をガシッとつかんでくる。
「ねえ、マーベルくん。今日は元の予定が無くなって暇でしょ?」
ふふふと何かを企んでいそうな怪しい微笑みを浮かべるパーシスさん。
「その言い方、嫌な予感しかしないんだけど」
「嫌な予感とか言わないの。ちょうどね、マーベルくんに試してもらいたいことがでてきたのよ。さっき準備も終わったから、是非わたしの研究室に来て欲しいんだけど。折角事情のことを話してあげたんだし、いいでしょ」
その言葉は俺に対する質問なんかじゃなくて命令だ。もはやパーシスさんについていくという選択肢しか用意されていない。
行く、行かない、ではない。
素直についていく、ちょっと渋ったすえ連行される、の二択だ。
「さあさあ、とにかく急いで。今すぐにでも始めましょう!」
「は、はい。そうですね。――、ははは……」
そんな、目を輝かせているパーシスさんに半ば強制的につれられて喫茶店を後にする俺だった。




