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第三話 幸せの宝石・繋がる絆の形①

 しとしとと雨の音が聞こえる薄暗い部屋。

 暖炉に灯された光だけが視界を照らしている。

 そんな中、ソファに腰を下ろしてくつろぐ男がいた。

 俺を地獄の底から引きずり出してくれた二人のうちの一人だ。

 室内だと言うのにコートを着ていて、さらにはサングラスをかけるという見るからに奇妙な男。

 しかしその反面、性格や口調は物腰柔らかで荒んだ心も瞬く間に癒してくれる雰囲気を持っていた。


「おや、こんな時間にどうしたのですか」

「どうもしないよ。ちょっと喉が渇いただけ。――って、あんたは何食べてるんだよ」

「何って、ケーキですよ。イチゴの乗った甘いやつです。この前にあの子から手作りケーキを作って欲しいって頼まれましてね。久々に作ったのであまり出来栄えが良くなくて、いろいろと試しているところなのですよ。おいしく出来上がるまで暫しのお待ちを」

「……そっか。それはそうとして、ちょうどあいつも寝てる事だし、ひとつ聞かせて欲しいんだけど。いいかな」

「ひとつと言わずいくらでもどうぞ」

「うん。あんたはさ、なんであの子を引き取って育てようと思ったんだ。あの子、能力者なんだってな。今日さ、あの子が雨の中で何かの声を聞いているようなところを見てしまったんだ。その時に打ち明けられたよ。ちょっと……怖かった」

「そんなことを言ってはダメですよ。あの子だって立派に自分の過去と向き合って生きようとしている若者なんですから。君の質問に答えるならば、あの子に出会って人生観を変えられたってところでしょうか。そう言ってしまえば大層に聞こえてしまうでしょうけど。結局は単純な話ですよ。困っている子がいたら手をさしのべる。それが大人ってものなんじゃないですか。……あ、今私いいこと言いました?」

「うわぁ、台無しだよ。少しでもかっこいいかもって思った俺が馬鹿だった」

「ふふ、結構ですよ。あなたの思うがままに私を見てください。ですけどね、困っている子っていうのは君も同じなんですよ。私は君が立派な大人になるまでお付き合いします。隠居生活を始めた暇人の底力を舐めないでくださいね」

「そうだな。確かにあんたはしつこそうだよ。逃げてもすぐに捕まりそうだ。……ああ、そう言えばこの前言ってたよな。あんた、魔術学院の教授だって」

「ええ、そうですよ。正確には『元』ですけどね。それがどうかしましたか?」

「単刀直入に言うよ。この俺を魔術学院に行かせて欲しい。俺、あの子を幸せにしたいんだ。俺を救ってくれた恩返しをしたいんだ。そのためには少しでも多くの情報が必要になる。魔術学院は世界中の魔術的な情報が集う中枢なんだろ。だったら、今の俺の夢に最も近いとは思わないか」

「……本気ですか? あなたはまた見ることになりますよ。あの地獄を。蒙昧な人間たちの醜い姿を」

「承知の上さ。だって俺にはあんたたちっていう光があるんだ。こんなにも明るい世界へ連れてきてくれたんだ。この記憶があり続ける限り、俺は負けないよ」

「うう……ぐすっ……」

「って、なんで泣いてるんだよ」

「泣くに決まってるでしょ。こんなにも嬉しいことが他にありますか? 一度は全てを信じられなくなった君が、自分の意思で自分の道を切り開こうとしているのです。嬉しくないはずがありません。それでは早速手続きを始めましょうか」

「え、今から!?」

「ええ、善は急げです。さあ、気合い入ってきましたよ! よぉし、やるぞー!」

「お、おー……」



          ◇



 あれから一週間が経った。

 機械人形との戦闘後、特に普段と変わりのない平和な日々が続く。

 研究所の人たちに疑われない程度までに馴染んだところでフィリアと研究所中を回ってみる。しかし特に変わったところもなし。

 能力者の開発、疑似的な発現、という面に関しては様々なことを行ってはいるものの、至宝に関してはその存在がほとんど出てこなかった。

 意図的に隠しているのか、そもそも至宝という段階まで進んでいないのか。

 はたまたパーシスさんだけが思い浮かべている理想なのか。

 しかし結局のところ俺たちの目的には今一つ近づけずにいた。

 そんな中、一つだけ面白いことが起こった。

 あのロゼくんが『アルタイル』に監視役として研究に関わることになったのだ。

 名目は俺たちと同じ臨時研究員として。待遇も俺たちと同じようで研究に手を貸す限りは行動に制限を与えないらしい。

 アルタイルの職員からすればたまったものじゃないだろうけれど……

 そしてオズマ・ブランウェンは他の研究員と魔術工房を製作し来たる最終協議の日までを過ごすことになったとのこと。


『ほんと物好きだよ、オズマさんは。最後の日まで本土に帰ってればいいのに。けれどあの人とずっと一緒に過ごすことにならなかっただけでもよしとするか』


 とロゼくんは悪態をついていた。

 そんなことを気兼ねなく口にできるくらいには、ロゼくんにとって俺という人間の認識が変わったのだろう。

 かく言う俺のロゼくんに対する認識も、気が付けばただの敵対組織の人間から良き友人に変わっていたのだった。

 そして、変わったのは俺とロゼくんだけではない。

 ウルクスに来てからのたった九日間で、されど九日間で。俺の目から見えるアルタイルという名の研究所は、モノクロの景色から徐々に温かなモノへと色付いていったのだった。


「おじちゃん。何か欲しいものある?」


 その証拠だとでも言うかの如く、ティアちゃんが突然一人で俺の元にやってきて前触れもなくこのように訊いてきたのだ。

 笑顔がとても可愛らしい女の子。俺に対しての警戒心は、もはや皆無と言っていいだろう。この娘の両親は毎日研究に明け暮れているので、今はその両親に代わって相手をしてやっているわけだ。

 場所は研究所内にある喫茶店。

 研究所だからといって、鉄やコンクリートの壁に囲まれた固く冷たい雰囲気な所ではなく、どこにでもあるような暖かい雰囲気のある場所だ。

 食事は別の場所にある食堂でもとれるのだが、ここでもサンドウィッチやコーヒー、ちょっとしたつまみなど、カウンターにいるクラウスさんが用意してくれる。

 俺は主にここでティアちゃんの相手をしている。

 読書中だったんだがな。仕方がない。続きは後で読もう。


「いきなりどうしたんだ、ティアちゃん?」


 本のページの間にしおりを挟み、テーブルの上に置きながら聞き返す。

 俺はティアちゃんの質問の意図が理解できなかった。いつもあれが欲しいこれが欲しいと言っている娘が『何が欲しい?』だなんて。

 ちなみに今まではねだられたとしても全て拒否してきた。

 欲しい物があるなら親に頼んでくれ。

 まあ、それができないからこうして俺に頼んできていたんだろうが。

 それはともあれ、こいつはいったい何を考えているんだ? と疑問に思うも、


「だって来週の火曜日はおじちゃんの誕生日なんでしょ。だからだよ」


 そう言われたことで納得がいった。

 ああ、もうそんな時期だったか。

 二十四歳の誕生日。

 誕生日なんて二十歳を過ぎてからあまり気にしなくなったからな。

 たまに自分の誕生日がいつだったのかすぐに出てこない時がある。


「俺の誕生日か。でもよく知ってたな。誰に聞いたんだ? 父さんか? それとも母さんか?」


 俺の質問に対してううん、と首を横に振ったティアちゃん。


「違うよ。シェリーおねえちゃんから」


 そうカウンターの方を指さして言う。

 そこには俯せになり熟睡中のシェリー。スースーと気持ちよさそうに寝息を立てていた。起こしたら大変なことになりそうなので放っておこう。

 視線をティアちゃんへと戻す。


「欲しいものぉ! なあにぃ?」


 小さい身体で俺の身体を揺らしながら大声で訊いてくるティアちゃん。

 だからここで叫ぶなって。起こしてしまうって。

 とりあえず何か答えなければ。


「そうだな。心のこもった物ならなんでもいいよ。例えば手作りのアクセサリーとかかな。そんなものだったら何でも大歓迎だ」

「……手作り?」


 ティアちゃんは少し考えるように黙ってしまった。

 そして、腕を組みながら「うーん、うーん……」と唸る。

 続けて両手で頭を押さえながら再び唸る。

 最近分かったことなのだが、こいつは普段から感情が表に出やすい娘だったのだ。

 実際に今『なんだ、この奇妙な子供は?』と言われても仕方がないような動きをしている。

 数秒後、はっと閃いたような仕草をする。


「分かった。じゃあプレゼント楽しみにしててね」

「ああ。楽しみにして待ってるよ」


 そしてもう一言続ける。


「あとな、ティアちゃん」


 嘆息して言うとティアちゃんは何、と首を傾げた。


「そろそろおじちゃんって言うのは止めてくれ。何度も言うようだけど俺はまだ二十三だ。おじちゃんって言われるにはまだ早い」


 何で三つ年上のシェリーがおねえちゃんで俺がおじちゃんなんだ。

 矯正出来ないことはないんだろうけれど。

 ロゼくんは無事おねえちゃんからおにいちゃんになったわけだし。……別におにいちゃんって呼ばれたいわけじゃないけどな。

 ティアちゃんは俺の気持ちもいざ知らず、にっこりと微笑む。


「分かった、おじちゃん!」


 そう言うと、走ってどこかへ行ってしまった。

 いやいや、おじちゃんって言ってるじゃん。

 あいつ、絶対に分かってないだろ。

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