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第二話 工業都市ウルクス・蠢く幻影の鼓動④

第二話 工業都市ウルクス・蠢く幻影の鼓動④



 俺がフィリアと出会ったのは実に六年も前になる。

 とある田舎町に拠点を置く魔術師の家系に産まれた俺は代々受け継がれてきた魔術を習得すべく日々訓練を重ねていた。

 魔術師たるもの術の最奥に至るために全てを犠牲にしなければならない。

 それが魔術師としての常識だったし、はるか昔から続く固定観念のようなものだった。

 俺だってそうだった。自分が魔術師であることを受け入れ、そして誇りにも思っていた。

 だから、この受け継いだ魔術を発展させることにも従事したし、次の代に受け継がせるための記録も欠かさない。

 この先に続く誰かがこの魔術の最奥に至るそのために。

 けれど、俺はどこか他の魔術師とは違っていたらしい。

 通っていた学校の友人と人並みに遊び、人並みに馬鹿なことをする日々。

 魔術も大切だけど、一緒に過ごす友人の存在も大切だった。

 それは魔術師としては異常としか言えない状態とも言える。

 魔術は極秘の技術である。もし外部に漏れでもしたらその時は口封じにための改竄、もしくは始末するしかない。

 だが、そのようなことが俺の周りで起きることは無いと過信していた。

 魔術師として無意識のうちに発動してしまう俺の特性なんて

 傷の治りが早いくらい。自ら術の発動をしない限りはその程度だ。

 そんな意識の持ちよう。

 結局のところ俺は魔術師としては欠陥品だった。


 俺はあまりにも常識でありすぎた。

 俺はあまりにも人間でありすぎた。


 そんな俺を長年見てきてか両親は両親で俺の意志を尊重し、あろうことか魔術師を辞めてもいいとまで言い出した。

 流石に俺は断ったけれど、その言葉は何よりも嬉しかったことを覚えている。

 だってそうだ。彼らは受け継がれた使命より、俺という存在を見てくれたのだ。

 多少息苦しくはあるものの、そんな日々が俺は好きだった。

 この先もずっと続いてくれるんだって思っていた。

 しかし、世界はそんな甘さを許してはくれなかった。


 ある日突然の事だった。

 外部の魔術師集団が上質な土地を求めて侵攻してきたのは。

 田舎町であり、まだ魔力の流れも豊富だったここは彼らにとってうってつけの場所だったのだ。

 一人の人間を犠牲にし、町全体を儀式場として発動した禁術。

 目覚めし巨大な鋏をもった滅属性の獣の威光は瞬く間に街の住人を蹂躙し尽くした。

 町の人たちを死なせたくはない。この街に住む多くの人たちを救いたい。

 ただその程度の意思だった。

 ただその程度の決意で俺は実行に移してしまった。

 それは発動させた術士を、そして現れた獣を皆殺しにすることだった。



          ◇



 あれから数分後、フェイズさんの助けもあり黒コートを目的の場所まで誘導することができた俺たち。

 場所は工場跡地の中枢。

 そこは迷宮のように入り組み、曇り空も相まって薄暗くらい。

 ピトピトと水滴の滴る音は余計に不気味さを醸し出していた。

 異界とまではいかないが、それに近しい閉じられた空間はまさに監獄といえよう。

 そして俺たちは今から監獄の名に相応しく、黒コートを追い詰め逃げ場を失わせていた。


「さて、ここまでだ黒コートさんよ。もういいだろ、いい加減諦めな。逃げ場なんてどこにもないんだからさ」


 俺の目の前には黒コートの後ろ姿。

 観念したのか俺の方にゆらりと振り返る。

 その表情はフードで隠されていて読み取れなかった。

 諦めているのか、それとも何か他の手を使ってくるのか。


「……」

「だんまりか。それとも怯えて声も出せないか? まあいいだろう。嫌でもあんたが持っている情報を吐かせてやるよ」


 そして一歩踏み出す。ジャリとコンクリートの床を踏み込む。

 一歩、また一歩と。そこで気がついた。

 黒コートのフードの奥から紅い二つの灯火が煌めいていることに。


「……カカ、クキ……ギグギ……」


 続けて発せられる機械の音声のような呻き声。


「ん? なんだよ、その声は。ふざけてんのか?」

「カカ、カカカカ――!」


 すると突然、予備動作もなく一直線に飛びかかってくる。

 その手からは一本のナイフが突き出していた。

 しかし、それに驚くアーネストではない。


「おいおい、盛んだねえ。ちょっと興奮しすぎじゃないか。落ち着いて思考しなよ。そんなノロマでちっぽけなナイフが、まさかこの俺に通用するとでも思ったのかい?」


 フードの男の周りにいくつもの水の塊が出現する。


「――ギギ!?」


 それらはいっせいにフードの男に飛びかかり、まとわりつき、人ひとりを閉じ込める水の牢獄と化したのだ。


「いい加減理解しなよ。あんたがいったい何処の誰に喧嘩を売ったのかをさ」


 その中は水中と同義。

 普通の人間ならば一分もあればその意識を奪い去ることができる。


「グガガ、ガガガガ――!」


 しかし、フードの男も負けじともがき、そして抜け出すことに成功したのだった。


「へえ、この状態から抜け出せるんだ。案外やり手なのかな」


 そのまま路地の裏に逃げていくフードの男。

 しかし、アーネストはそれを追うことはなかった。


「けど、そっちはまずいんじゃないのかい」

「――!?」


 何故アーネストは追わなかったのか。

 フードの男は開かれた唯一の路地を進んで初めて気がついたはずだ。

 先程の場所から逃げ出すにはこの道を通る以外他にはなかったことに。

 水牢から唯一逃れられる部分の先がこの道しかなかったことに。

 アーネストの水牢に綻びなどあるはずがない。

 だが、そうだからこそ。抜け出しやすい部分を意図的に作り出せば、捕らわれた者は無意識的にそこから抜け出す。

 つまりは――


「はい、拘束完了。残念だけど追いかけっこはここまでだよ」


 暗がりから男の声がする。

 それを聞いた時はもう遅かった。

 フードの男に絡みつくようにつる状の何かが襲いかかる。

 四肢を拘束しナイフを振るうことすら許さない。

 そしてその頭上からは巨大な花弁が覆い被さった。


「さっきの水牢と違って僕の魔術から抜け出せるなんて思わない方がいい。無理に引き剥がそうとしたら、その時はどうなるか。全身に毒が駆け巡って、痛みもがきながら絶命するまでの時間を過ごすことになるだろう。君もそうはなりたくないだろ」


 路地の暗闇から声の正体が姿を現す。

 それは俺とともに黒コートを追いかけてきたフェイズさんだった。


「ふふ、チェックメイトだ」


 そして俺の方に振り向き声をかける。


「さて、僕の役割はここまで。先回りして通路を塞ぎ、ここにしか辿り着けないように仕向ける。あとは君の水牢は声を出すことさえ許さないものだから、君の代わりに僕が拘束する。その作戦は上手くいったことだし、あとは君に任せるよ。それにしてもこの人気のなさ。尋問には絶好の場所じゃないか。よくこんな場所を知ってたね」

「これもスヴェンさんのおかげだよ。自分の趣味か知らないけれど、しつこいほどに何度もこの街の構造について聞かされていたからね。ここに来た経験はないけれど、ここを利用するための知識はある。それにしてもこの魔術。植物の操作か。珍しいな。ここまで巨大なものを操れるだなんて」

「ありがとう。なんだか恥ずかしいな。自分の魔術を褒められるだなんて」


 へへへ、と何故か過剰に照れるフェイズさん。

 そこまで大層に褒めてないんだけどな。意外と謙虚な性格なのか。それとも褒められ慣れてないんだろうか。


「そんなことよりこいつだ。早いとこ話を聞こう」

「そうだね。ちょっと待ってて。今喋らせるから」


 言うとフェイズさんは呼び出した植物に命令して花粉のような粉状にものを黒コートにふりかける。

 それがどのような効果をもたらすかは分からないが、おそらくは自白させるための意識を朦朧とさせる何かなのだろう。

 すると黒コートは突然、拘束から抜け出そうともがき始める。


「おい、これって大丈夫なのか。まさかさっき言ってた毒で死ぬなんてことないだろうな」

「心配無用だよ。人質に死なれて困るのはこっちだからね。さっきの言葉は脅しさ。実際はちょっと眠ってもらうにとどまるよ」


 とフェイズさんは黒コートに聞こえないように耳打ちする。

 しかし、黒コートはもがくことをやめず、次第に身体の震えはより大きなものに変わっていく。それはまるで耐えようのない痛みに苦しんでいるようで――


「本当にそうなのか? だとしたらこの苦しみようはおかしいだろ」


 これはフェイズさんにとっても不可思議な現象のようで眉をひそませる。


「……これは――」


 そして数秒の思考の末、フェイズさんはひとつの可能性にいたる。


「マーベルさん。今すぐ彼に治癒の魔術を。仕込んだ毒で自決する気かもしれない!」

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