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第二話 工業都市ウルクス・蠢く幻影の鼓動③

 喫茶店を出た後、三人一緒にスヴェンさんの雑貨屋に向かっていた。

 ただし、徒歩ではなく車で。フェイズさんが車で移動していたこともあって乗せてもらうことにしたのだ。

 外に置いてあった手押し台車は別の人の物だったらしい。

 ちなみに彼の車にはお土産の品が大量に乗せられていた。後部座席のほとんど全てを侵食してしまうくらいの量。大人は乗ることができず、ぎりぎりティアちゃんが座れたくらい。

 これ、どうやって消費するんだろうか。そう思ってしまうほどの馬鹿みたいな量だった。

 雑貨屋には先にフィリアが行っているはずだ。スヴェンさんが俺の刀を整備するのと一緒に青龍剣の調整もしたいのだと言って、朝から研究所を出ていったのだ。

 俺がこの時間に来るのを想定していたのだろうか、雑貨店に到着して入ってみると、そこには誰もいなかった。

 どうやら魔力感知ができない者に対する人払いの結界が張られているらしい。

 かといって無音かと問われればそうでもなく、カウンターには店員が一人。店の奥からはガチャガチャと機械を動かしている時のような音がする。


「いらっしゃいませ、アーネストくん。お待ちしていましたよ」

「こんにちは、スヴェンさん。フィリアはもう来ているのか?」

「ええ、来ていますとも。今も青龍剣の調整をしていますよ。――フィリアさん、アーネストくんが来てくれましたよ」


 とスヴェンさんが奥に向かって声をかけると「はいはーい」と聞きなれた声が帰ってきた。

 そして数秒後ドタバタと音を立てて一人の少女が現れる。

 入れ替わりにスヴェンさんは気を利かしてなのか、「それでは私は奥に引っ込むとしましょうか」と言って部屋の奥に行ってしまった。

 そんな気遣いしてくれなくてもいいのに。


「おまたせー。アーネストやっと来てくれた。どこかで道草食ってた?」

「まあ、ちょっとね」

「ちょっと? 気になるなぁ。そのちょっとのこと言ってもいいんだよ」

「昼食が長引いただけだよ。ほら、後ろの二人と一緒にいたんだ」


 言って視線を後ろの二人、ティアちゃんとフェイズさんに移した。

 フィリアも俺の姿が重なり見えなくなっていた二人を覗き見る。


「フィリアちゃーん、こんにちは」


 とティアちゃんが腕を広げて勢いよくフィリアに飛びついた。


「いらっしゃいティアちゃん。どうしたの? お買い物かな?」

「うん。おじちゃんのかたな? を取りに来たんだよ」

「そうなんだ。一緒に来てくれたんだね。やさしいね、ティアちゃんは」


 フィリアはティアちゃんの頭を優しく撫でる。


「ふふふ、くすぐったいよ。あ、そうだフィリアちゃん、聞いて聞いて」

「ん? どうしたのかな?」

「おじちゃんね、フィリアちゃんのことが好きなんだって」


 と前ぶれなく戸惑いもなく言い出すティアちゃん。


「だからティアちゃん、そういうことはあまり口にするんじゃない」

「ぶー、いいじゃん」

「そうだよねー。いいよねー。わたしもアーネストのこと好きだよ。ティアちゃんは?」

「わたしも好き!」

「ふふ、一緒だね」

「はぁ、まったく。疲れるよ」


 この会話、いつまで続くのだろうか。

 嫌じゃないけれど正直本題に入りたかった。


「フェイズさん。ちょっと待っててもらってもいいかな」

「いいですよ。この雑貨店は興味深いものがいっぱいありそうですからね。少しの間と言わずにゆっくり用事を済ましてくればいいですよ」

「うん。すまないね」


 そして再びフィリアの方に視線を移す。


「フィリア。お取り込み中悪いけど、ちょっといいか」

「うん、いいよ。アーネストの刀のことだよね」

「ああ、そうだ。どうだ? もうメンテナンスは終わってたか?」

「もちろんだよ。切れ味も元通り。傷も完璧に修復したってスヴェンが言ってたよ。さっき刀の準備をして持っていくって言ってたから待ってるといいよ」

「そうか、ありがとう。助かるよ」


 そのやり取りが終わった瞬間、見計らったようにティアちゃんがフィリアの服を引っ張る。


「フィリアちゃん、フィリアちゃん。お外で雪だるま作ろ」

「そうだね、雪だるま作ろっか」

「やったー、一緒にお城作れる!」

「雪だるまじゃないの?」

「お城の雪だるまだよ」

「ん? わけわかんないな~」


 そんなやり取りをしながらフィリアとティアちゃんは一緒に店の外に出ていった。

 うん。俺も訳がわからん。

 とりあえずはスヴェンさんが戻ってくるまでの間、店にある席に座らせてもらうことにする。

 そこにフェイズさんも呼んで休憩をさせてもらうことにした。


「ちょっとは静かになったか」

「そうですね。それだけマーベルさんが物静かなことが強調されるのかな」

「そこはフィリアたちがうるさいって流れだろ」

「すいませんね。けど今の僕がいじれるのは君だけですから」

「ああ、そうだったな。普通はそうか。知らない人のことをいきなり悪くは言えないよな。ところでさ、この店、フェイズさんにとってどう見える」

「それはどんな意味での質問でしょうか。まあ、いいですけれど。そうですね、率直に言ってここは小さな異界だ。数々の商品が置かれていてそれらひとつひとつは何の効果も持たないもの。だけれどその置き方が問題ですね。店主さんが意図的にやっているのでしょうけれど、商品それぞれに適度な癒しの効果が働いている。お客さんたちはここに入った時点で満足してしまうかもしれません。いいことかと思いますけれど、店そのものとしてはあまり良くないのでは? 本当に物を買わせる気があるのか疑わしいくらいです。多分、本当に何かを求めている人以外は商品を手に取ることも無く何も買わずに出ていくのではないかと」

「驚いたよ。そこまで見抜くなんて。これは例え魔術師であろうとも実力がなければ気づくことさえできない結界なのに。けれど君が本当に魔術師として実力があることをしれたよ」

「お褒めの言葉をありがとうございます。最後にひとつ加えると、この雑貨屋はおそらく何かを隠すためのカモフラージュですね。店の奥がいっそう気になりますよ」

「ああ、ごめん。聞いておいて悪いけれどあんまり興味は持たないでくれ」

「了解です。僕も好き勝手に土足で他人のプライバシーに踏み込むつもりは無いから」

「感謝する」

「けれど、代わりと言ってはなんだけれどあの人について聞かせてくれませんか?」

「ん? あの人ってなんだよ」


 聞くとフェイズさんは「うーん」と背筋を伸ばして微笑む。


「そっかー。あの娘がフィリアさんか。なかなか可愛らしい人ですね。これは好きになってしまうのもわかりますよ」

「今度は何の話だい」

「何の話って、そりゃフィリアさんのことですよ。馴れ初めは? どんなところが好きなんですか?」

「……あんた、他人のプライバシーには好き勝手に踏み込まないんじゃなかったのか?」

「あなたはもう他人じゃないですよ」

「友達って言いたいのか?」

「そうです。僕とマーベルさんはもう友達ですよ」


 と再び微笑む。

 何故だろうか、俺の周りにはこんな感じの明るい奴らが集まってくるのは。物静かな俺への天罰か。もっと明るく生きろって。それはフィリアだけで十分だよ。ただでさえシェリーや変わり者の生徒たちがいるのに。ここにフェイズさんが加わったらもう俺の頭はパンクしてしまう。

 ああ、スヴェンさん。あなたの存在は救いだよ。だからいい加減魔術学院に戻ってきてくれないかな。


「その話についてはそのうちな。ちょっと暗めの話だからさ」

「じゃあそのうちを楽しみにしておきます。ですけれど、これだけは聞いておきたいかな。フィリアさん、彼女は魔術師じゃないのですか? マーベルさんと店主のパルムさんは魔術師なのに」

「ああ、フィリアは違うよ。ただの普通の女の子だよ」

「そうなのですか。そうだといいけれど」

「と言うと?」

「関係の無い人に魔術の存在を教えると、いずれは魔術に飲み込まれるってことです。彼女が本当に普通の女の子だって言うのなら、悪いことは言いません。この生活を改めるべきかと」

「それも考えてはいるよ。けど真剣だな。過去に何かあったのかい?」

「似たようなことはあった、とだけ言っておきます。今はね」

「そっか。じゃあこれ以上は聞かないよ」


 といったところで会話が途切れる。

 けれど、それは会話の内容が思いつかなかったからでは無い。

 楽しく話をすること以上に俺たちにとって重要なことができてしまったからだ。

 漂う怪しい気配。俺たちを突き刺すような鋭い視線。邪悪な気配を漂わせた魔力の波動。

 それに俺だけでなくフェイズさんも気がついたらしい。

 その直後だった。


「きゃああああ!」


 突如雑貨屋の外から響き渡る爆発音と住人の悲鳴。

 間髪入れず雑貨屋の扉を勢いよく開いて外に飛び出し様子を確認する。

 まず目に入ったのはいつもの見慣れたフィリアの姿。彼女はぐったりとしたティアちゃんを何かから守るように抱きしめていた。

 そして次に目に入ったのは破壊された雑貨屋の塀と雪だるま。それらは普通では考えられないような形状に破壊されていた。

 ハチの巣状、といえばぴったりくるだろうか。ただ、銃弾で打ち抜かれたかのようではなく、まるで空間ごと抉り取られたかのような歪さに若干の戸惑いを受ける。


「なにがあった、フィリア!」

「え、えっと。わたしにもよくわからなくて。黒いコートの人、たぶんどこかの魔術師だろうけど、突然襲い掛かってきて……」

「黒いコート? それで、フィリアが追い返したのか?」


 確かに先程感じた魔力はここから逃亡を図りどこかへ向かっている。しかし、その問いにフィリアは横に首を振った。


「ううん。違うの」


 そう言うと抱きしめるティアちゃんを見る。


「まさか、ティアちゃんが」

「うん、そのまさかだよ」


 そんな馬鹿な。彼女は何でもないただの女の子だ。実験の被験者であることから多少の魔力は内包しているものの魔術が使えるなんて話は聞いていない。

 それ以前にこの場で発生した魔術の痕跡はその黒コートのもの以外には感じ取れない。同様に破壊されたものからも魔力の残滓が感じ取れない。

 これはいったいどういうことなんだ……と悩んでいる横からフェイズさんが呼びかけてくる。


「マーベルさん、追うかい? 今なら追いつけるよ」

「あ、ああ。もちろんだ。追うに決まってるさ」


 そう答えたのと同時に雑貨屋からスヴェンさんが勢いよく飛び出してきた。


「皆さん、何かあったのですか!?」


 スヴェンさんは不思議そうに俺たちを見つめる。


「すまない。ちょっと急用ができた。事情はフィリアから聞いてくれ。それとティアちゃんをすぐに研究所まで送ってやってくれないか」


 スヴェンさんは不思議そうに首を傾げるも、俺たちの醸し出す雰囲気を察してかやれやれと肩をすくめる。


「なんだか大変なことに巻き込まれたようですね。いいでしょう。ここのことは任せて君たちは好きなように行動してください」


 その言葉に頷くと、それを合図に俺は走り出した。



 当然ではあるが気配の主は既にこの場から逃亡を図っている。

 人混みのなかをすり抜け、路地裏に入り込んでは入り組んだ分かれ道を進んでいく。

 だがそれだけで俺から逃げられると思うなよ。

 どこに逃げていったかは検討がつく。微かにではあるが気配の主が残した魔力の痕跡が俺を導いてくれる。

 それを辿って粉雪の舞う街を駆ける。

 その隣には並んで駆ける一人の魔術師。頼んではいないのだけれど、やはりフェイズさんもついてきていた。多分興味があったからなのだろう。


「いったいどういうつもりだい、フェイズさん」

「ふふ、ただの手助けですよ。人手は多いに越したことはないでしょ?」


 この人はどうあってもついてくるらしい。

 たぶん俺が帰れと言ったところでこの人の意思は変わらないだろう。

 だったらいいように使うだけだ。せいぜい力になってくれよな。

 その上でフェイズさんの魔術を見ることが出来れば上々だ。


「で、どうしますか。その黒コートの人」

「追い詰めて目的を吐かせる」

「追い詰める? 一体どこに」

「できれば人目につかないところがいい。そこでうってつけのところがあるんだけど。手助けしてくれるんだろ、フェイズさん」

「了解。もとよりそのつもりだからね。その作戦、聞かせてくれよ」


 そうして俺たちは視線の主を追いかけながら

 作戦の打ち合わせを始めるのだった。

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