第二話 工業都市ウルクス・蠢く幻影の鼓動②
「君はフェイズさんじゃないか。なんでこんなところに」
「いやー。僕もこの街に来たからには是非買っておきたいものがありまして。朝からずっと歩き回っていたんですよ。それにこの喫茶店、ウルクスでは有名なお店だそうで。行かないのは勿体ないかなと思って寄ったんですよ。ほらこれ」
そして俺に見せるように差し出してくる大きなサイズのトレー。
その上にはカウンターで売っているパン全種類を一つずつ積み重ねていた。
そしてトレーの端には二種類のコーヒー。
流石に種類がありすぎたのか、乗せているのはおそらくこの店の人気第一位と二位だろう。
「そうは言ってもさ、その量はないだろ。さすがに食べきれないと思うけれど……。まさかフェイズさん、この隣の席に座ってた?」
「そうですよ。ここに来るまでに色々買い物をしてしまいまして。久々にはしゃいでしまいました」
と笑顔のフェイズさん。
これ、どうやって持って帰るんだよ。まさか外に置いてあった手押し台車もフェイズさんのものだったのか?
もしそうだとしたら恐ろしい。
街中で大量のお土産を乗せた手押し台車を押しているところを想像すると、それだけで俺は恥ずかしくなってくる。この人には羞恥心というものがないのか。
「そ、そっか。まあ、ほどほどにな」
「ええ。承知しました」
言って、フェイズさんは隅の席についた。
「そういうマーベルさんも外国から来たんですよね。ここで何かお土産だったり買わないんですか?」
「いいや、俺は何も買わないな。この街、俺はそんなに来ることは無いんだけれど、知り合いのおじさんがこの街に住んでてさ。何かと特産品や名物料理を送ってくるんだ。あとたまに写真も。そのせいで自分では足を運んでいないのに目新しさがないという奇妙な感覚に陥っているよ」
「へー、それは面白そうな感覚だね。僕にはまだないや。ぜひ体験してみたいね」
そんな何気ないやり取り。
仲のいい人同士ではなく仕事の付き合いの上でやるような表面上の会話。
お互いがどこまで踏み込んでいいか分からないことで会話も中途半端に途切れてしまう。魔術の研究のこととかいろいろ聞きたいことはあるんだけれどな。
それを聞いていいのか分からない。どこまで踏み込んでいいのか分からない。立場上、特に意識してしまう。こういう時は深く考えすぎないような人の思考回路が羨ましく思う。
そんな時だ。注文していた料理を受け取ったティアちゃんが戻ってきたのだった。
テーブルにトレーを置くと、そのままフェイズさんの姿を観察する。
「あれ、ロゼおねえちゃん? ロゼおねえちゃんだ。こんにちは」
と笑顔でフェイズさんに挨拶をするティアちゃん。
フェイズさんのことをおねえちゃんって言ってたけど、これはツッコミ待ちなのかい?
「ティアちゃんはフェイズさんのこと知ってるのか?」
「うん、知ってるよ。この前お家で会ったんだよ。いっぱいお菓子くれたんだ」
ティアの言うお家は研究所のことだろうか。
けれどそこで会ったっていうことは初めてフェイズさんと会ったその後にティアちゃんにも会っていたことになる。まさかオズマとも出会っていたりしないだろうか。
フィリアが何も言ってこなかったから大丈夫なのかもしれないが、そこはかなり心配だな。
「ふふ、こんにちはティアちゃん。ちゃんと挨拶できるんだ。偉いね。けれどティアちゃん、勢いに任せて喋っちゃだめだよ。僕はおねえちゃんじゃなくて、おにいちゃん」
人差し指を立てて優しく間違いを正すフェイズさん。
しかしティアちゃんは理解できていないのか、ポカンと口を開けたままだった。
「ダメなんだよ、ロゼおねえちゃん」
「えっと、何がかな?」
「女の子は僕じゃなくてわたしって言った方がいいんだよ。シェリーおねえちゃんが言ってた」
「いや、だから僕は……」
あ、これはまずい。流石に失礼だ。
急いでティアちゃんの口を優しく塞ぐ。
「おい、もう止めるんだティアちゃん」
「うぎゅ……」
別に僕って言う女性がいてもおかしくないんだよ。
世の中これを認めないのはよろしくないのでは?
ていうかこれ、絶対に俺やフェイズさんを困らせるためにシェリーが吹き込んだんだろ。許せねえよ。
「すまないフェイズさん。この子にはちゃんと言っておくからさ」
そんな俺たちを見てフェイズさんは微笑んだ。
「いいや、いいよ。面白い体験だったと思っておくことにするよ。その呼び方もそのうち直してくれたらいいから」
とは言うものの、微かに頬が引きつっているのが見えてしまった。
あー、やっぱりいい思いはしないよな。普通はさ。
憂鬱だなぁ、と心の中で大きくため息をついた。
「……ごめんなさい、フェイズさん」
◇
そんなやり取りの後俺たちはそれぞれが頼んだ昼食を食べていた。
フェイズさんはやっぱり全てのパンを食べきることは出来なかったようで、その分を持参のバックにしまっていった。
「そうだロゼおねえちゃん。ご飯食べ終わったら一緒にフィリアちゃんのところに行こ。ねえ、いいでしょいいでしょ」
突然そう言いながらフェイズさんの腕を上下に振り回す。
おいティアちゃん。まだフェイズさんの傷が癒えていないうちに叩き込むなよ。ショック死するぞ、この人。
現にフェイズさんはおよそ人間とは思えない唸り声をあげていた。
「うう、またかい、またなのかい? はいはい。おねえちゃんですよ~。はぁ……、聞いちゃいない。あとフィリアちゃんって誰だよ」
その消え入りそうな囁きもティアちゃんは聞き取り答える。
「フィリアちゃんはね、おじちゃんの好きな人なんだよ」
「ティアちゃん、余計なことを口にするな。あとおじちゃんも余計だ」
何を言っているんだか。紹介の仕方を完全に間違えているだろ。
「えー、なんで?」
「何でもないよ。こういうことはあまり口にするものじゃないんだよ」
「おじちゃん、フィリアちゃんのこと嫌いになっちゃったの」
「なんでそうなる」
「嫌いになっちゃったの?」
「……」
「……うう」
なんでそこで黙るんだよ。泣きそうな目もしないでくれよ。
まるで俺が悪いみたいじゃないか。
「……好きだよ。今も変わらずな」
「だよねっ!」
と満面の笑みを浮かべたティアちゃん。
そして、その隣でフェイズさんも微笑んでいた。
「へー、そんなんですか」
「フェイズさん、何故そんな目で俺を見る」
「いえいえ、ちょっとだけ興味を持ちまして。あなたって本当に魔術師ですよね? 僕が見てきた魔術師とは雰囲気がかけ離れている。まるで物語に出てくる人物みたいだ」
「それ褒めてるのか? 魔術師としての常識がないって意味に聞こえるんだけど?」
「褒めてるに決まっているじゃないですか。僕にも思うところはあるんですよ」
「そんなものなのか?」
「そんなものですよ」
と、そんなもやもやしたところで会話が途切れる。
気になりはするものの聞いていいのだろうかと悩ましくもある。
それにもし聞いて答えれくれたとしても、内容によってはティアちゃんを不安にさせてしまうかもしれない。ここはたとえ中途半端だとしても会話を終わらせた方がいいかもしれない。
と、そんな意味も込めて残ったコーヒーを手に取って飲む。
そうしていた時だ。隣のティアちゃんが突然勢いよく手を上げた。
「――はい! ごちそうさま! 全部食べ終わったよ、おじちゃん、おねえちゃん。フィリアちゃんのところに行こっ!」
そんなティアちゃんを見て俺とフェイズさんもつられて微笑むのだった。




