55話 班
「はいはい、まだ班決めはしませーん。」
桃原先生がパンッと手を叩く。
「まずは話を聞いてくださーい。」
「えぇーー!」
教室中から不満そうな声が上がる。
「気持ちは分かるけど、説明終わってからね。」
桃原先生は苦笑いを浮かべながらプリントを持ち上げた。
「班は四人一組。」
「宿泊中は、寝る時以外は基本この班で行動してもらいます。」
「登山、スケッチ、飯ごう炊飯、キャンプファイヤーも全部班ごとね。」
その言葉に、教室がまたざわつく。
蒼真はプリントへ目を落とした。
(寝る時以外……ずっと一緒か。)
自然と緊張で喉が鳴る。
一方。
亜里沙も同じプリントを見つめていた。
(ずっと……一緒。)
その一文を見た瞬間、頬がほんのり熱くなる。
思わず前髪を指先でいじりながら、小さくうつむいた。
七宮はというと。
(よしっ!)
心の中でガッツポーズ。
四人班。
この人数なら十分チャンスはある。
瑠華はそんな三人を順番に見て、小さく肩を落とした。
(……はいはい。)
(分かりやすすぎ。)
心の中でそう呟きながら、苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ説明は以上!」
桃原先生はプリントを机へ置いた。
「班決め、スタート!」
その一言だった。
ガタッ!
一斉に椅子が引かれる。
「一緒の班になろー!」
「先約だから!」
「あと一人空いてる!」
あちこちで声が飛び交い、静かだった教室は一瞬でお祭り騒ぎになった。
蒼真は勢いに圧倒され、思わず立ち尽くす。
(やっぱり……。)
(こうなるよな。)
すると――。
ガシッ。
突然、右腕をつかまれた。
「米倉!」
振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた七宮がいた。
「行くぞ!」
「え?」
「コミュ力改造計画!」
「実践編だ!」
七宮は蒼真の返事も待たず、その腕を引っ張って人混みの中へ飛び込んでいった。
「ちょ、ちょっと待っ――!」
蒼真の声もむなしく、七宮は人混みの中をずんずん進んでいく。
「七宮君! 引っ張るなって!」
「細かいこと気にすんな!」
「今はスピードが命だ!」
「何の勝負だよ……。」
蒼真は苦笑しながらも、その手を振りほどこうとはしなかった。
教室では、すでにあちこちで班が決まり始めている。
「あと一人!」
「ごめん、もう決まっちゃった!」
そんな声が飛び交うたびに、蒼真の胸は少しずつ焦り始めた。
(また……余るのか。)
その時だった。
七宮がピタッと足を止める。
「よし。」
「まずは作戦会議だ。」
「作戦?」
「四人班だろ?」
七宮は指を四本立てる。
「俺と米倉で二人。」
「あと二人集めれば勝ちだ。」
「勝ちって……。」
蒼真が呆れたように笑う。
その笑顔を見た七宮も、つられて笑った。
「ほら、その顔。」
「前だったら今頃、机にしがみついてただろ?」
「……。」
図星だった。
少し前の自分なら、きっと席から動くことすらできなかった。
七宮が声を掛けてくれなければ、ただ時間が過ぎるのを待っていただけだ。
「米倉。」
「今日は逃げんな。」
七宮は真っすぐな目で言った。
「一歩だけでいい。」
「自分から動いてみろ。」
その言葉に、蒼真はゆっくりとうなずく。
「……分かった。」
一歩。
ほんの一歩だけ前へ踏み出す。
その瞬間だった。
教室の反対側から、小さくこちらを見つめる視線があった。
亜里沙だ。
目が合う。
ほんの一瞬。
お互いに何かを言おうとして、言葉が出ない。
すると、その様子を見ていた瑠華が額に手を当て、小さく空を仰いだ。
「はぁ……。」
「もう、見てられない。」
瑠華はそう呟くと、二人の間に割って入るように歩き出した。
「ちょっと、米倉くん。」
瑠華が二人の前で足を止めた。
「え?」
突然声を掛けられ、蒼真は少し驚く。
「班、もう決まった?」
「いや、まだだけど……。」
「そっか。」
瑠華は一度だけ頷くと、後ろをちらりと振り返った。
視線の先には亜里沙。
さっきからこちらを見ては、目が合うたびに慌てて視線を逸らしている。
(……もう。)
(ほんと分かりやすい。)
瑠華は心の中で苦笑した。
「じゃあさ。」
「一緒の班にならない?」
その一言に、蒼真も七宮も目を丸くする。
「え?」
「私と亜里沙。」
「米倉くんと七宮。」
「ちょうど四人じゃん。」
一瞬。
教室の音が遠くなった気がした。
蒼真は思わず亜里沙を見る。
亜里沙も驚いたように目を見開いていた。
「えっ……。」
小さく声を漏らす。
嬉しい。
でも、自分からは何も言えない。
そんな気持ちが、その表情にそのまま表れていた。
七宮は一瞬だけ亜里沙を見つめる。
(よし。)
(同じ班になれる。)
心の中で小さく拳を握る。
だが次の瞬間、いつもの笑顔に戻った。
「いいじゃん!」
「四人なら楽しそうだ!」
「俺、賛成!」
その勢いに押されるように、蒼真も口を開く。
「……俺も。」
「よろしく。」
少し照れくさそうにそう言うと、亜里沙はぱっと笑顔になった。
「う、うん!」
「よろしく!」
その笑顔を見た瑠華は、小さく息を吐く。
(はい、これで一件落着。)
そう思った矢先だった。
「ちょっと待って!」
教室の後ろから、大きな声が響いた。
四人は同時に、その声のした方へ振り向いた。
「亜里沙!」
女子グループの一人が、大きく手を振りながら近付いてきた。
「えっ?」
「うちらと班組む約束してたじゃん!」
「え……?」
突然の言葉に、亜里沙は目を丸くする。
「ほら、昨日も話してたでしょ?」
「林間学校、一緒がいいねって!」
周りの女子も「そうそう!」と頷く。
亜里沙は困ったように瑠華を見る。
次に蒼真を見る。
蒼真と目が合った。
だが蒼真は何も言えない。
(引き止める資格なんて……ないよな。)
別に付き合っているわけでもない。
ただ同じクラスメイト。
自分の都合で亜里沙を困らせるわけにはいかなかった。
「大丈夫。」
蒼真は小さく笑った。
「せっかく誘われてるんだから。」
「そっちに行っても――」
「やだ。」
その一言に、蒼真の言葉が止まる。
教室も、一瞬だけ静かになった。
亜里沙は、自分でも驚いたように目を瞬かせる。
「あ……。」
思わず本音が口からこぼれていた。
頬がみるみる赤く染まっていく。
「ち、違っ……その……。」
慌てて言葉を探す亜里沙。
瑠華は額に手を当て、小さく天井を見上げた。
(出ちゃった……。)
(本音。)
七宮はきょとんとした顔で亜里沙を見つめる。
そして隣の蒼真を見る。
蒼真は何が起きたのか分からず、ただ固まっていた。
教室中の視線が、四人へ集まり始める――。
「あ……。」
亜里沙は自分の口を両手で押さえた。
しまった。
そう思った時には、もう遅かった。
教室中の視線が自分に集まっている。
「ご、ごめん!」
慌てて首を横に振る。
「やっぱり……瑠華と一緒がいい!」
そう言うと、亜里沙は照れ隠しをするように笑った。
「ほら、私たちいつも一緒だし!」
その言葉に、一瞬静まり返っていた教室から、
「あぁ、なるほど。」
「それなら分かる。」
「確かに、あの二人いつもセットだもんね。」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
瑠華と亜里沙。
クラスでは有名な仲良しコンビだ。
今さら別々の班になる方が、不自然なくらいだった。
「じゃあ仕方ないか。」
女子たちも顔を見合わせ、納得したように頷く。
その様子を見て、亜里沙は胸をなで下ろした。
(あぶなかった……。)
心臓はまだ、ドキドキと音を立てている。
一方、その隣では瑠華が小さくため息をついた。
(フォローは上手だったけど……。)
(最初の『やだ』は、もう取り消せないよ。)
瑠華は苦笑いを浮かべながら、そっと亜里沙の肩を軽く叩いた。
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