54話 梅雨明け
お互いに自分の気持ちへ気付いた二人。
けれど。
あの夜から、まだ一度もまともに話せていない。
時間だけが、少しずつ過ぎていく。
*
七月最初の金曜日。
ロングホームルーム。
教室へ入ってきた桃原先生――通称、ももちゃんが、笑顔で教卓に立つ。
「はいはーい。」
「今日は林間学校の班決めするよー!」
ももちゃんは黒板へ「林間学校」と大きく書く。
「今回はキャンプだよ!」
「四人一組で、全部で十班。」
「寝る時以外は、基本その班で行動してもらいます。」
「登山して、スケッチして、ご飯も班ごとに作るからね。」
「キャンプファイヤーも班ごとに動くことが多いから、ちゃんと協力できるメンバーを考えてね。」
「ちなみにテントは男女別だから、そこは安心して。」
その説明が終わった瞬間。
教室中が一気にざわついた。
「来たぁー!」
「うわぁ……班決めかよ。」
「お願いだから一緒になろうね!」
教室の空気は、一瞬で戦場へ変わった。
蒼真はというと――。
内心、顔が引きつっていた。
あの日以来。
七宮による『コミュ力改造計画』は毎日のように続いている。
少しずつ話せる人は増えてきた。
でも。
まだ日が浅い。
そして何より。
班決めは、昔から蒼真が一番苦手なイベントだった。
球技大会。
校外学習。
ペア決め。
いつだって、自分から「一緒にやろう」と言えない。
結局、最後に余った一枠へ入る。
それが、いつもの蒼真だった。
(……美容学校を理由に休む。)
一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎる。
でも。
すぐに振り払う。
(違う。)
(変わるって決めたんだ。)
蒼真は小さく息を吸う。
その瞬間。
頭の中で、試合開始のゴングが鳴った。
――カーン。
(よし……。)
そう覚悟を決めた、その時だった。
目の前に、一人の男が立ちはだかる。
七宮だった。
その顔は。
どう見ても、何か企んでいる。
嫌な予感しかしない笑顔を浮かべながら、七宮は蒼真の肩へぽんっと手を乗せた。
「よぉ、米倉。」
頭の中で鳴っていたゴングをかき消すように、七宮が目の前へ立った。
その顔は。
どう見ても何か企んでいる。
「……何?」
蒼真は嫌な予感しかしなかった。
七宮はニヤリと笑う。
(よし。)
(まずは第一段階。)
七宮には、どうしても蒼真と同じ班になりたい理由があった。
コミュ力改造計画のため――ではない。
本当の目的は別にある。
瑠璃ヶ浜亜里沙。
七宮は一年の頃から、ずっと亜里沙に片思いをしていた。
もちろん本人には言っていない。
言えるわけもない。
でも。
二年になってから、ずっと気になっていたことがある。
亜里沙。
瑠華。
そして米倉。
気付けば、この三人が自然と一緒にいる場面を何度も見てきた。
(この三人はセットだ。)
七宮はそう読んでいた。
だったら。
米倉と同じ班になれば。
亜里沙や瑠華も、その班へ来る可能性が高い。
(悪いな、米倉。)
(今回はお前を利用させてもらうぜ。)
そんなことを考えているとは知らず。
蒼真は不思議そうな顔で七宮を見ていた。
「米倉。」
七宮は真っすぐ蒼真を見る。
「俺と同じ班になろうぜ。」
「え?」
あまりにも突然の誘いだった。
「安心しろ。」
「余り物になる前に、俺が拾ってやる。」
「誰が余り物だ。」
蒼真は思わずツッコミを入れる。
七宮は豪快に笑った。
「そのツッコミが出るようになっただけでも成長だ!」
「コミュ力改造計画、大成功!」
「いや、まだ何も始まってないから。」
蒼真は呆れたようにため息をつく。
それでも。
七宮が自分から声を掛けてくれたことは、少しだけ嬉しかった。
そのやり取りを。
隣の席で、瑠華は静かに見ていた。
「はぁ~……。」
思わずため息が漏れる。
(はいはい。)
(そっちね。)
と言わんばかりの表情で、今度は教室の反対側へ視線を向ける。
その先には、亜里沙。
案の定だった。
亜里沙は席に座ったまま、何か言いたそうな顔で瑠華をじっと見ている。
目が合う。
何も言わない。
でも。
言いたいことだけは、痛いほど伝わってきた。
「……こっちもかぁ。」
瑠華は小さく呟くと、席を立つ。
亜里沙の机まで歩いていき、机に肘をついた。
「ねぇ、亜里沙。」
「何、そのモジモジ。」
「言いたいことあるんでしょ?」
「えっ……。」
図星だった。
亜里沙はさらにモジモジし始める。
口を開こうとしては閉じる。
結局、何も言えない。
そんな姿を見て、瑠華は苦笑いする。
「はいはい。」
「分かった、分かった。」
「後でね。」
それだけ言うと、瑠華は自分の席へ戻っていった。
(……この二人。)
(ほんと、手が掛かる。)
瑠華は誰にも聞こえないように、小さく笑った。
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