53話 天使が恋に気づくまで。
その日の帰り道。
亜里沙は何度も自分に言い聞かせていた。
(……前に進まなきゃ。)
家へ帰る。
制服から部屋着に着替え、一人ベッドへ腰を下ろす。
静かになると、また考えてしまう。
モデルの仕事。
専属モデルの話。
もし、その仕事を受ければ。
蒼真に髪をやってもらうことは、もうできなくなる。
きっと。
あれが最後だった。
でも。
モデルは、小さい頃からの夢。
ここで立ち止まる理由なんてない。
蒼真も言ってくれた。
「断る理由なんてないよ。」
あの言葉に、嘘はなかった。
だからこそ。
余計に胸が苦しかった。
ベッドへ寝転び、天井を見つめる。
二年生になってからの出来事を、一つずつ思い返す。
髪をきれいにしてくれた日。
撮影のために何日も悩んでくれたこと。
営業が終わってからも練習していた姿。
誰よりも本気だった。
嬉しかった。
尊敬した。
憧れた。
普通の高校生とは、どこか違って見えた。
大人だからじゃない。
夢に向かって、本気で進んでいる人だった。
その姿が、眩しかった。
私は……。
モデルになりたいと言いながら。
ただ周りに褒められて、浮かれていただけだったのかもしれない。
蒼真君は違う。
周りの目なんて気にしない。
やりたいことのために、毎日積み上げている。
ぼんやりした未来じゃない。
ちゃんと目標があって、そのために努力している。
だったら。
私も負けられない。
モデルになるって決めたのは、自分なんだから。
亜里沙はぎゅっと拳を握る。
「……絶対に負けない。」
「私も、本気で頑張る。」
でも。
やっぱり。
蒼真君との今までの関係を終わらせたくない。
そう思ってしまう。
モデルの夢は追いたい。
それでも。
蒼真君とも離れたくない。
その矛盾が、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回していく。
ベッドに寝転ぶ。
目を閉じても。
頭に浮かぶのは蒼真君のことばかりだった。
今日は。
結局、何も話せなかった。
本当は話したかった。
「おはよう」って。
「髪、似合ってるね」って。
たったそれだけなのに。
勇気が出なかった。
また泣いちゃうかも。
……いや。
今度は泣かない。
そう思った。
でも、それもきっと言い訳。
弱いのは、あたしだ。
好きな人?を前にすると。
こんなにも臆病になるものなんだ。
今日。
瑠華に聞かれた言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返される。
――「米倉くんのこと、好き?」
好き。
好き……?
考える。
いや。
考えているというより、その言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。
(好きなの?)
(あたし……。)
分からない。
恋愛なんて、今まで本気で考えたこともなかった。
だから。
これが恋なのかなんて、自分でも分からない。
でも。
自分の気持ちに嘘をつかなければ。
答えは、とっくに出ていた。
髪をきれいにしてくれた時。
リタッチが終わって鏡を見た時の嬉しさ。
営業が終わってからも、一人で何度も練習していた姿。
撮影のために本気で悩んでくれたこと。
泣きながら「ありがとう」を伝えた夜。
今日、前髪を上げて登校してきた姿。
ぎこちない笑顔で「ありがとう」って返していた姿。
全部。
全部。
頭から離れない。
「あっ……。」
思わず声が漏れた。
その瞬間。
全部つながった。
顔が熱い。
恥ずかしい。
認めたくない。
でも。
もう、ごまかせなかった。
男の子として。
蒼真君のことが好きなんだ。
「うわぁ……。」
思わず枕に顔を埋める。
「キモ……あたし。」
照れ隠しに、自分へツッコミを入れる。
それでも。
胸の鼓動は、全然落ち着いてくれない。
しばらくベッドの上でバタバタと転がり回る。
「もう……何なのこれ。」
笑ってしまう。
泣きたくもなる。
自分でも、この気持ちが忙しすぎた。
でも。
少しだけ落ち着くと、今度は違う感情が湧いてくる。
最初に出会った頃は。
ただの、ちょっと面白そうなクラスメイトだった。
でも。
初めてリタッチしてもらった、あの日から全部が変わった。
美容師として働く姿。
営業が終わっても練習を続ける姿。
夢のためなら、人にどう思われても関係ないと言わんばかりの真剣な横顔。
高校生なのに。
どこか自分よりずっと大人に見えた。
だから。
尊敬した。
憧れた。
そして。
好きになった。
「……なんか。」
「今は蒼真君に負けた気がする。」
恋も。
夢への本気さも。
全部。
少しだけ先を歩かれている気がした。
でも。
負けっぱなしは悔しい。
蒼真君だけが夢を追うんじゃない。
あたしにも夢がある。
「モデル。」
「絶対に受ける。」
そして。
「絶対に負けない。」
恋にも。
夢にも。
どっちからも逃げない。
そう心に決めた夜だった。
ただ、一つだけ。
今。
蒼真君と話したい。
何を話すわけでもない。
今日あったことでも。
学校のことでも。
本当に何でもいい。
ただ。
声が聞けたら、それだけでよかった。
でも。
勇気が出ない。
指が動かない。
会いたいのに。
話したいのに。
一歩が踏み出せない。
亜里沙はスマホを手に取る。
何度も蒼真のLINEを開いては閉じる。
「はぁ……。」
小さくため息をついた。
そのまま画面を切り替え、瑠華とのトーク画面を開く。
少しだけ迷う。
指が止まる。
それでも。
ゆっくりと文字を打ち始めた。
『あたし……。』
『やっぱり蒼真君のこと好きかも。』
『今、連絡取りたい。』
『どぉしたらいいかな?』
送信。
メッセージが送られた瞬間。
亜里沙はスマホを胸に抱きしめ、そのままベッドへ倒れ込む。
「はぁぁ……。」
恥ずかしい。
でも。
ちゃんと自分の気持ちを、誰かに正直に言えた。
それだけで十分だった。
「……一歩前進。」
小さく呟く。
その言葉に、亜里沙は少しだけ笑顔になった。
( ̄ー+ ̄)キラーン
天使が恋に気づくまで!
まだ落ちてないからねwww




