48話 変化
翌朝。
蒼真は自分の部屋で鏡の前に立っていた。
いつもなら。
ギリギリまで寝ている。
起きて。
制服に着替えて。
寝ぐせもそこそこに、そのまま学校へ向かう。
それが蒼真の日常だった。
だが。
今日は違う。
洗面台の前に立ち、ハードミルクを手に取る。
仕事の時以外では、ほとんど使わないものだった。
昨日、父に言われた最後の言葉が頭に残っている。
「お前に一番足りないのは、コミュ力だな」
最初は腹が立った。
だが。
否定はできなかった。
美容のことなら考えられる。
技術のことなら向き合える。
でも。
人と関わることからは、ずっと逃げてきた。
中学でも、高校でも。
自分から壁を作っていた。
自分は他の奴らとは違う。
美容だけやっていればいい。
そう思っていた。
けれど。
今回のことで思い知らされた。
一人で考えて。
一人で決めて。
その結果、大切なものを見落とした。
だから。
いきなり変われるとは思わない。
でも。
小さなことからなら、変えられるかもしれない。
蒼真は鏡を見ながら、前髪を器用にゴムで結んだ。
学校では見せることのない額が現れる。
鏡に映っているのは、サロンで働いている時の自分だった。
仕事中なら見慣れた姿。
それでも、学校へこの髪型で行くのは初めてだ。
正直、少しだけ落ち着かなかった。
それでも。
今日はこのまま学校へ行こう。
そう思った。
蒼真は鞄を持つ。
鏡の中の自分をもう一度だけ見た。
そして小さく息を吐く。
「……行くか」
その一言だけを呟き、部屋を出た。
教室へ入る。
いつもと変わらない朝。
それなのに。
蒼真は周りの視線が気になって仕方がなかった。
(やっぱり変かな……。)
(みんな見てる気がする。)
そんなことを考えながら、自分の席へ向かう。
だが。
誰一人として蒼真を気にする者はいなかった。
いつも通り友達と話し、笑い合っている。
蒼真は席に座る。
「……。」
さっきまでの緊張は何だったんだろう。
少しだけ拍子抜けした。
よく考えれば当然だ。
髪を少し整えたくらいで、クラス中が気にするわけがない。
そんな影響力、自分にはない。
そう思うと、違う意味で少し恥ずかしくなった。
その時だった。
友達と話していた瑠華が輪を抜け、自分の席へ戻ってくる。
「おはよ。」
少しだけ気まずそうな笑顔だった。
昨日のことが、お互い頭に残っている。
「……おはよ。」
蒼真も小さく返す。
少し沈黙が流れたあと、瑠華が口を開いた。
「昨日さ。」
「ちゃんと帰れた?」
「一人で大丈夫だった?」
その声は、昨日までとは違う。
純粋に心配しているのが伝わってきた。
蒼真は少し笑う。
「もう大丈夫……って言ったら嘘になるけど。」
「そんなに心配しなくても大丈夫。」
その言葉を聞いて、瑠華はほっとしたように息を吐く。
「そっか。」
少しだけ笑顔が戻る。
そして。
蒼真の顔を見て、小さく笑った。
「あとさ。」
「髪。」
「そっちの方がいいね。」
その一言に。
蒼真は少しだけ照れくさそうに笑った。
その様子を。
少し離れた友達の輪の中から、亜里沙が見つめていた。
昨日のことが頭から離れない。
だから。
どうしても自分から蒼真のところへ行く勇気が出なかった。
本当は。
瑠華より先に声を掛けたかった。
昨日、一人で帰った蒼真が気になっていた。
それに。
蒼真の髪。
前髪を上げたその姿は、サロンで働いている時の蒼真だった。
学校では見たことのない姿。
思わず目で追ってしまう。
「……似合ってる。」
誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。
その時だった。
「なぁ、瑠華。」
七宮が近付いてくる。
「なんで亜里沙、目あんな腫れてんの?」
あまりにも真っ直ぐな質問だった。
一瞬だけ空気が止まる。
瑠華は呆れたように笑う。
「七宮。」
「空気読めし。」
言葉はきつい。
それでも、その声に棘はなかった。
「なんだよ、それ。」
七宮は苦笑いする。
そのやり取りに、さっきまで張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
その時。
蒼真が何か思い付いたように口を開く。
「七宮くん。」
「あとで、ちょっと相談があるんだけど。」
「俺?」
七宮は少し驚いた顔をする。
「別にいいけど。」
「どうした?」
「昼休みでもいい?」
「おう、いいぞ。」
七宮は笑いながら蒼真の肩を軽く叩いた。
「じゃ、昼な。」
「うん。」
その約束を交わしたところで。
始業のチャイムが鳴る。
いつものように。
一日が始まった。
読んでいただいてありがとうございます。
なろう展開になろう。




