46話 答え
専門学校を出た蒼真は、約束の駅へ向かった。
スマホを取り出す。
『着いたよ。』
送信すると、すぐに既読が付く。
『今行くね。』
その一言だけだった。
蒼真はスマホをしまい、改札の方へ目を向ける。
しばらくして。
二人の姿が見えた。
亜里沙。
そして、その隣には瑠華がいた。
目が合う。
だが。
亜里沙はすぐに視線を逸らした。
その小さな仕草だけで。
蒼真は胸がざわつく。
瑠華が少し申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね、米倉くん。」
「今日は……亜里沙、一人だとちょっと厳しそうだから。」
「邪魔はしないから、一緒にいさせて。」
蒼真は小さく頷く。
「うん。」
その返事をした時には。
もう何となく察していた。
今日。
亜里沙が自分に伝えようとしていることは、きっと良い話ではない。
三人の間に沈黙が流れる。
その空気を変えるように瑠華が笑顔を作った。
「とりあえず、お店入ろっか。」
二人は頷く。
瑠華と亜里沙が前を歩く。
蒼真は少し後ろからついていった。
目の前には。
自分が担当した亜里沙の髪。
今日も綺麗だった。
少し揺れるたびにハイライトが光を受けて輝く。
ほんの数日前まで。
その髪を見るだけで嬉しかった。
でも今は。
その景色を見ても、胸の高鳴りはなかった。
静かな不安だけが、少しずつ大きくなっていく。
三人は近くのファミレスへ入った。
席に着く。
すると瑠華が立ち上がった。
「亜里沙。」
「頑張ってね。」
小さく背中を押す。
そして蒼真の方を見る。
「米倉くん、ごめん。」
「私、あっちの席にいるね。」
「話が終わるまで待ってるから。」
そう言うと瑠華は少し離れた席へ移動した。
残されたのは。
蒼真と亜里沙。
二人だけだった。
蒼真は亜里沙の顔を真っ直ぐ見つめた。
亜里沙は目を合わせられない。
視線がテーブルの上をさまよう。
沈黙。
静かな時間だけが流れる。
「……」
二人が同時に口を開いた。
「あの――」
「えっと――」
一瞬、目が合う。
「あ、ごめん」
「ううん、そっちからどうぞ」
思わず二人で苦笑いする。
その笑顔は、どこかぎこちなかった。
蒼真はゆっくりと口を開く。
「撮影、どうだった?」
「緊張した?」
「それとも……楽しかった?」
亜里沙は少しだけ考え、小さく笑った。
「うん。」
「緊張した。」
「でも……楽しいの方が勝ってたかな。」
その言葉を聞いた瞬間。
蒼真の肩から少しだけ力が抜ける。
「そっか。」
「よかった。」
自然と笑みがこぼれた。
「モデルの仕事は?」
「うまくできた?」
「……うん。」
「褒めてもらえた。」
「髪もすごく気に入ってたから、撮影前からテンション上がってて。」
「なんか、自信を持って撮影できたんだよね。」
「だから、それも良かったんだと思う。」
「はぁー……」
蒼真は思わず大きく息を吐いた。
「よかったぁ……」
心の底から安心した声だった。
昨日から胸の中にあった不安が、少しずつほどけていく。
そして。
一番聞きたかったことを口にする。
「髪とか……」
「何か言われた?」
そう聞いた瞬間。
亜里沙の表情から、笑顔が静かに消えた。
その変化を見た蒼真の胸が、小さくざわつく。
亜里沙は唇をぎゅっと結んだ。
今にも泣き出しそうな顔で、小さく息を吸う。
「実はね……」
震える声だった。
「秋のコーデと、ちょっと相性が悪かったみたいで……」
「服より髪の方が目立っちゃったの。」
その一言で。
蒼真の顔から血の気が引いた。
頭の中が真っ白になる。
(やっぱり……)
(カラー、失敗だったんだ。)
視線を上げられない。
亜里沙の顔を見ることができなかった。
「……瑠璃ヶ浜さん。」
やっとの思いで声を絞り出す。
「ごめん。」
その一言だけだった。
俯いたまま、動けない。
その瞬間。
亜里沙が堪えていた涙が、また溢れた。
「なんで……」
「なんで謝るの……」
涙で言葉が途切れる。
「蒼真君は……悪くないよ。」
蒼真は顔を上げられない。
それでも。
亜里沙が泣いていることだけは分かった。
「何日も前からカラー考えてくれて……」
「いっぱい練習して……」
「一生懸命だったの、知ってるから……」
そこまで言って。
亜里沙は言葉を続けられなくなった。
涙が止まらない。
「だから……」
「蒼真君……悪く、ないんだよ……」
「謝らないで……」
蒼真は何も返せなかった。
何を言っても、今は違う気がした。
亜里沙は涙を拭いながら、それでも懸命に笑おうとする。
「本当に……」
「本当に気に入ってるの。」
「今でも、このカラー大好きなんだよ。」
「だからね……ありがとう。」
「本当に、ありがとう。」
その言葉が。
蒼真の胸を、何より強く締め付けた。
少し離れた席で見守っていた瑠華は、もう限界だった。
静かに立ち上がり、二人のもとへ歩いてくる。
「……ごめん、米倉くん。」
「もう、見てられない。」
蒼真は小さく頷いた。
瑠華は亜里沙の隣へ座ると、そっと肩を抱く。
「亜里沙、大丈夫。」
「ゆっくりでいいから。」
その言葉に。
亜里沙は瑠華の肩へ顔を寄せ、声を押し殺しながら涙を流し続けた。
もう。
亜里沙は何も話せなかった。
涙を止めようとしても止まらない。
言葉を紡ごうとしても、声にならない。
その様子を見た瑠華が、小さく息を吐いた。
「……ここからは、私が話すね。」
蒼真は黙って頷く。
「亜里沙ね。」
「今日、本当はずっと『ありがとう』って、それだけを米倉くんに伝えたかったの。」
「その一言だけは、自分で言いたいって決めてた。」
瑠華は隣で泣いている亜里沙を見つめる。
「だから。」
「その言葉は、ちゃんと伝えられたから。」
「ここからは私が話すね。」
少しだけ間を置く。
「撮影が終わったあと。」
「事務所から連絡があったの。」
「専属モデルにならないかって。」
蒼真は静かに頷いた。
嬉しい話。
そのはずだった。
なのに。
頭の中へうまく入ってこない。
瑠華は続ける。
「でもね。」
「専属モデルになると、撮影は事務所指定のサロンを使う決まりなんだって。」
「だから……」
「今までみたいに、米倉くんに髪をお願いすることはできなくなるの。」
静かな沈黙が流れる。
「もちろん。」
「まだ返事はしてない。」
「亜里沙も、まだ答えを出せてない。」
その言葉を聞いて。
蒼真はようやく口を開いた。
「……やった方がいいと思う。」
小さな声だった。
「え……?」
瑠華が思わず聞き返す。
蒼真はぎこちなく笑う。
「断る理由なんて、ないよ。」
「そんなチャンス、そうそう来るものじゃないし。」
笑おうとしている。
でも。
その笑顔はどこか引きつっていた。
瑠華はそんな蒼真を見つめ、小さく頷く。
「……分かった。」
そしてスマホを取り出した。
「私さ。」
「日曜、亜里沙から全部聞いた。」
「だから、もし何かあったら。」
「話くらいなら聞けるから。」
そう言って画面を差し出す。
「LINE、交換しよ。」
蒼真は少し驚きながらも、自分のスマホを取り出した。
互いにQRコードを読み取る。
短い電子音が鳴った。
「ありがとう。」
瑠華はスマホをしまう。
「今日は、ありさ限界だから。」
「帰ろっか。」
蒼真は何も言わず頷いた。
三人は静かに席を立つ。
会計を済ませ、店を出る。
夜風だけが、少し冷たく感じられた。
読んでいただきありがとうございます!
ここから長いです↓飛ばしてくれて結構です(笑)
今回のカラーをハイライトにした理由ですが……
実はタイトルが**『陰の俺と、輝く彼女。』**なので、
「輝く彼女」→「ハイライトじゃね?」
という、わりと軽いノリで決めました(笑)
その時は、ここまで先の展開を全く考えていなかったんです。
結果。
気付けば修羅場みたいな空気になっていました。
作者本人も、
「……あれ? この流れ、このあとどうするんだ?」
と、絶賛頭を抱えております(笑)
本当はもっと、ふわふわした青春ラブコメを書くつもりだったんですよ?
なのに、書けば書くほどリアル寄りになってしまい、もはや修正が効かなくなってきました(笑)
さて。
ここから蒼真と亜里沙は、どんな答えを出すのか。
一番気になっているのは、実は作者かもしれません。
それでは、次回もよろしくお願いします!




