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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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44話 自分だけ知らない

月曜日。


 蒼真はいつも通り家を出た。


 昨日の撮影は無事に終わった。


 そう思っているだけで、自然と足取りが軽くなる。


 教室へ入り、自分の席へ向かう。


 ここ最近。


 朝、登校すると決まって聞こえてくる声があった。


 「おはよー」


 瑠華の席へ亜里沙が来る。


 蒼真の席はそのすぐ隣。


 だから自然と朝の挨拶だけは交わすようになっていた。


 特別な話をするわけじゃない。


 それでも。


 その一言だけで十分だった。


 だが。


 今日は違う。


 瑠華はいる。


 しかし。


 亜里沙の姿がない。


 (……まだ来てないのか)


 別に珍しいことではない。


 他の友達と話していることもある。


 廊下にいることもある。


 そう思いながら教室を見渡す。


 けれど。


 あの髪が見当たらない。


 自分が染めた髪。


 教室の中でも目立つはずなのに。


 どこにもいなかった。


 (また遅刻かな)


 そう思った時だった。


 キーンコーンカーンコーン。


 始業のチャイムが鳴る。


 続いて、桃原先生が教室へ入ってきた。


 「みんな、おはよぉー」


 いつものように出席確認が始まる。


 「今日の欠席は、ありちゃんだけね」


 その一言に。


 蒼真は少しだけ顔を上げた。


 (休み……?)


 昨日の夜、LINEではいつも通りだった。


 特に変わった様子もなかった。


 だからこそ。


 どうして休んだのか、少しだけ気になった。


 そのまま。


 月曜日の一日が始まった。


 *


 一限目が始まる。


 だが。


 蒼真の頭の中は授業どころではなかった。


 (休み……か)


 昨日の夜。


 LINEではいつも通りだった。


 体調が悪そうな様子もなかった。


 だからこそ気になる。


 本人にLINEしてみようか。


 いや。


 体調を崩しているかもしれない相手に、こちらから連絡するのも気が引ける。


 そんなことを考えていると、不意に瑠華が目に入った。


 (そうだ)


 亜里沙の親友。


 事情を知っているなら、聞いてみればいい。


 そう思った。


 キーンコーンカーンコーン。


 一限終了。


 蒼真は瑠華の方を向く。


 しかし。


 瑠華はチャイムとほぼ同時に立ち上がり、友達の輪へ入っていった。


 「あ……」


 声を掛ける間もなかった。


 (まぁ、次の休み時間でいいか)


 二限が終わる。


 今度こそ。


 そう思い瑠華を見る。


 一瞬だけ目が合う。


 だが瑠華は軽く笑顔を見せると、そのまま別の友達へ話しかけた。


 「ねぇ、一緒に行こ!」


 そのまま教室を出ていく。


 蒼真は少し首を傾げた。


 (タイミング悪いな……)


 三限。


 四限。


 昼休み。


 休み時間になるたび、瑠華は誰かと一緒にいた。


 蒼真は結局、一度も話しかけられない。


 一方、その頃。


 瑠華は昨日、撮影を終えた亜里沙から初めてすべてを聞いた。


 二年になってから。


 蒼真とどんな出会いがあったのか。


 どんな言葉を交わしてきたのか。


 美容室で何があったのか。


 撮影現場で何があったのか。


 そして。


 今、亜里沙が何を思っているのか。


 全部。


 何一つ隠すことなく聞いた。


 瑠華は以前から気付いていた。


 亜里沙が、蒼真にだけは少し違う接し方をしていることを。


 男の子に興味を示さなかった亜里沙が、珍しく自分から関わろうとしている。


 だから最初は面白かった。


 そのうち本人から話してくるだろう。


 そんな軽い気持ちで見守っていた。


 だけど。


 昨日、初めて二人のここまでの出来事を聞いて思った。


 (私、何も知らなかったんだ……)


 蒼真がどれだけ努力してきたのか。


 亜里沙がどれだけその姿を見てきたのか。


 そして今。


 二人がどんな気持ちでいるのか。


 全部知ってしまった。


 だからこそ。


 私からは絶対に話せない。


 話してはいけない。


 明日の夜。


 亜里沙は、自分の口で全部伝えると決めている。


 その覚悟まで、私が奪うわけにはいかない。


 だから。


 私は何も言わない。


 絶対に。


 だから。


 休み時間になるたび、ほんの少しだけ蒼真を避ける。


 そのことを。


 蒼真はまだ何も知らなかった。


 気付けば放課後。


 結局その日、二人が話すことはなかった。


 *


 そのまま蒼真は専門学校へ向かった。


 教室へ入り、授業の準備を始める。


 すると。


 「ねぇ、蒼真」


 後ろから亜由美が声を掛けてきた。


 「昨日の撮影、どうだった?」


 亜由美はリタッチの相談から、ハイライトのことまで何度もアドバイスをくれた。


 だからこそ。


 撮影がどうなったのか、自分のことのように気になっていた。


 蒼真は手を止めることなく答える。


 「無事に終わったみたいだよ」


 「……それだけ?」


 亜由美は思わず聞き返した。


 「うん」


 「だって、それしか聞いてないし」


 亜由美は少し呆れたように笑う。


 「もっとあるでしょ?」


 「『褒められた』とか、『楽しかった』とかさ」


 「同じクラスなんだし、今日はその話で盛り上がると思ってた」


 蒼真は少し困ったように頭をかく。


 「今日、瑠璃ヶ浜さん休みだったから」


 「話せなかった」


 その一言で。


 亜由美の表情が少しだけ変わる。


 「……そっか」


 短く呟く。


 「ごめん」


 それ以上は何も聞かなかった。


 そのまま自分の席へ戻っていく。


 蒼真はその背中をぼんやりと見つめていた。


 今日一日。


 瑠華には話しかけられなかった。


 今度は亜由美まで、それ以上何も聞こうとしなかった。


 何かがおかしい。


 そう思うのに。


 その答えだけは、どこにも見つからなかった。


 胸の奥に、小さな不安だけが静かに積もっていく。

読んでいただいてありがとうございます。


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