37話 同じ目標
専門学校を終えた蒼真は、そのまま家へ帰った。
今日は火曜日。
店の定休日だ。
営業もない。
だからこそ練習に集中できる。
蒼真は部屋へ荷物を置くなり、店へ降りた。
ウィッグをセット台へ固定する。
コームを握る。
そしてハイライトの練習を始めた。
正確にはウィービング。
昨日父に教わった技術だ。
スライス。
毛束を取る。
またスライス。
何度も繰り返す。
だが。
思うようにいかない。
気付けば顔がどんどん前へ出ていた。
もっと見よう。
もっと細かく見よう。
そんな気持ちが強くなる。
その時だった。
ポカッ。
頭を叩かれる。
「いてっ」
振り向く。
父だった。
「お前気合入りすぎだ」
「顔近ぇ」
「客逃げるぞ」
蒼真は思わず我に返った。
確かにウィッグとの距離が異常に近い。
父は呆れたように笑う。
「もっと力抜け」
「はい」
蒼真は再びコームを握る。
だが。
やはり上手くいかない。
細く取れない。
均一にならない。
昨日よりは少しマシ。
でもまだ足りない。
父はしばらく見ていた。
そして口を開く。
「円を書くようにすくってみろ」
蒼真は言われた通りにやってみる。
すると。
ポカッ。
また頭を叩かれた。
「逆だ」
「時計回りだろ」
「あっ」
蒼真は慌ててやり直す。
コームを入れる。
すくう。
もう一度。
すくう。
その瞬間だった。
「あ」
今までと感覚が違う。
スッと入る。
毛束が綺麗に揃う。
無駄な引っ掛かりもない。
蒼真の目が少し開いた。
「なるほど……!」
思わず声が漏れる。
昨日から何度も失敗した理由が少し分かった気がした。
嬉しくなる。
もう一度。
さらにもう一度。
気付けば夢中で手を動かしていた。
数分後。
蒼真は振り返る。
「これなら――」
父に見せようと思った。
だが。
そこには誰もいなかった。
いつの間にか父は消えている。
蒼真は少し笑った。
そして再びウィッグへ向き直る。
まだ全然足りない。
でも。
昨日より確実に前へ進んでいた。
◇◆◇◇◆◇
同じ日の夕方。
帰宅した亜里沙は、制服を脱ぐとすぐにランニングウェアへ着替えた。
髪をまとめる。
スマホをポケットへ入れる。
そして家を飛び出した。
夕方の風が少し気持ちいい。
走り始める。
一定のリズムで足を動かす。
今回の撮影。
なぜだか気合が入っていた。
モデルをやるのは自分だ。
だけど。
今回は一人じゃない。
蒼真がカラーを担当してくれる。
しかも。
本気で考えてくれているのが伝わってきた。
ハイライト。
参考画像
長いLINE。
思い出すだけで少し笑ってしまう。
「ほんと美容好きだな」
小さく呟く。
息が少し上がる。
それでも足は止めない。
不思議だった。
今までだって撮影はあった。
だけど。
ここまで準備しようと思ったことはない。
蒼真はいつも頑張っている。
高校。
専門学校。
美容室。
それを全部続けている。
気付けば。
少しだけ影響されていた。
「あたしも頑張ろうかな」
自然とそんな言葉が漏れる。
その時。
コンビニの前を通り過ぎた。
新作のお菓子が並んでいる。
亜里沙は少しだけ視線を向ける。
立ち止まりそうになる。
だが。
すぐに前を向いた。
「……お菓子我慢しよ」
そう呟いて再び走り出す。
リタッチまであと一週間。
撮影まであと二週間。
やれることは全部やろう。
そんなことを考えながら。
亜里沙は夕焼けの街を走り続けた。
◆◆◆
「モデルの準備は?」
部長が資料から顔を上げる。
担当者は頷いた。
「順調です」
「衣装も決まりました」
「本人もかなりやる気みたいです」
部長は資料へ目を通す。
「モデルは瑠璃ヶ浜さんだったな」
「はい」
部長はそれ以上何も言わない。
ただ資料を閉じた。
「なら大丈夫だろ」
その一言だけだった。
担当者も頷く。
「ですね」
部長は少しだけ考える。
そして何気ない調子で言った。
「そうだ」
「撮影終わったあと、少し時間取れるか聞いておいてくれ」
担当者が首を傾げる。
「何かあるんですか?」
部長は肩をすくめた。
「いや」
「今後の話を少しな」
担当者は少しだけ目を見開く。
そして笑った。
「なるほど」
「伝えておきます」
部長はそれ以上何も言わない。
ただ次の資料へ手を伸ばした。
( ¯ ³¯ )~♪




