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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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32/56

32話 本音

蒼真は椅子へ腰を下ろした。


 そして昨夜から考えていたことを一気に口にする。


 「秋のコーデだと今どんなカラーが流行ってるの?」


 「今年の流行とか、今人気の色とか知りたくて」


 亜由美は少し驚いた顔をした。


 ここまで積極的な蒼真は珍しい。


 しかし次の瞬間には、面白そうに笑った。


 「へぇ」


 「そこまで考えてるんだ」


 蒼真は真剣だった。


 「撮影だから」


 その一言で亜由美は何かを察する。


 そしてすぐに聞いた。


 「ありさちゃんだっけ?」


 「写真あるでしょ?」


 「ちょっと見せて」


 蒼真の動きが止まった。


 見せたくない。


 正直かなり恥ずかしい。


 しかし。


 カラーの相談をしたい気持ちの方が勝っていた。


 蒼真はスマホを取り出す。


 前回リタッチをした後。


 亜里沙が送ってくれた写真を開く。


 少しためらった後。


 スマホを亜由美へ渡した。


 亜由美は画面を見る。


 「へぇ」


 小さく声を漏らした。


 「本当に可愛い子だね」


 しかし。


 そこにいつものニヤニヤした雰囲気はなかった。


 美容学生として写真を見ている。


 髪質。


 長さ。


 色味。


 顔立ち。


 服装。


 全体のバランス。


 視線が自然とそこへ向いていた。


 数秒後。


 亜由美はスマホを蒼真へ返した。


 そして聞く。


 「で?」


 「蒼真ならどうしたいの?」


 蒼真は戸惑った。


 相談しているのは自分だ。


 だから答えをもらえると思っていた。


 なのに逆に質問される。


 「どうしたいって……」


 言葉に詰まる。


 すると亜由美は肩をすくめた。


 「だって」


 「蒼真の頭の中、もうだいたい決まってるでしょ?」


 蒼真は思わず黙る。


 昨夜。


 何時間も考えていた。


 ブラウン。


 アッシュ。


 グレージュ。


 何度も画像を見た。


 その中で。


 自分なりの答えは少しずつ出来ていた。


 亜由美は続ける。


 「なんで先にそれ言わないの?」


 「私に言われたこと、そのままやるつもり?」


 「それじゃ蒼真が考えたカラーにならないじゃん」


 蒼真は何も言えない。


 その通りだった。


 正解が欲しかった。


 失敗したくなかった。


 だから誰かに答えをもらおうとしていた。


 亜由美は蒼真を見る。


 少しだけ真剣な目だった。


 「自信ないの?」


 そして。


 少し間を置いて続ける。


 「それとも失敗したくないの?」


 蒼真は息を呑んだ。


 その言葉は。


 なぜだか胸の奥へ真っ直ぐ刺さった。


蒼真は何も言えなかった。


 亜由美の言葉が頭の中で繰り返される。


 ――自信ないの?


 ――それとも失敗したくないの?


 どちらも当たっていた。


 自信はない。


 失敗もしたくない。


 否定できなかった。


 蒼真は視線を落とす。


 前回のリタッチを思い出す。


 あの時は練習だった。


 蒼真自身もそう思っていた。


 失敗しないように必死だったが、それでもどこかで「練習だから」という気持ちがあった。


 でも今回は違う。


 撮影がある。


 仕事だ。


 しかも相手は亜里沙だった。


 もし失敗したら。


 困るのは自分じゃない。


 亜里沙だ。


 せっかく決まった仕事に影響が出るかもしれない。


 そう考えると。


 急に怖くなった。


 だから誰かに答えを教えてほしかった。


 正解を教えてほしかった。


 そうすれば失敗しなくて済むと思った。


 亜由美の言葉は、その考えを見透かしたようだった。


 蒼真は何も言い返せない。


 ただ黙り込む。


 そんな空気を感じ取ったのか。


 近くで話を聞いていた亜由美の友人が口を開いた。


 「ねぇねぇ」


 「なんか空気重くなってない?」


 その一言で周りが少し笑う。


 友人は時計を見た。


 「あ、そろそろ授業始まるよ」


 「その話はまた後でじゃない?」


 亜由美も時計を見る。


 確かに授業開始まであと少しだった。


 「そうだね」


 亜由美は頷く。


 そして蒼真へ視線を向けた。


 「ねぇ蒼真」


 蒼真が顔を上げる。


 亜由美は少しだけ笑った。


 「亜里沙ちゃんの担当は、蒼真でしょ?」


 それだけだった。


 でも。


 その言葉は妙に胸へ残った。


 チャイムが鳴る。


 生徒達が席へ戻っていく。


 蒼真も自分の席へ向かった。


 だが頭の中では。


 亜由美の最後の言葉が何度も繰り返されていた。


 ――亜里沙ちゃんの担当は、蒼真でしょ?


 答えを決めるのは。


 他の誰でもない。


 自分なのかもしれない。


 そんなことを、少しだけ考えていた。

読んでいただいてありがとうございます!


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