31話 暴走
長いようで短い一日が終わった。
球技大会。
その後の専門学校。
そして店の手伝い。
ようやく全てが終わり、蒼真は自分の部屋へ戻ってきた。
ベッドへ倒れ込む。
疲れた。
本当に疲れた。
体の力が抜けていく。
今日は慣れないことばかりだった。
出るつもりのなかった球技大会。
七宮とのバドミントン。
柄にもなく亜里沙へ話しかけたこと。
そして最後には、七宮のお尻をラケットで叩いてしまった。
思い出しただけで少し笑いそうになる。
色々あった。
本当に色々あった。
でも。
今日は全力でやって良かった。
そう思える一日だった。
このまま寝てしまおう。
蒼真が目を閉じかけた時だった。
スマホが震える。
通知。
何気なく画面を見る。
そして。
眠気が一瞬で吹き飛んだ。
『瑠璃ヶ浜 亜里沙』
蒼真は思わず起き上がる。
頭の中に色々な考えが駆け巡った。
球技大会のことだろうか。
何か用事だろうか。
迷うことなくトーク画面を開く。
そこにあったのは。
リタッチのお願いだった。
蒼真は画面を見つめる。
そして胸の奥が少しだけ高鳴った。
最近ずっと考えていた。
変わりたい。
少しでも前へ進みたい。
球技大会もそうだった。
本当は逃げたかった。
不安だらけだった。
それでも参加した。
今までの自分ならやらなかったことをやってみた。
美容学校。
高校。
店の手伝い。
全部やると決めた。
だったら逃げたくなかった。
そして今。
目の前にあるのはリタッチの依頼。
美容。
撮影。
自分が本気で目指しているもの。
そこに亜里沙が重なる。
胸の奥が少し騒がしくなる。
落ち着こうと思う。
でも指が止まらない。
営業中はできないこと。
免許のこと。
撮影なら色味を考えたいこと。
気付けば次々に文字を打っていた。
送る。
また打つ。
送る。
また考える。
送る。
自分でも少しおかしいと思うくらいだった。
そして。
亜里沙から返信が来る。
『なんか一人で突っ走ってない?』
『モデルやるの私なんだけど(笑)』
蒼真は固まった。
送信したトーク画面を見る。
長い。
思った以上に長い。
読み返してみると余計に恥ずかしい。
「……何やってんだ俺」
思わず呟いた。
顔が熱い。
たぶん今、かなり赤くなっている。
スマホを持ったまま数秒固まる。
何か返したい。
でも言葉が出てこない。
さっきまであれだけ打てていたのに。
ようやく出てきた言葉は一つだけだった。
『仕事ならちゃんとやりたいから』
送信。
それだけだった。
蒼真はベッドへ倒れ込む。
そして天井を見上げた。
疲れているはずなのに。
なぜだか、さっきより目が冴えてしまっていた。
眠るつもりだった。
ベッドに入ったはずだった。
それなのに。
なぜか目が冴えてしまう。
蒼真はスマホを手に取った。
気付けば秋のヘアスタイルを調べている。
ブラウン。
アッシュ。
マット。
グレージュ。
次々と画像を見ていく。
秋のコーデ。
高校生。
撮影。
亜里沙の髪色。
頭の中で何度も組み合わせる。
撮影ならどんな色が合うだろう。
前回より少し落ち着かせるか。
それとも透明感を残すか。
考え始めると止まらなかった。
スマホの光だけが暗い部屋を照らしている。
ふと時計を見る。
日付はとっくに変わっていた。
「……やば」
思わず呟く。
それでも。
もう少しだけ考えたい。
そんな気持ちが消えない。
蒼真は再び画面へ視線を落とした。
気付けば夜は、ゆっくりと明け始めていた。
*
翌日。
蒼真は人生でもトップクラスに眠かった。
原因は分かっている。
完全な寝不足だ。
教室へ入るなり席に着く。
そしてそのまま机へ突っ伏した。
*
亜里沙は少しだけそわそわしていた。
昨日の撮影の話。
リタッチの話。
せっかく同じ教室にいるのだから、少しくらい話せるかもしれないと思っていた。
しかし。
蒼真は寝ている。
一時間目と二時間目の間。
寝ている。
昼休み。
寝ている。
午後の休み時間。
やっぱり寝ている。
たまに目を開けたかと思えば、またすぐ机へ突っ伏す。
もはや誰にも止められない。
「米倉くん、昨日何してたんだろ……」
思わずそんなことを考えてしまう。
気付けば放課後になっていた。
結局、一度も話せなかった。
*
終礼のチャイムが鳴る。
蒼真は勢いよく顔を上げた。
鞄を掴む。
立ち上がる。
そして。
一目散に教室を飛び出していった。
専門学校へ向かうためだ。
その背中を見送りながら、亜里沙は小さくため息をつく。
「今日は話せるタイミングなしか……」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
そのまま蒼真の姿は廊下の向こうへ消えていった。
亜里沙はしばらくその方向を見つめたまま。
そして小さな声で呟いた。
「……行っちゃった」
*
蒼真は専門学校へ到着する。
そして教室へ入るなり、一人の姿を探した。
亜由美。
いつもの席で友人達と話している。
蒼真は迷わずそちらへ向かった。
「亜由美さん」
「ん?」
亜由美が振り向く。
蒼真は少しだけ真剣な顔だった。
「カラーのことで相談があるんだけど」
その一言に。
亜由美は少しだけ目を丸くした。
そして蒼真の顔を見て笑う。
「何?」
「そのがっついてる感じ」
「怖いんだけど」
友人達もつられて笑った。
蒼真は少しだけ首を傾げる。
「そんなに?」
「そんなに」
亜由美は即答した。
「学校来て真っ先に私のところ来たじゃん」
「いつもそんな積極的じゃないのに」
蒼真は言われて初めて気付く。
確かにそうだった。
今日は教室に入ってから一度も周りを見ていない。
亜由美を見つけた瞬間、そのまま来ていた。
「それで?」
亜由美が身を乗り出す。
「何の相談?」
蒼真は少しだけ声を落とした。
「秋の撮影用のカラーなんだけど」
その言葉に。
亜由美の口元が少しだけニヤける。
「へぇ」
「撮影ねぇ」
どこか面白そうな顔だった。
しかし蒼真は気付いていない。
昨日からずっと。
秋のカラーのことばかり考えていることを。




