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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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30/56

30話 仕事

電話を終えた亜里沙は、スマホをポケットへしまった。


 少しだけ気持ちが軽い。


 そしてどこか嬉しかった。


 カラオケルームの扉を開ける。


 賑やかな空気が一気に戻ってきた。


 「おかえりー」


 瑠華が手を振る。


 亜里沙は席へ戻った。


 「仕事の電話?」


 瑠華が興味津々な顔で聞いてくる。


 亜里沙は自然と笑みを浮かべた。


 「うん」


 「今度、秋のコーデ特集」


 少しだけ自慢げな声になる。


 隠す気はなかった。


 むしろ嬉しかった。


 「え、マジ?」


 「また仕事来たの?」


 近くにいた友達も反応する。


 「すごーい」


 「いいなぁ」


 「モデルさんじゃん」


 次々と声が飛んでくる。


 亜里沙は照れくさそうに笑った。


 でも嫌な気分ではない。


 むしろ撮影の日が少し楽しみになっていた。


 そんな様子を見ていた瑠華がふと笑う。


 「なんか今日のありさ」


 「嬉しそうじゃん」


 亜里沙は一瞬だけ目を瞬かせた。


 「そう?」


 「うん」


 瑠華は即答する。


 「なんか気合い入ってる」


 「早く仕事したいです、みたいな顔してる」


 周りから笑い声が上がる。


 「それはあるかも」


 「絶対ある」


 友達達も面白がる。


 亜里沙は少しだけ頬を膨らませた。


 「別にそんなことないし」


 そう言いながらも。


 少しだけ楽しみなのは事実だった。



 打ち上げが終わる。


 家へ帰り。


 お風呂を済ませ。


 自分の部屋へ戻る。


 鏡の前に座った。


 長い一日だった。


 球技大会。


 打ち上げ。


 モデルの仕事。


 色々なことがあった。


 亜里沙は何気なく前髪を持ち上げる。


 鏡の中を見る。


 そして。


 「あ……」


 小さく声が漏れた。


 根元が伸びている。


 アッシュに染めた髪。


 その下から黒い髪が顔を出していた。


 撮影までには整えたい。


 リタッチしなきゃ。


 そう思った瞬間。


 不意に一人の顔が浮かんだ。


 米倉蒼真。


 前回リタッチしてもらった時のことを思い出す。


 シャンプー。


 カラー。


 鏡越しに見た真剣な横顔。


 そして今日の球技大会。


 自販機の前。


 「お疲れ様」


 蒼真が自分から話しかけてきた。


 そんな場面まで思い出してしまう。


 亜里沙は慌てて首を振った。


 「……何考えてんの」


 誰に言うでもなく呟く。


 もう一度鏡を見る。


 黒く伸びた生え際は変わらない。


 リタッチしなきゃな。


 そう思いながらも。


 頭の片隅には、なぜか蒼真の顔が残ったままだった。


 亜里沙はスマホを手に取った。


 美容室を探そうとして。


 そこで指が止まる。


 頭に浮かんだのは、いつものサロンではなかった。


 あのサロン。


 そして。


 米倉蒼真。


 亜里沙は自分でも気付かないうちにLINEを開いていた。


 蒼真とのトーク画面が表示される。


 しばらく画面を見つめる。


 何を書けばいいんだろう。


 別に変な内容じゃない。


 仕事で必要なだけだ。


 それなのに。


 なぜか少しだけ緊張する。


 亜里沙は文字を打ち始めた。


 『今度撮影あるんだけど』


 そこで止まる。


 何となく消した。


 もう一度打つ。


 『お疲れ』


 違う気がした。


 消す。


 再び入力する。


 『ねぇ』


 それも違う。


 全部消した。


 「なんでこんな悩んでんの……」


 小さく呟く。


 そして数秒考えたあと。


 ようやく文章を打った。


 『今度撮影があるんだけど』


 『リタッチお願いできる?』


 シンプルな文章。


 余計な言葉はない。


 亜里沙は一度読み返した。


 変じゃない。


 大丈夫。


 たぶん。


 送信ボタンを押す。


 メッセージが画面の右側へ移動した。


 その瞬間。


 少しだけ肩の力が抜ける。


 「ふぅ……」


 別に大したことじゃない。


 美容室の予約だ。


 それだけ。


 それだけなのに。


 なぜか心臓だけは少し速くなっていた。


 亜里沙はスマホをベッドの上へ置く。


 そしてもう一度鏡を見る。


 黒く伸びた生え際。


 これで撮影の準備も進められる。


 そう思いながらも。


 視線は時々、ベッドの上のスマホへ向かってしまうのだった。


亜里沙がLINEを送ってからしばらく経った。


 ベッドに寝転びながらスマホを見る。


 返信はまだ来ていない。


 別に急ぎの用事ではない。


 明日返ってきても問題はない。


 そう思っているのに。


 スマホが震えるたび、つい画面を確認してしまう。


 瑠華からのLINE。


 クラスメイトのグループLINE。


 モデル仲間からのメッセージ。


 違う。


 また違う。


 亜里沙はスマホを枕元へ置いた。


 「別に急いでないし」


 誰に言うでもなく呟く。


 しかし数分後には、また手に取っていた。


 そんなことを繰り返しているうちに時間は過ぎていく。


 時計を見る。


 午後十一時。


 その時だった。


 スマホが震えた。


 画面を見る。


 蒼真。


 その文字を見た瞬間。


 胸が少しだけ跳ねた。


 慌ててトーク画面を開く。


 『店にお客さんとして来ると俺まだ免許ないから染められないんだ』


 『また夜にカラーモデルでもいいなら俺できるよ』


 亜里沙の口元が少しだけ緩む。


 断られたわけじゃない。


 むしろ引き受けてくれた。


 そして正直なところ。


 亜里沙自身も、また蒼真にやってもらいたいと思っていた。


 理由はよく分からない。


 ただ前回、安心できたから。


 それだけだ。


 たぶん。


 亜里沙はすぐに返信を打つ。


 『じゃあそれでお願い』


 送信。


 すると数秒後。


 また通知が鳴った。


 『撮影って秋のコーデ?』


 亜里沙は少し驚く。


 そういえば詳しく説明していなかった。


 『うん』


 『秋の通学コーデ特集』


 すぐに返す。


 すると今度は間を置かず返信が来た。


 『わかった』


 『撮影用なら色味少し考えとく』


 『今より少し落ち着いた感じの方が秋っぽいと思う』


 『撮影の服にも合わせやすいし』


 メッセージはまだ続く。


 『前回と同じアッシュ系なら――』


 そこで亜里沙は思わず吹き出した。


 さっきまで返信が遅かったのに。


 美容の話になった途端、急に文章が長い。


 いつもの蒼真なら考えられない。


 美容師モード。


 そんな言葉が頭に浮かぶ。


 なんだか可笑しくなった。


 そしてどこか安心する。


 亜里沙は笑いながらスマホを打つ。


 『なんか一人で突っ走ってない?』


 『モデルやるの私なんだけど(笑)』


 送信。


 数秒後。


 既読が付く。


 そしてすぐ返信が来た。


 『仕事ならちゃんとやりたいから』


 短い文章だった。


 でも。


 それが蒼真らしくて。


 亜里沙はもう一度笑った。


 スマホを見つめながら。


 なぜだか少しだけ嬉しい気持ちになっていた。

読んでいただきありがとうございます!



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