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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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29話 打ち上げ

自分達のクラスの全試合が終わった。


 バドミントン。


 サッカー。


 ソフトボール。


 そして女子バレー。


 どの競技も最後まで盛り上がりを見せたが、惜しくも優勝には届かなかった。


 それでもクラス全体の雰囲気は悪くない。


 むしろやり切った満足感の方が大きかった。


 閉会式までの間、生徒達は一度教室へ戻る。


 教室の中はまだ球技大会の熱気が残っていた。


 だが話題は少しずつ変わり始めている。


 「で、打ち上げどうする?」


 「ファミレス行こうぜ」


 「カラオケもありじゃね?」


 そんな声があちこちから聞こえてきた。


 球技大会は終わっても、みんなのテンションはまだ終わっていない。


 一方。


 蒼真は席に着いた瞬間、大きく息を吐いた。


 疲れた。


 本当に疲れた。


 今日はもう十分頑張った気がする。


 閉会式まで少し時間がある。


 せめてその間だけでも休みたかった。


 机に突っ伏そうとした時だった。


 「米倉」


 聞き慣れた声。


 七宮だった。


 蒼真は顔を上げる。


 「打ち上げ来るだろ?」


 思わず目を瞬かせた。


 自分が誘われるとは思っていなかった。


 「え?」


 七宮は当然のように言う。


 「今日一緒に試合出たじゃん」


 「来るよな?」


 蒼真は少し困った顔になる。


 そのやり取りを。


 隣の席で亜里沙が聞いていた。


 瑠華とお菓子を食べながら。


 でも耳だけは自然とそちらへ向いてしまう。


 蒼真は申し訳なさそうに首を横へ振った。


 「ごめん」


 「今日は無理」


 七宮はすぐに言い返す。


 「なんでだよ」


 「用事なんて今度でいいだろ」


 「せっかくなんだから行こうぜ」


 いつもの七宮だった。


 蒼真を仲間として誘っている。


 そのことが少しだけ嬉しくもある。


 一方で亜里沙は心の中で思っていた。


 ――七宮くん、もう少し頑張って。


 もちろん蒼真の事情は知っている。


 夜は美容学校。


 家の手伝いもある。


 本当に忙しいのだ。


 それでも。


 今日くらいは一緒に行けたらいいのに。


 そんな気持ちがどこかにあった。


 しかし蒼真は首を横に振る。


 「ごめん」


 「本当に大事な用事があるから」


 その言葉に嘘はなかった。


 七宮もそれを感じ取ったのだろう。


 数秒考えて。


 「そっか」


 とだけ言った。


 「じゃあ仕方ないな」


 あっさり諦める。


 蒼真はほっとしたように小さく息を吐いた。


 七宮はそんな蒼真の肩を軽く叩く。


 「また今度な」


 そう言い残して自分の席へ戻っていった。


 そのやり取りを見ていた亜里沙は、ふと思う。


 ――大人だな。


 同じ高校生なのに。


 遊びたい気持ちだってあるはずなのに。


 ちゃんと自分のやるべきことを優先している。


 蒼真はいつも静かだ。


 目立たない。


 でも。


 そういうところは少しだけ格好いいと思った。



閉会式が終わった。


 その後のホームルームも終わり、生徒達は次々と帰り支度を始める。


 球技大会の熱気はまだ残っていた。


 教室のあちこちで打ち上げの話が飛び交っている。


 そんな中。


 蒼真はいつも通り鞄を肩に掛けた。


 そして何事もなかったように教室を出て行く。


 専門学校がある。


 夜の授業に遅れるわけにはいかなかった。


 亜里沙はその背中を見ていた。


 少し離れた場所から。


 声を掛けることはない。


 ただ見送るだけだった。


 やがて蒼真の姿は廊下の向こうへ消えていく。


 「ありさー!」


 瑠華の声が飛ぶ。


 「早く行こうよー」


 亜里沙は我に返った。


 「うん」


 そしてクラスメイト達と一緒に学校を後にする。



 打ち上げは近くのファミレスだった。


 みんな好き勝手に注文し。


 球技大会の話で盛り上がる。


 七宮のお尻事件は特に人気だった。


 何度話題に出ても笑いが起きる。


 その後。


 勢いのままカラオケへ移動。


 歌う者。


 騒ぐ者。


 動画を撮る者。


 みんな思い思いに楽しんでいた。


 そして時間が経つ。


 最初の勢いが少し落ち着いた頃。


 亜里沙はソファにもたれながらぼんやり天井を見上げていた。


 今日の出来事を思い出している。


 球技大会。


 自販機。


 バドミントン。


 そして。


 蒼真。


 高校生活を送りながら。


 美容学校へ通い。


 家の手伝いもしている。


 自分で決めた夢へ向かって進んでいる。


 今日は打ち上げには来なかった。


 遊びたい気持ちだってあるはずなのに。


 それでもやるべきことを優先している。


 ――すごいな。


 素直にそう思った。


 その時だった。


 スマホが震える。


 テーブルの上で着信音が鳴った。


 「ありさ」


 瑠華が気付く。


 「スマホ鳴ってるよ」


 そう言って手渡してくる。


 亜里沙は画面を見る。


 そして少しだけ表情が変わった。


 表示されていた名前に見覚えがあった。


 モデルの仕事関係の連絡先だった。


 久しぶりの着信。


 思わず背筋が伸びる。


 「ごめん」


 「ちょっと電話出てくる」


 瑠華が軽く手を振った。


 「いってらっしゃーい」


 亜里沙は席を立つ。


 賑やかなカラオケルームを出ると、急に静かになった。


 廊下を歩く。


 そして店の外へ出る。


 夜風が頬を撫でた。


 一度だけ深呼吸をする。


 それから通話ボタンを押した。


 「もしもし――」


 少しだけ緊張した声で、亜里沙は電話に出た。


 夜風が頬を撫でる。


 『あ、ありちゃん?』


 聞き慣れた女性の声だった。


 以前何度か撮影でお世話になった編集スタッフだ。


 亜里沙の表情が少し和らぐ。


 「お久しぶりです」


 『久しぶりー!元気してた?』


 「はい」


 軽い近況報告のあと、本題に入る。


 『実はさ、今度の秋ファッション特集なんだけど』


 『ありちゃん予定どうかなと思って』


 やはり仕事の話だった。


 亜里沙は少しだけ嬉しくなる。


 最近は、撮影の予定が入っていなかった。


 『日程まだ先なんだけど』


 『土曜日で、都内スタジオ予定』


 『もし空いてたらお願いしたいなって』


 亜里沙は迷わなかった。


 「大丈夫です」


 「出られます」


 『助かるー!』


 電話の向こうで明るい声が返ってくる。


 『じゃあ詳細まとまったらLINE送るね』


 『今回も可愛く撮るからよろしく!』


 「よろしくお願いします」


 電話が切れる。


 スマホを見下ろす。


 自然と口元が緩んだ。


 モデルの仕事。


 好きな仕事だった。


 もちろん大変なこともある。


 長時間の撮影。


 緊張する現場。


 上手く笑えない日もある。


 それでも。


 誰かに必要としてもらえるのは嬉しかった。


 ふと今日のことを思い出す。


 球技大会。


 蒼真。


 専門学校。


 打ち上げを断ってまで、自分の夢を優先していた姿。


 ――負けてられないな。


 亜里沙は小さく笑った。


 そしてスマホをポケットへしまう。


 もう少しだけ。


 自分も頑張ってみようと思った。


読んでいただいてありがとうございます。

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