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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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27話 裏方

ピーッ――。


 笛の音と同時に試合が始まった。


 最初のサーブは相手チーム。


 シャトルが高く打ち上げられる。


 ふわりと弧を描きながらコートの奥へ飛んできた。


 本来なら蒼真の守備範囲だった。


 だが。


 「オッケー!」


 七宮が軽快に飛び出す。


 鋭いスイング。


 シャトルは相手コートへ返された。


 蒼真は慌ててポジションを修正する。


 とにかく邪魔にならないように。


 それだけを考えていた。


 シャトルを見る。


 七宮を見る。


 またシャトルを見る。


 自分の位置を確認する。


 初心者なりに必死だった。


 七宮もそれを感じ取っているのだろう。


 細かい指示は出さない。


 ただ自分の思うようにコートを動き回っていた。


 前へ出る。


 打つ。


 走る。


 また前へ出る。


 まるでサッカーをしている時と変わらない。


 その勢いに相手が押され始める。


 気付けば得点が重なっていた。


 もちろん七宮だけの力ではない。


 蒼真も必死だった。


 試合開始までずっと見ていた。


 立ち位置。


 動き方。


 ペアとの距離感。


 頭に叩き込んだことを必死に実践する。


 自分のところへ飛んできたシャトルは確実に返す。


 派手さはない。


 けれどミスも少ない。


 それだけで十分だった。


 「ナイス!」


 七宮の声が聞こえる。


 蒼真は短く頷いた。


 次第に周囲の応援も大きくなっていく。


 クラスメイト達の声。


 歓声。


 拍手。


 だが。


 その頃には蒼真の耳にはほとんど入っていなかった。


 目の前のシャトルだけを見る。


 相手を見る。


 次の動きを考える。


 気付けば余計なことを考える余裕もなくなっていた。


 そして。


 試合終了の笛が鳴る。


 蒼真が顔を上げる。


 スコアボードには大きな点差が表示されていた。


 蒼真と七宮のペア。


 第一試合、圧勝。


 その瞬間。


 体育館にクラスメイト達の歓声が響いた。


 蒼真はその場で小さく息を吐く。


 いや。


 小さくどころではなかった。


 思っていた以上に疲れている。


 足も重い。


 心臓もまだ速く打っていた。


 そんな蒼真の肩を勢いよく叩いた人物がいた。


 七宮だった。


 「米倉!」


 七宮は満面の笑みを浮かべている。


 「いい動きするじゃん!」


 蒼真は目を瞬かせた。


 「え?」


 「いやマジで!」


 七宮は興奮気味に続ける。


 「俺めっちゃ動きやすかった!」


 「フォロー完璧だったし!」


 そう言って拳を突き出してくる。


 グータッチだった。


 蒼真は少し戸惑いながらも拳を合わせる。


 コツン。


 小さな音が鳴った。


 「……おかげさまで」


 蒼真は苦笑いする。


 正直。


 褒められる余裕などなかった。


 今は達成感よりも疲労感の方が大きい。


 「顔やばいぞ?」


 七宮が笑う。


 蒼真は自分でも分かるくらい疲れ切っていた。


 「死にそう……」


 思わず本音が漏れる。


 七宮は吹き出した。


 「一試合目だぞ?」


 「まだ始まったばっかだろ」


 蒼真は返事をしなかった。


 代わりにもう一度大きく息を吐く。


 けれど。


 不思議と気持ちは軽かった。


 試合前は緊張していた。


 失敗したらどうしよう。


 足を引っ張ったらどうしよう。


 そんなことばかり考えていた。


 でも。


 試合は終わった。


 しかも勝った。


 肩に入っていた力が、一気に抜けていく。


 蒼真はラケットを握り直しながら思う。


 ――出てよかったかもしれない。


 そんなことを考えながら、再びコートの外へ視線を向けた。



 応援していた生徒達が思いのほか多かったことに、その時になって蒼真は気付いた。


 試合中は全く見えていなかった。


 シャトルを追うことに必死だったからだ。


 今になって周囲を見渡すと、クラスメイト達があちこちで盛り上がっている。


 その中心にいるのはやはり七宮だった。


 「見たか今の!」


 「ナイス七宮!」


 「バド勝ったじゃん!」


 クラスメイト達に囲まれながら上機嫌で話している。


 七宮は満足そうだった。


 そんな様子を横目に見ながら、蒼真は体育館を後にする。


 喉が渇いていた。


 試合中は気付かなかったが、思った以上に汗をかいている。


 飲み物でも買おう。


 そう思い、自販機へ向かった。



 自販機の前に着いた時だった。


 見覚えのあるアッシュの髪が目に入る。


 亜里沙だった。


 ジャージ姿のまま飲み物を選んでいる。


 蒼真は立ち止まった。


 普段なら、そのまま何も言わず自分の飲み物を買っていたと思う。


 けれど。


 今日は違った。


 試合が終わったばかりだからか。


 勝った高揚感が残っているからか。


 自分でもよく分からない。


 気付けば口が動いていた。


 「お疲れ様」


 亜里沙が振り向く。


 目が合う。


 少しだけ驚いた顔をした。


 蒼真から話しかけられるとは思っていなかったのだろう。


 「勝ってたね」


 蒼真が続ける。


 一瞬だけ間が空いた。


 そして亜里沙が笑う。


 「米倉くんも勝ったじゃん」


 「頑張ってたね」


 今度は蒼真が少し驚く番だった。


 見ていたのか。


 そんな言葉が頭をよぎる。


 「まぁ……」


 照れくさくなり視線を逸らす。


 亜里沙も何か言おうとして。


 でも言葉が続かない。


 蒼真も同じだった。


 不思議な沈黙。


 気まずいわけではない。


 ただ、お互い次の言葉が見つからなかった。


 その時だった。


 亜里沙が手に持っていた飲み物へ視線を落とす。


 そして一本を蒼真へ差し出した。


 「これ」


 「るかの分と一緒に買ったんだけど」


 「よかったら飲む?」


 蒼真は目を瞬かせた。


 突然だった。


 まさか飲み物を渡されるとは思わなかった。


 「え、いいの?」


 「うん」


 亜里沙は軽く頷く。


 蒼真は飲み物を受け取った。


 缶の冷たさが掌に伝わる。


 「……ありがと」


 自然とそう言葉が出た。


 亜里沙は少しだけ嬉しそうに笑う。


 そして体育館の方へ視線を向けた。


 「あたし、そろそろ次の試合だから」


 「行くね」


 「うん」


 亜里沙は軽く手を振る。


 そして小走りで体育館へ戻っていった。


 蒼真はその背中を見送る。


 しばらく動けなかった。


 手の中には、まだ冷たい缶ジュース。


 そして。


 ふと気付く。


 ――俺、自分から話しかけたんだ。


 今さらのように思い出す。


 その事実が少しだけ不思議だった。


 蒼真は缶を見下ろしながら、小さく息を吐く。


 球技大会は、まだ終わっていなかった。

読んでいただいてありがとうございます。

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