26話 輝
蒼真はコート脇でバドミントンの試合を見ていた。
立ち位置。
ペアとの距離感。
サーブの打ち方。
一つでも多く覚えようと必死だった。
そんな時だった。
体育館の入り口が少し騒がしくなる。
女子達が戻ってきたのだ。
その中には亜里沙の姿もあった。
どうやら試合時間が近いらしい。
空いているスペースを使い、バレー部員達がアップを始める。
ストレッチ。
パス練習。
軽いランニング。
本番前独特の空気が体育館に広がっていく。
蒼真は再びバドミントンコートへ視線を戻した。
――戻したはずだった。
なのに。
気付くと視線はバレーコートの方へ向いている。
なぜだろう。
自分でもよく分からない。
バドミントンを見ていた方が勉強になるはずなのに。
それでも目が行ってしまう。
その時。
先ほど話しかけてきたクラスメイトが蒼真の肩を軽く叩いた。
「米倉」
「ん?」
「もうすぐうちのクラスの試合始まるぞ」
「応援行こうぜ」
蒼真は少しだけ考えた。
そして頷く。
「うん」
二人はバレーコートの方へ移動した。
すでに応援の生徒達が集まり始めている。
蒼真は後ろの方へ立った。
前へ出るタイプではない。
ここから見ていれば十分だった。
コートの中へクラスメイト達が入っていく。
軽くパスを回しながら最終確認をしている。
その中に亜里沙の姿があった。
自分が染めたアッシュの髪。
運動しやすいようにまとめられている。
髪を留めるダッカールもしっかりと残っていた。
自然と目がいく。
ぼんやりと眺める。
そして。
試合開始のホイッスルが鳴った。
サーブ。
レシーブ。
トス。
ボールが何度もコートを行き来する。
亜里沙は真剣な表情で試合に集中していた。
瑠華がトスを上げる。
そのボールへ亜里沙が飛び込む。
鋭いスパイク。
ボールが相手コートへ突き刺さった。
歓声が上がる。
「ナイス!」
「ありさー!」
クラスメイト達の声が体育館に響いた。
そこからだった。
得点を重ねるたびに、自然と亜里沙へボールが集まるようになる。
決める。
また決める。
コートの中のメンバー達は楽しそうだった。
笑って。
声を掛け合って。
全力で試合を楽しんでいる。
蒼真は後ろからその様子を見つめていた。
そして思う。
――すごいな。
素直にそう思った。
コートの中で笑う亜里沙は輝いて見えた。
それと同時に。
少し不思議な気持ちにもなる。
きっかけはリタッチだった。
あの日。
放課後の教室で交わした何気ない会話。
そこからダッカール。
美容室。
絆創膏。
色々なことがあった。
でも。
本来なら自分とはあまり接点のない存在だったはずだ。
クラスの人気者。
誰とでも話せて。
みんなの中心にいる人。
そんな亜里沙と二人で話したり、一緒に過ごしたりしていることが、今でも少し不思議だった。
コートの中の亜里沙が、少しだけ遠く感じる。
眩しい。
そんな言葉が頭をよぎった。
その時だった。
試合終了のホイッスルが鳴る。
蒼真が顔を上げる。
気付けば。
うちのクラスが勝っていた。
うちのクラスの勝利で体育館が盛り上がる。
女子達は笑顔でハイタッチを交わしながらコートから戻ってきた。
その時だった。
体育館の入り口から見慣れた集団が入ってくる。
七宮達、サッカー組だった。
だが様子がおかしい。
さっきまでの勢いがない。
「負けたの?」
誰かが聞く。
七宮は苦笑した。
「後半で逆転された」
その一言で全てを察する。
「あー……」
「ドンマイ」
「惜しかったじゃん」
女子達が次々に声を掛ける。
七宮は少し悔しそうだった。
だが人気者は人気者である。
慰められているうちに、少しずつ表情も戻っていった。
そして突然。
「でも俺、バドミントンも出るからな!」
胸を張る。
「応援よろしく!」
女子達が笑った。
「はいはい」
「頑張ってねー」
そんな声が飛ぶ。
一方で。
少し離れた場所にいた蒼真は心の中で思った。
――やめろ。
――勘弁してくれ。
ただでさえ緊張している。
応援が増えるのはありがたいやら、ありがたくないやらだった。
そんな蒼真の心境など知らず。
亜里沙が笑いながら言う。
「しょうがないなぁ」
「応援行ってあげる」
七宮の顔が一気に明るくなる。
「まじ!?」
「絶対勝つわ俺!」
単純だった。
その様子を見ていた瑠華が吹き出す。
「七宮くん」
「ありさちゃんが応援してくれるんだからちゃんと勝ってね?」
「任せろ!」
七宮は完全に復活していた。
そしてその時。
亜里沙がふと思い出したように言う。
「そういえば試合そろそろじゃない?」
七宮は一瞬目を丸くした。
「え?」
次の瞬間。
「やばっ!」
慌てて周囲を見回す。
そして。
「米倉ー!!」
一目散に蒼真を探し始めた。
見つけた瞬間、そのまま駆け出していく。
瑠華はその背中を見送りながら、ちらりと亜里沙を見る。
「へぇ」
嫌な予感しかしない声だった。
「ありさちゃん、七宮の試合時間把握してるんだ?」
「え?」
亜里沙が固まる。
瑠華はニヤニヤしている。
「いや、別に」
「なんかスケジュール表たまたま見て覚えてただけだし」
少し早口になる。
瑠華は数秒だけ亜里沙を見つめた。
そして。
「そっか」
それ以上は何も言わなかった。
けれど口元の笑みだけは消えていなかった。
「米倉ー!」
体育館に七宮の声が響く。
蒼真が振り向くと、七宮がこちらへ駆けてきていた。
サッカーで負けた直後とは思えない勢いである。
「いたいた!」
七宮は蒼真の肩を軽く叩いた。
そして自信満々に言う。
「米倉!」
「俺に全部任せてくれていいからな!」
蒼真は少しだけ苦笑する。
七宮は気にせず続けた。
「俺が前出るから!」
「米倉は後ろでフォロー頼む!」
「それでいこう!」
作戦というより勢いだった。
だが不思議と嫌な気はしない。
蒼真は改めて思う。
七宮がペアになってくれて良かった。
最初は思いつきで名乗り出てきただけだと思っていた。
けれど違った。
七宮なりにちゃんと考えてくれている。
前へ出るのが得意な七宮。
後ろから支える蒼真。
決して悪い組み合わせではない。
それに。
この異常なまでのハイテンションも助かっていた。
緊張していた気持ちが少しだけ軽くなる。
七宮と話していると、不思議と余計なことを考えなくて済むのだ。
「よろしくお願いします」
蒼真が言う。
七宮はニヤッと笑った。
「任せろ!」
その後。
二人は軽くストレッチを始めた。
肩を回す。
足を伸ばす。
ラケットを握る感覚を確認する。
コートでは一つ前の試合が終わろうとしていた。
体育館にホイッスルが鳴る。
そして。
試合終了。
次の組の名前が呼ばれた。
「次、三組ペア準備してください」
蒼真はゆっくり息を吐く。
七宮はすでにラケットを肩に担いでいた。
「行こうぜ」
蒼真は頷く。
球技大会。
人生で何度も経験しているはずなのに。
なぜか今日は少しだけ特別な日に思えた。
そして。
ついにバドミントンの試合が始まる。
読んでいただいてありがとうございます。




