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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。
第一章 春

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25話 球技大会

球技大会当日。


 いつもより少しだけ早く目が覚めた。


 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


 蒼真はベッドの上で天井を見つめた。


 眠れなかったわけではない。


 緊張しているわけでもない。


 それでも、どこか落ち着かない。


 今日は球技大会だった。


 制服ではなくジャージへ着替える。


 鏡を見る。


 いつもと同じ自分。


 なのに少しだけ違う日に感じた。


 鞄を持ち、部屋を出る。


 階段を降りると父が朝食を食べていた。


 「今日は球技大会だっけ?」


 「うん」


 「怪我すんなよ」


 「分かってる」


 短いやり取り。


 それだけなのに、少しだけ気持ちが引き締まる。


 家を出る。



 学校へ到着すると、いつもとは違う空気が流れていた。


 校内にはジャージ姿の生徒達。


 あちこちから笑い声が聞こえる。


 廊下を歩く生徒達もどこか浮ついていて、イベントの日独特の高揚感があった。


 蒼真はそんな中を歩きながら教室へ向かう。


 扉を開ける。


 教室もいつもとは全く違っていた。


 ジャージ姿のクラスメイト達。


 朝から騒がしい声。


 まだ競技も始まっていないのに、みんな楽しそうだった。


 蒼真は自分の席へ向かう。


 その途中。


 自然と視線が止まった。


 亜里沙だった。


 瑠華と話している。


 ジャージ姿。


 そして運動しやすいように髪が高めにまとめられていた。


 普段は下ろしている髪。


 今日はアップになっている。


 さらに髪には見覚えのあるダッカール。


 思わず目がいく。


 美容師の卵としての癖だった。


 「おはよう」


 先に声を掛けてきたのは亜里沙だった。


 蒼真は少し驚く。


 最近はこうして自然に話しかけられることが増えていた。


 「おはよう」


 短く返す。


 すると隣の瑠華も笑った。


 「おはよー」


 「おはようございます」


 蒼真が返したところで、


 勢いよく誰かが近付いてきた。


 七宮だった。


 「米倉!」


 朝からやたら元気である。


 「今日よろしくな!」


 蒼真は少しだけ苦笑する。


 「よろしく」


 「俺に全部任せていいから!」


 七宮は親指を立てた。


 「無理すんなよ!」


 そのテンションの高さに周囲が少し笑う。


 蒼真もつられて小さく笑ってしまった。


 その時だった。


 教室の扉が開く。


 「はーい、おはよう」


 桃原先生だった。


 教室が少しずつ静かになる。


 桃原先生は出席簿を開きながら教壇へ向かった。


 いつも通り出席確認を終える。


 そして最後に教室を見回した。


 「みんな楽しむのはいいけど」


 「怪我だけはしないようにねぇ」


 クラスから「はーい」と返事が返ってくる。


 桃原先生は満足そうに頷いた。


 そしてもう一つ付け加えた。


 「あとね」


 「空き時間の人は、なるべく他の試合も応援してあげてね」


 「せっかくの球技大会なんだから」


 「クラスみんなで楽しんだ方が絶対楽しいでしょ?」


 その言葉に教室のあちこちから笑い声が上がる。


 「はーい!」


 今度はさっきより少し大きな返事が返ってきた。


 桃原先生は嬉しそうに笑う。


 「よし。それじゃ移動しよっか」

 

 球技大会。


 その一日が、いよいよ始まろうとしていた。



 体育館には全校生徒が集まっていた。


 ジャージ姿の生徒達で埋め尽くされた会場は、いつも以上に熱気がある。


 ステージの上では生徒会が開会式の準備を進めていた。


 蒼真はクラスの列に並びながら周囲を見渡す。


 前には亜里沙と瑠華の姿が見えた。


 いつもとは違う一日が始まる。


 そんな予感だけが、胸の奥に静かに広がっていた。



 開会式が終わる。


 各クラスの生徒達は、それぞれの試合会場へ散っていった。


 蒼真達のクラスも同じだった。


 最初の試合はサッカーとソフトボール。


 バドミントンは別グループが先に試合を行うため、蒼真達の出番はもう少し後になる。


 教室へ戻る必要もなく、生徒達は思い思いに移動を始めた。


 「どっち見に行く?」


 瑠華が亜里沙へ聞く。


 「んー」


 亜里沙が考えようとした時だった。


 「もちろんサッカーだろ!」


 元気な声が割り込んでくる。


 七宮だった。


 すでにやる気満々である。


 「応援よろしくな!」


 親指を立てながら言う。


 瑠華は苦笑した。


 「はいはい」


 そして亜里沙の腕を軽く引く。


 「じゃ、サッカー見に行こっか」


 「うん」


 亜里沙も頷いた。


 その時。


 ふと体育館の方へ視線が向く。


 蒼真はまだそこにいた。


 バドミントンコートの近く。


 すでに始まっている試合を真剣な表情で見ている。


 まるで授業を受けているみたいだった。


 (勉強してるのかな)


 そんなことを思う。


 球技大会なのに。


 なんだか蒼真らしい。


 「ありさー?」


 瑠華の声が飛ぶ。


 「行くよー」


 「あ、ごめん」


 亜里沙は慌てて視線を戻した。


 そして瑠華と並んでグラウンドへ向かう。


 一方その頃。


 蒼真はコート脇で試合を見つめていた。


 初心者同然の自分にとって、今は一つでも多く見て覚えたかった。


 立ち位置。


 動き方。


 ペアとの距離感。


 自然と目が真剣になる。


 そんな蒼真の隣へ、一人の男子生徒がやってきた。


 「米倉、勉強熱心だな」


 振り向く。


 同じクラスの男子だった。


 蒼真は少しだけ照れくさそうに笑う。


 「まぁ、一応」


 再びコートへ視線を向けた。


 幸い、自分達の試合まではまだ余裕がある。


 今は一つでも多く見て覚える時間だった。


 球技大会は始まったばかりだ。



 サッカーの試合が始まった。


 グラウンドの周りには多くの生徒が集まっている。


 隣のグラウンドではソフトボールも行われていたが、やはり人気はサッカーの方だった。


 特に女子の姿が多い。


 歓声も自然と大きくなる。


 その中心にいたのは七宮だった。


 「ナイス!」


 「七宮ー!」


 声援が飛ぶ。


 七宮はボールを受けると、軽快な足取りで相手をかわしていく。


 そして。


 シュート。


 ボールは綺麗にゴールへ吸い込まれた。


 「うおおお!」


 グラウンドが歓声に包まれる。


 七宮は拳を握りしめる。


 チームメイト達も駆け寄ってきた。


 女子達からも歓声が飛ぶ。


 やはり七宮は人気者だった。


 その時だった。


 七宮がふと観客席へ視線を向ける。


 そして。


 得意げな笑みを浮かべた。


 視線の先には亜里沙達がいた。


 「うわぁ」


 瑠華が呆れたように笑う。


 「七宮、絶対ありさ見たでしょ」


 「え?」


 「今の顔見た?」


 瑠華は七宮の真似をする。


 胸を張って、得意げな顔。


 「俺すごいでしょ、みたいな顔してたじゃん」


 亜里沙は思わず苦笑した。


 「気のせいじゃない?」


 「いや絶対そう」


 瑠華は断言する。


 そのやり取りの間にも七宮は元気いっぱいだった。


 ゴールを決めたことで完全に調子に乗っている。


 走る。


 叫ぶ。


 指示を出す。


 誰よりも目立っていた。


 前半戦終了のホイッスルが鳴る頃には、すっかり試合の中心になっていた。


 「すごいね」


 亜里沙が素直に呟く。


 「でしょ?」


 瑠華がすくすくと笑う。


 その時。


 体育館の時計が目に入る。


 「あ」


 亜里沙は小さく声を漏らした。


 自分達の試合時間が近い。


 「そろそろ戻らなきゃ」


 瑠華も時計を確認する。


 「あ、ほんとだ」


 二人は立ち上がった。


 同じく女子バレーへ出場するクラスメイト達も集まり始めている。


 「じゃあ行こっか」


 「うん」


 亜里沙達はグラウンドを後にした。


 七宮はまだ後半戦へ向けてチームメイトと話している。


 その姿を最後に一度だけ見て。


 亜里沙は体育館へ向かった。


 自分達の試合のために。



読んでいただいてありがとうございます。

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