25話 球技大会
球技大会当日。
いつもより少しだけ早く目が覚めた。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
蒼真はベッドの上で天井を見つめた。
眠れなかったわけではない。
緊張しているわけでもない。
それでも、どこか落ち着かない。
今日は球技大会だった。
制服ではなくジャージへ着替える。
鏡を見る。
いつもと同じ自分。
なのに少しだけ違う日に感じた。
鞄を持ち、部屋を出る。
階段を降りると父が朝食を食べていた。
「今日は球技大会だっけ?」
「うん」
「怪我すんなよ」
「分かってる」
短いやり取り。
それだけなのに、少しだけ気持ちが引き締まる。
家を出る。
*
学校へ到着すると、いつもとは違う空気が流れていた。
校内にはジャージ姿の生徒達。
あちこちから笑い声が聞こえる。
廊下を歩く生徒達もどこか浮ついていて、イベントの日独特の高揚感があった。
蒼真はそんな中を歩きながら教室へ向かう。
扉を開ける。
教室もいつもとは全く違っていた。
ジャージ姿のクラスメイト達。
朝から騒がしい声。
まだ競技も始まっていないのに、みんな楽しそうだった。
蒼真は自分の席へ向かう。
その途中。
自然と視線が止まった。
亜里沙だった。
瑠華と話している。
ジャージ姿。
そして運動しやすいように髪が高めにまとめられていた。
普段は下ろしている髪。
今日はアップになっている。
さらに髪には見覚えのあるダッカール。
思わず目がいく。
美容師の卵としての癖だった。
「おはよう」
先に声を掛けてきたのは亜里沙だった。
蒼真は少し驚く。
最近はこうして自然に話しかけられることが増えていた。
「おはよう」
短く返す。
すると隣の瑠華も笑った。
「おはよー」
「おはようございます」
蒼真が返したところで、
勢いよく誰かが近付いてきた。
七宮だった。
「米倉!」
朝からやたら元気である。
「今日よろしくな!」
蒼真は少しだけ苦笑する。
「よろしく」
「俺に全部任せていいから!」
七宮は親指を立てた。
「無理すんなよ!」
そのテンションの高さに周囲が少し笑う。
蒼真もつられて小さく笑ってしまった。
その時だった。
教室の扉が開く。
「はーい、おはよう」
桃原先生だった。
教室が少しずつ静かになる。
桃原先生は出席簿を開きながら教壇へ向かった。
いつも通り出席確認を終える。
そして最後に教室を見回した。
「みんな楽しむのはいいけど」
「怪我だけはしないようにねぇ」
クラスから「はーい」と返事が返ってくる。
桃原先生は満足そうに頷いた。
そしてもう一つ付け加えた。
「あとね」
「空き時間の人は、なるべく他の試合も応援してあげてね」
「せっかくの球技大会なんだから」
「クラスみんなで楽しんだ方が絶対楽しいでしょ?」
その言葉に教室のあちこちから笑い声が上がる。
「はーい!」
今度はさっきより少し大きな返事が返ってきた。
桃原先生は嬉しそうに笑う。
「よし。それじゃ移動しよっか」
球技大会。
その一日が、いよいよ始まろうとしていた。
*
体育館には全校生徒が集まっていた。
ジャージ姿の生徒達で埋め尽くされた会場は、いつも以上に熱気がある。
ステージの上では生徒会が開会式の準備を進めていた。
蒼真はクラスの列に並びながら周囲を見渡す。
前には亜里沙と瑠華の姿が見えた。
いつもとは違う一日が始まる。
そんな予感だけが、胸の奥に静かに広がっていた。
開会式が終わる。
各クラスの生徒達は、それぞれの試合会場へ散っていった。
蒼真達のクラスも同じだった。
最初の試合はサッカーとソフトボール。
バドミントンは別グループが先に試合を行うため、蒼真達の出番はもう少し後になる。
教室へ戻る必要もなく、生徒達は思い思いに移動を始めた。
「どっち見に行く?」
瑠華が亜里沙へ聞く。
「んー」
亜里沙が考えようとした時だった。
「もちろんサッカーだろ!」
元気な声が割り込んでくる。
七宮だった。
すでにやる気満々である。
「応援よろしくな!」
親指を立てながら言う。
瑠華は苦笑した。
「はいはい」
そして亜里沙の腕を軽く引く。
「じゃ、サッカー見に行こっか」
「うん」
亜里沙も頷いた。
その時。
ふと体育館の方へ視線が向く。
蒼真はまだそこにいた。
バドミントンコートの近く。
すでに始まっている試合を真剣な表情で見ている。
まるで授業を受けているみたいだった。
(勉強してるのかな)
そんなことを思う。
球技大会なのに。
なんだか蒼真らしい。
「ありさー?」
瑠華の声が飛ぶ。
「行くよー」
「あ、ごめん」
亜里沙は慌てて視線を戻した。
そして瑠華と並んでグラウンドへ向かう。
一方その頃。
蒼真はコート脇で試合を見つめていた。
初心者同然の自分にとって、今は一つでも多く見て覚えたかった。
立ち位置。
動き方。
ペアとの距離感。
自然と目が真剣になる。
そんな蒼真の隣へ、一人の男子生徒がやってきた。
「米倉、勉強熱心だな」
振り向く。
同じクラスの男子だった。
蒼真は少しだけ照れくさそうに笑う。
「まぁ、一応」
再びコートへ視線を向けた。
幸い、自分達の試合まではまだ余裕がある。
今は一つでも多く見て覚える時間だった。
球技大会は始まったばかりだ。
*
サッカーの試合が始まった。
グラウンドの周りには多くの生徒が集まっている。
隣のグラウンドではソフトボールも行われていたが、やはり人気はサッカーの方だった。
特に女子の姿が多い。
歓声も自然と大きくなる。
その中心にいたのは七宮だった。
「ナイス!」
「七宮ー!」
声援が飛ぶ。
七宮はボールを受けると、軽快な足取りで相手をかわしていく。
そして。
シュート。
ボールは綺麗にゴールへ吸い込まれた。
「うおおお!」
グラウンドが歓声に包まれる。
七宮は拳を握りしめる。
チームメイト達も駆け寄ってきた。
女子達からも歓声が飛ぶ。
やはり七宮は人気者だった。
その時だった。
七宮がふと観客席へ視線を向ける。
そして。
得意げな笑みを浮かべた。
視線の先には亜里沙達がいた。
「うわぁ」
瑠華が呆れたように笑う。
「七宮、絶対ありさ見たでしょ」
「え?」
「今の顔見た?」
瑠華は七宮の真似をする。
胸を張って、得意げな顔。
「俺すごいでしょ、みたいな顔してたじゃん」
亜里沙は思わず苦笑した。
「気のせいじゃない?」
「いや絶対そう」
瑠華は断言する。
そのやり取りの間にも七宮は元気いっぱいだった。
ゴールを決めたことで完全に調子に乗っている。
走る。
叫ぶ。
指示を出す。
誰よりも目立っていた。
前半戦終了のホイッスルが鳴る頃には、すっかり試合の中心になっていた。
「すごいね」
亜里沙が素直に呟く。
「でしょ?」
瑠華がすくすくと笑う。
その時。
体育館の時計が目に入る。
「あ」
亜里沙は小さく声を漏らした。
自分達の試合時間が近い。
「そろそろ戻らなきゃ」
瑠華も時計を確認する。
「あ、ほんとだ」
二人は立ち上がった。
同じく女子バレーへ出場するクラスメイト達も集まり始めている。
「じゃあ行こっか」
「うん」
亜里沙達はグラウンドを後にした。
七宮はまだ後半戦へ向けてチームメイトと話している。
その姿を最後に一度だけ見て。
亜里沙は体育館へ向かった。
自分達の試合のために。
読んでいただいてありがとうございます。




